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二階堂ふみと小泉今日子、意外な共通点とは? 『ふきげんな過去』を相田冬二×門間雄介が考える

2016年12月08日 15:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016「ふきげんな過去」製作委員会

 二階堂ふみと小泉今日子が親子役でW主演を務めた『ふきげんな過去』が、12月7日にDVD&Blu-rayソフトで発売された。劇団「五反田団」の主宰も務める、前田司郎監督が手がけた本作は、 二階堂ふみと小泉今日子という二大女優を起用したことはもとより、その特異な作風で第8回TAMA映画賞・最優秀新進映画監督賞するなど、映画ファンの間で話題となった。


参考:二階堂ふみのラブシーンはなぜグッとくるのか?


 強い個性を持つふたりの女優は、本作の中でどのように関わり、母と娘を演じたのか。そして、共演から見えたふたりの共通点と相違点とは。本作を高く評価するライター/ノベライザーの相田冬二氏と、編集者/ライターの門間雄介氏が、それぞれの女優像を考察するとともに、『ふきげんな過去』の面白さを紐解いた。


■相田「二階堂さんはアバンギャルドなイメージだれど、芝居はむしろ正統派」


相田:僕はこれまで、何度か二階堂ふみさんを取材させていただいて、すごく受け答えがしっかりしているし、どの作品を観ても技量も確かだから、優秀なクラスの学級委員長みたいなイメージがあったんです。精神年齢が高くて、もし自分と同じクラスにいたらちょっと近寄りがたいというか。でも、今回の『ふきげんな過去』を観たら、「あ、この子の意外なところ発見しちゃった」っていう感覚があって、役者としていっそう好きになったんですよね。演技が上手すぎるからこそ、自分の中で“技巧派の役者”というイメージが付いていたけれど、彼女はそれだけの人ではないぞ、と。門間さんは雑誌の『POPEYE』で「二階堂ふみのインタビュアー道。」という連載を担当していましたね。


門間:ええ、そうです。僕は相田さんのいう優等生のイメージというのは、意外に思いました。たしかに彼女は、海外の映画賞でも受賞しているという意味では非常に優秀な役者ですが、オルタナティヴなイメージの方が強いと思われてきた気がするから。


相田:もちろん、そのオルタナな感覚もわかります。すごく正直な人で、映画もたくさん観ている方だから、自分が出演した作品についての批評も辛辣なところがあったり。その批判的な意見も「書いていいですよ」ってタイプだから。それは彼女の真摯さの表れでもあって、そのことで自分の価値を下げるとは考えていないんだと思います。その真摯さが映画にも出ていて、観ているこちらもつい背筋を伸ばしてしまう感覚がある。ところが『ふきげんな過去』を観ていると、実際のところ彼女は、パブリックイメージと芝居を一致させているタイプではなかったんだなって気付かされて。


門間:たしかにパブリックイメージと芝居そのものの違いはありますよね。インタビューでよく「役柄については理解しようとしていない」みたいなことを言っていますが、それは自分の理解できる役柄しか演じられないなら、芝居の幅が大きく狭まってしまうからなんです。だからこそ、例えばプライベートでどんな映画が好きかということと切り離して芝居をしている。今はおそらく、パブリックイメージと役者としての彼女が混同されているので、改めてわれわれが彼女の役者像を確立していかなければいけない時期なのかもしれません。


相田:アバンギャルドなイメージが先行しているけれど、芝居自体はむしろ正統派というか。たとえば西島秀俊さんはすごくシネフィルだけど、芝居はすごく真っ当で、だからといってイメージのズレみたいなものはあまり感じない。だけど二階堂ふみさんは、資質的にオルタナだから芝居もそうあってほしいって思ってしまうのか、観る側が混同してしまう。


門間:現場でも基本的に、彼女は組の一員として芝居する人で、そういう意味では協調性とか輪とかを実は大事にする人なんですよね。


相田:組の一員であるっていう意識はすごく高そうです。『ふきげんな過去』でも、二階堂さんは、前田司郎監督のやろうとしていることを理解している気がしますね。これまでの作品だと、その理解度の高さが前に出ている感じがしたんです。でも本作では、その理屈のところを超えた感じが、ファーストショットからすでにある。前田さんは演劇出身の人だけれど、演劇ではできないことをやろうとしていて、それが彼女の生々しい顔を引き出すことに繋がったのかなと。そういう意味では、前田さんもまた彼女によって新しい表現の扉を開いたといえるかもしれません。


門間:二階堂さんって、自分の役柄や作品全体のことをすごく考えて芝居しているんですよね。でも今回はその痕跡を残さない芝居になっている気がします。彼女としてはかなりラフな感じで現場に入ったみたいで、それがちゃんと絵に映っていた。何が良いって、彼女がとにかくかわいく映っているんですよ。佐々木靖之さんの撮影によるところも大きいとは思いますが、彼女自身の姿勢がまず違うのかなと。


相田:考えた痕跡を残していないというのは重要なところで、僕はこれまでその痕跡が目についていたんだと思います。すごく作り込んだ感というかね。でも本作では、たとえばアイスを食べているシーンとか、だらしなくて良いんですよ。もちろんテクニックがなければ演じきれないシーンなんだけど、そこに着地していない。「これはすごい芝居だぞ!」って見せてくる感じがないんです。本当はすごいことをやっているのに、まったくすごく見えないところが、この映画のすごいところで。


門間:前田さんは、役者に対してひとつひとつの芝居を逐一説明する人ではないですよね。この作品もたぶん、台本を渡してリハをやって、エチュードっぽくやってもらっている。にも関わらず、二階堂さんはちゃんと前田さんの意図を汲み取っている感じで、それはやはり彼女の考える力、勘の良さがあってこそなんだと思います。よく台本からこのニュアンスをキャッチしたなと。やっぱりこれ、わからない人にはわからないタイプの作品なので。


相田:『ふきげんな過去』は、嫌な言い方ですけど、映画偏差値が相当高い作品ですよ。前田さんの前作『ジ、エクストリーム、スキヤキ』もそうですけれど、これはさらにグレードが高い。二階堂さんが台本の状態で、この解釈をしたのは相当にすごいことです。


門間:映画的ではなくて演劇的であるって、前田さんの作品なので言われがちかもしれませんが、簡単にはそうと言い切れない作品ですからね。演劇的な部分はもちろんあるんだけれど、それを映画としてちゃんと芝居している。


■門間「小泉さんはプロデューサー的な感覚が、どんどん研ぎ澄まされていっている」


門間:一方で、小泉今日子さんの芝居は演劇的なニュアンスも感じました。


相田:そうですね、小泉さんの方がどちらかというと演劇的で、最近は舞台演出なんかもやっていますよね。テレビドラマの『最後から二番目の恋』とかはありましたけど、黒沢清の『贖罪』ではモードが変わっていて、演劇的なすごさが出てきている。『最後から二番目の恋』みたいな作品では彼女のパブリックイメージーーひとりでも充実しているけれど、どこか孤独を抱えているーーを踏襲しているんだけれど、それとは違う感じ。ただ本作では、パブリックイメージを保ちつつも、演劇的なアプローチをしている。虚構性と生っぽさが融合した感じで、それは二階堂さんとの共演そのものにも言えることかもしれません。


門間:そこのバランスはすごいですよね。小泉さんのアプローチと、二階堂さんのアプローチは、ひょっとしたらチグハグに見える可能性もあるのに、ちゃんとひとつの画面の中に収まっている。全般的には二階堂さんが引っ張っている感じで、小泉さんがそれを受けているというバランスなのかなと感じました。取っ組み合いのシーンなどは、特に象徴的ですね。本人もインタビューで、「今回は二階堂ふみちゃんと山田望叶ちゃんの映画ね」みたいに仰っていて。たぶん彼女は、より俯瞰した目線を持っていて、それもこの作品を成立させた要素のひとつなんじゃないかと。それぞれの役者の良さをうまく引き出している感じで、彼女のスタンスもそういう風に変わりつつあるのかもしれません。


相田:そう考えると、小泉さんがパブリックイメージとしての小泉今日子を演じるのは、もうやりきったのかもしれませんね。もちろん、ドラマなどでそういう役をちょっと演じることはあると思いますが、基本的には演出を手掛けたりする側に移っていくのかなと。ある意味、本作で二階堂さんにバトンタッチしたようにも思えました。母娘の設定だからというだけではなく、アバンギャルドなイメージや、男女問わない幅広い層からの支持は、小泉さんも持っているわけだし。意識はしていないとは思うけれど、ポジションを明け渡した印象を受けました。


門間:20年後には二階堂さんも、役者以外の方向で何かのアピールをしていることは十分にありえますね。たしかに共通点は少なくありません。小泉さんにとっても『毎日かあさん』以来、5年ぶりの主演作ですし、大事な作品だったことは間違いないでしょう。


相田:小泉さんは、かなり作品を選んでいますからね。自分がやる必要がない作品はやらないって。だから、ある種の覚悟を持って挑んだ作品のはずです。そこで東宝のメジャーな作品ではなく、前田さんの作品を選ぶところも、すごく小泉さんらしい。


門間:私が5年ぶりに主演すべき映画はこれだって選べるセンスや嗅覚はさすがですよね。彼女が持つプロデューサー的な感覚が、どんどん研ぎ澄まされていっている。


相田:小泉さんが秋元康さんと「なんてったってアイドル」をやったときから、彼女のほうがプロデュースしているかのような印象がありました。その後、藤原ヒロシと『No.17』(90年)みたいな名作を生み出したわけですが、彼女は自分で詩をかけるのに、あえてほかの人にも作詞を依頼したりしていて。セルフプロデュースした『厚木I.C.』(03年)のときは、曽我部恵一さんに小泉さんが書きそうな曲を書かせて歌ったりして、それは完全にプロデューサーの感覚ですよ。


門間:二階堂さんにもプロデューサーの感覚はあると思いますが、彼女は役者として“選ばれる力”に優れている。その個性をもっと伸ばしていってほしいと思いますね。


相田:そういう意味でも今回の『ふきげんな過去』は、彼女にとって役に立った作品になるんじゃないかな。今年、彼女は『何者』や『SCOOP!』などいろんな作品に選ばれて出ているけれど、好きとか嫌いとかとは別のところで、特に『ふきげんな過去』から得たものは少なくなかったんじゃないかなって。


■門間「ふたりの声がすごく大きな役割を担っている」


門間:もうひとつ、ふたりについて特に指摘したいのは、声質の良さですね。良い芝居とはなにかって、一口に言えるものではないんですけれど、僕が好きになる役者は声が良いんですよね。『ふきげんな過去』も、ふたりの声がすごく大きな役割を担っていると思います。小泉さんは歌うところからキャリアをスタートしていることもあって、声を通じてなにかを表現することを武器にしてきたところがあるでしょうし、二階堂さんも『オオカミ少女と黒王子』と『私の男』で、対極にあるような役柄を演じていても、ひとこと言った瞬間にすっと入っていける感じがあります。やっぱり声が大事なんだなということは、本作を観て改めて思いました。


相田:二階堂さんの声は低いトーンなこともあってか、発した瞬間に説得力が生まれますよね。その人物の背景を想像したくなるというか、観るものに興味を持たせる。言い換えれば、人の心をつかむんですよ。小泉さんもやはり声を操っていて、だからこそ説得力のある演技ができている。ミュージシャンや芸人が演技をすると、ある種の説得力を生むのは、やっぱり声を仕事にしている人たちだからなんでしょうね。だからモデル出身の人はいまいちだったり。


門間:声が良いのは、表現者として強いですよね。二階堂さんが同世代の女優と比べて優位性を持っているのは、声の力なんじゃないかな。よく演技を評する時、幅広い役柄の演じ分けとか表情とかが基準になりがちなんですが、声はもっと重要ですよ。前田さんは当然芝居に通じているかただから、声の重要さには意識的だと思いますし、だからこそこのふたりのキャスティングに納得できたんじゃないかと。


相田:キャスティングはおそらく、プロデューサーの西ヶ谷寿一さんですよね。小泉今日子と二階堂ふみだったら、前田司郎が思いっきりやれるって踏んだんだと思います。


■相田「日本映画界とは異なる文脈で再評価される可能性はある」


門間:ところで相田さんは本作を今年のベストワン映画に挙げているそうですね。


相田:そうですね、塩田明彦監督の『風に濡れた女』と迷っていて。総合点では『ふきげんな過去』が上だけど、ちょっと良すぎるというか。ここまできたらもう、映画じゃなくて良いんじゃないかって感じるところもあって。映画でもないし演劇でもない、もしかしたら文学なのかもしれないけれど、確実になにかを超えている感じがあって、映画ファンとしては少し寂しい。でも、やっぱりこれがベストワンだろうとは思っています。


門間:では、世間的には過小評価されていると?


相田:映画畑にこの作品を評価している人が少ないのは、すごく残念です。でも意外と若い層に受けていて、特に子役の山田望叶さんの評判がいい。『ジ、エクストリーム、スキヤキ』より映画偏差値が高いから、難しいかなと思ったんですけれど、感覚的にはもっと受け取りやすい作品だったのかもしれない。それこそ声質だったり、二階堂さんのかわいさだったりといった部分で。


門間:海外の反応は悪くなかったという話を聞いたことがあります。


相田:たしかに、小泉さんもあまり日本映画っぽくない作品だと仰っていましたし、海外の方が受けはいいのかもしれない。起承転結が付いていないところとか、雰囲気とか。爆弾の捉え方も、日本と海外では違うでしょうし。先日、海外のサイトで、思ったほど評価されてない重要な映画ランキングみたいなのを読んだら、紀里谷和明さんの『CASSHERN』とか蜷川実花さんの『さくらん』とかが入っているんですよ。そういう日本映画界とは異なる文脈で再評価される可能性はあるんじゃないかな。


門間:我々と違うコンテクストでこれを観たら、すごく新鮮に映る部分はたしかにあるかもしれない。


相田:すごく泣けるとか、あるいはものすごく変わっているとか、カルトな映画だとか、そういう極端な方向にいかないのが本作の良いところなんだけれど、日本ではまだあまり理解される作品ではなかったということでしょうね。本当はいろんな人に見てほしいです。


門間:小泉さんと二階堂さんが出るって決まらなかったら、企画のまま消えていった可能性もありますよね。彼女たちが出ることによって成立した作品ではないかなと。今回の小泉さんのように、二階堂さんにも変わらずこういう企画にちゃんと嗅覚を働かせていってほしいですね。いずれは、いろんな才能をフックアップするような存在になれるかもしれません。


■門間「日常の風景の背景に、いろんなものが激しくうごめいている」


相田:多くの人は映画を物語だと考えていて、意味を求めてしまうんですよね。観ると感動するとか、さわやかな気持ちになるとか。でも、それは既成の感覚をなぞっているだけで、言ってみれば郷愁に近いものだと思います。一方で本作は、夏休みの宿題がどうこうと言っているにも関わらず、そういう郷愁とはまったく異なる、これまでにない体験を与えてくれる。それを感じとる感性が自分にも備わっているということを教えてくれるのがこの作品なので、1回観てあまりピンとこなくても、2回3回と繰り返して観てほしいですね。最初にパクチーを食べたとき、なんだこれって思うけれど、何度も食べるとその美味しさがわかってくる感覚に近いかもしれない。日本映画にも、まだそういう未知のときめきがあるってことを感じられる数少ない映画です。かといって、決して難解な作品でもありません。


門間:基本的には日常の風景が静かに描かれていくのだけど、その背景にはいろんなものが激しくうごめいていて、観ていくうちにそれに気づいていく作品というか。僕はそこがすごく面白いと思いました。


相田:登場人物の過去とかね。語られていることが本当かどうかは誰にもわからないし、それは嘘の可能性だって高い。たとえば、一般的に爆弾は爆発することが過激なことだと思われているけれど、本当は爆発しないで、「いつ爆発するのかわからない」方が過激なのかもしれない。僕らはカタルシスに慣らされていて、映画はそういうものだって思いがちだけど、『ふきげんな過去』はそういうエナジードリンクみたいな映画とは対極にある作品です。そのグレーな面白さを味わってほしいですね。(構成=リアルサウンド編集部)