トップへ

『モアナと伝説の海』全米大ヒットの背景は“ロマンス抜き”にあり? ディズニーの作風変化を読む

2016年12月06日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 Disney. All Rights Reserved.

 アメリカで11月23日(現地時間)に公開されたディズニーの長編アニメ最新作『モアナと伝説の海』が大ヒット中だ。公開初週末の11月25日から27日にかけては全米で約5,663万ドルを稼ぎ出し、『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』を抑えて初登場1位を記録。また、公開初日の興行収入では『アナと雪の女王』や『塔の上のラプンツェル』を超え、公開5日間の成績はあの『ズートピア』を超えてディズニー作品で歴代2位となった。一部からは「ディズニー最高傑作」との声も聞こえる本作だが、これほどのヒットを飛ばしている理由はいったい何なのか。


参考:ディズニー新ヒロインは宮崎駿作品からの影響!? 『モアナと伝説の海』ワールドプレミア


 『リトル・マーメイド』や『アラジン』で知られるロン・クレメンツ監督とジョン・マスカー監督のコンビがメガホンを取った本作は、ポリネシアに浮かぶ小さな島で暮らす少女・モアナ(アウリィ・カルバーリョ)が、屈強な英雄マウイ(ドウェイン・ジョンソン)と繰り広げる冒険を描く海洋ロマンだ。ディズニーの長編アニメで有色人種の女性が主人公となるのは、『プリンセスと魔法のキス』以来7年ぶりのことで、人間の女性が主人公の長編アニメは、『アナと雪の女王』以来3年ぶりである。


 近頃のハリウッドでは、女性の地位向上が声高に唱えられており、興行的にも批評的にも、成功を収めた作品の中には女性を主人公とするものが多い。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ピッチ・パーフェクト』シリーズがその象徴と言えるだろう。元より女性主人公の姿を描く映画を多く手掛けてきたディズニーは、改めてこのトレンドに乗るだけでなく、ポリネシア人の女性を主人公とすることで、『ズートピア』や『アナと雪の女王』といった近年のヒット作と同様に、「多様性の拡大」を表現して評価を拡大している。海外メディアのレビューでは、ポリネシア人としてのモアナや、登場するポリネシアン・カルチャーに対して、必ずと言ってよいほど多様性の観点から賞賛の言葉が送られているし、ツイッターで「Moana diversity(モアナ 多様性)」と検索すると、本作の文化的・人種的多様性を称賛する声が多く見受けられる。


 公開に先立って、ドナルド・トランプの次期米国大統領就任が決定していたことも、本作の多様性への注目を高める要因となったように思える。過激発言やモンロー主義的な側面を伺わせることによってポピュリズムを煽り、結果的に次期米国大統領として当選したトランプは、大統領選を通じて、アメリカ国民が少なからず彼の(本音か建前かは不明だが)排外主義的思想に同調していることを証明した。また、たびたび報道される反トランプのデモからは、移民国家としてのアメリカで暮らす人々にとっては、多様性が何よりも重要なことであるという事実も浮かび上がった。トランプの登場によって高まった多様性の議論が、ポリネシア人の主人公を描く本作への関心を強めたと推測するのは強引ではないだろう。


 女性主人公の姿を描くディズニーの長編アニメの基本的枠組みは、ヒロインが何らかの目標を達成する過程で魅力的な男性と出会い、恋に落ちるというものが多い。ディズニーは本作を除いて55本の長編アニメを製作してきたが、その中で人間の女性が主人公の作品は、『白雪姫』『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』『眠れる森の美女』『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『ポカホンタス』『ムーラン』『リロ・アンド・スティッチ』『プリンセスと魔法のキス』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』の計12本(オムニバスは除く)である。この中でロマンスを描いていないのは、『ふしぎの国のアリス』と『リロ・アンド・スティッチ』だけだ。


 つまり、ディズニー作品における女性主人公は、長らくロマンスとイコールの関係にあったのだ(『アナと雪の女王』では主人公エルサのロマンスは描かれなかったが、妹アナのロマンスが描かれた)。ディズニーにとって、ロマンスは不変的で伝統的なテーマだったのである。しかし、マスカー監督は今年のサンディエゴ・コミコンで本作のパネルディスカッションに出席すると、「この映画にロマンスはなく、彼女はマウイと恋に落ちない」と断言していた。実際、海外メディアによるレビューや紹介記事に目を通すと、本作は「ロマンスを全く描かないこと」でも賞賛の言葉を数多く受けている。ちなみに、「Moana no romance(モアナ ロマンスなし)」という言葉を含む本作に関連したツイッターの投稿を見てみても、そのほとんどが好意的な意見だった。


 多様性の拡大とロマンスの排除という「ふたつの変化」によって、これまでのディズニー作品と明確に差別化された本作が、様々な意味で「変化」が求められているアメリカでヒットを飛ばしたのは、必然だったのかもしれない。今後、公開規模は日本を含めさらに拡大していく。アメリカでのヒットが前提としてあるため、本作がさらなる興行的成功を収めることは間違いないだろう。ただ、民族性が強い作品で留意すべきは、その民族性に直結している地域の観客のリアクションだ。果たして本作は、物語の舞台となったポリネシアでも、アメリカ同様に大ヒットを飛ばすのだろうか。その動向に注視したい。(岸豊)