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ニコラス・エドワーズ、日本語にふれて気づいたこと「理解の仕方は違っても求めているものは同じ」

2016年11月30日 16:21  リアルサウンド

リアルサウンド

ニコラス・エドワーズ(写真=福田直記)

 日本人以上に日本的詩情を理解する繊細な歌詞と、J-POP、ロック、R&B、ヒップホップなど様々なジャンルを溶かし込んだエクレクティックな楽曲で、日米の音楽の架け橋として活躍中。ニコラス・エドワーズのニューアルバムは、日本語盤『GO EAST』と、英語盤『GO WEST』の同時リリース。ミュージック&トータルプロデューサーにJeff Miyaharaを迎え制作した先行シングル「Freeze」含む各全12曲収録。また、ビジュアル・プロデューサーにタナカノリユキ、フォトグラファーにレスリー・キーという豪華クリエイターを迎え、その巨大なポテンシャルを解き放った会心の一作だ。会えばきっと誰もが彼を好きになる抜群のホスピタリティを持ち、完璧な日本語の語彙と深い思考を駆使して語る、新世代のポップ・スターの胸の内とは?(宮本英夫)


(関連:ニコラス・エドワーズ、J-POPへの愛とリスペクトに満ちた白熱ライブ メジャーシングルの発表も


■人生の総集編みたいなアルバム


――まずは、ジャケットがとても素敵。英語盤も、日本語盤も。


ニコラス:ありがとうございます。レスリーさんとタナカさんとジェフさんのコンビなので、おのずと芸術性の高いものになりました。曲自体も洋楽と邦楽の統合性といいますか、もともとそういうテーマだったので、和風と洋風でジャケット写真も撮らせていただきました。それは、今の時代こそ必要なものじゃないかな? と思うので。どんどん国際化していく中で、僕自身も架け橋のような存在になれればいいなと。7年間も日本に住んでいるので、あと数年で人生の半分を日本で過ごしたことになりますね。大まかな今作のテーマとしては、アメリカのルーツと、日本での人生との調和といいますか、どっちかを無しにしては今の僕はいないので。そういった人生の総集編みたいなアルバムです。


――総集編というのは、ちょっと早すぎませんか(笑)。


ニコラス:これまでの人生の、です(笑)。24年間の総集編ですね。僕の歌い手としての一番の役割は、ストーリーテラーとしての役割だと思うので。12曲の中に、人生で経験するいろんな感情を込めています。人間の感情の複雑さといいますか、喜怒哀楽はあくまで四つ揃って、お互いありきの感情論だと思うので。世の中すべての複雑さを生み出している人間の心を表現した、人間味のある12曲になったと思います。


――感情と同じように、サウンドもバラエティに富んでいる。1曲目「Sticks&Stones」は、いきなりハードなロック・チューンで、びっくりしました。


ニコラス:迫力と疾走感のある曲を頭に持ってきたかったので。曲の内容としても、恋人に傷つけられて、それを許すためにはこれぐらいのことをしてもらわないと許さないぞという、男女の掛け合いについて書きました。傷ついた責任を取ってもらうというハードなテーマでもありながら、ハードなテーマこそ人間の弱みから生まれてくるんじゃないかと思うので。曲はメタル調のロックに仕上がってます。


――「Sticks&Stones」って、面白い表現ですね。


ニコラス:アメリカのことわざで“Sticks and stones may break my bones,but words will never hurt me”っていう、親が子供に教えることわざなんですよ。意味は、棒や石をぶつけられたら体は傷つくけど、言葉で傷つくか傷つかないかは自分が選ぶこと。子供の頃は、不細工だとか、耳が大きいとか、歯並びが悪いとか、いろんないじめがあるじゃないですか。そういう言葉を浴びせられた時に、自分が傷つくことを許さない限りは傷つかないで済むものだよ、ということなんです。


――いい言葉を覚えました。ニック、ほかにも歌詞の中にいくつかことわざを入れてるでしょう。「Loving My Lover」の“口は災いのもと”とか。


ニコラス:好きなんです(笑)。「Loving My Lover」では<口は災いの元なら、あなたは雪崩>と歌ってます。この曲は艶やかなといいますか、ちょっと危ない雰囲気の、好きな相手がいるけど結ばれてはいけない理由があるという、」あやしい雰囲気にはこのことわざが合うと思い、取り入れました。口が災いの元であれば、あなたの口は雪崩そのもの。本当に圧倒されてしまうということです。


――すごい表現。かなわないですよ、そんなに日本語に詳しいと(笑)。


ニコラス:とんでもないです! ほかにも天気とか、状況を思い浮かばせる言葉が好きで、以前から雨の名称に興味があって。いまだに全然覚えきれてないですけど。


――<首元を伝う指先は叢雨(むらさめ)>ですね。それも「Loving My Lover」に出てくる。


ニコラス:そうなんです。それがすごく雰囲気に合っていて。叢雨って、一時的に激しく降る雨のことで、そのような恋愛という意味合いで使いました。激しく降ったものの、気がついたらやんでいる。そういう日本語ならではの、自然現象から出てくる色気のある言葉にはすごく惹かれますね。


――「Feel It」に出てくる“太刀風”とかも。こんな言葉使うんだって、びっくりしました。


ニコラス:あの曲のテーマは、鎖を断ち切るという、縛られているものを切って離すということだったので、太刀風という言葉が頭の中に浮かんできて。太刀風のように自分自身の思いを持って、束縛されているものを切り離すといいますか。もしかしたら太刀風と聞いてもピンとこない人もいると思うんですけど、それでもいいと思います。叢雨も、聞いただけならたぶんどういうものかわからない。でも日本語のすごいところは、言葉がわからなくてもなんとなく「叢雨のような恋」と聞くと、響き的に危ない雰囲気が伝わってくる。太刀風というのも、多くの人は立ち風と思ってしまうかもしれないですけど、それはそれで、風を切るようなイメージが浮かんでくるんじゃないかな? と思って、あえて難しい言葉のままにしてみました。


■英語でも日本語でも、たどりつくところは一緒


――みなさん本作を聴いて勉強しましょう。僕もします(笑)。英語と日本語の違いとして、たとえば日本語だと僕、私、俺、とか一人称がいろいろあるけど、英語はIだけとか。そういう違いは、意識して使い分けてますか。


ニコラス:日本語は語彙が豊富で、一人称とか、人を呼ぶ名称とか、あとは形容詞、名詞がすごく多いと思うんですけど。英語で一番長けているのは、動詞の表現なんです。同じ動きを指す言葉でも、5パターンとか6パターンあって。たとえば日本語でいう“ふるえる”という言葉は、英語でSHAKE、SHIVER、TREMBLEとか、本当に微妙な違いがあって。たぶん、洋楽がリズムメインで作られるのは、動詞が豊富なところから出てきてると思うんですけど。


――そうか! なるほど。


ニコラス:なので、英語の歌詞を作る時の使い分け方としては、自分自身の人物像を表現するのに、一人称とか名詞、形容詞で伝えるよりは、動詞の選び方ですね。“ふるえる”という現象の中でも、どの種類のふるえ方を使うのか? というところで、英語には多少なりとも奥行きがあって。英語の作詞をする時には、どういう人間がやっているのかというよりは、行動メインで思考が動いているので、物語の中でふたりの間に何があったのかという部分が表に出てきます。英語は感情論で歌詞を作ることが多いと思うんですけど、日本語は詩的な物語を大事にしていることが多いと思います。


――うんうん。すごくわかりやすい。


ニコラス:あくまでも僕の経験上ですけども。それが曲作りとかサウンドにも出てくるんじゃないかな? と思うんですけども。文化ですね、もはや。日本語の世の中への接し方と、英語の世の中との接し方とが若干違う。そうすると、おのずと物事のとらえ方も違ってきたりとか。でもその中で、理解の仕方が違ったとしても、たどりつくところは一緒だと思うんですよ。人間の根本にある、誰かを愛したい、誰かに愛されたいというものは。その認識の仕方が違ったとしても、最終的に求めているものが同じであることは、英語バージョンと日本語バージョンの歌を作ることで気づかされますね。


――歌詞でいうと、「モナリザ」が本当にすごくて。


ニコラス:ありがとうございます! 


――これはまさに、ニックの性格の自己分析をそのまま歌詞にしたような曲。


ニコラス:最初にビートを作って、あとは全部フリースタイルのラップで、<馬力ならあるけどさ、ハンドリング複雑だ>というふうに作っていって。僕の意識の流れのような曲ですね。24歳の僕が、日ごろためこんでいるものを吐き出したような曲になってます。ユーモアも持ちながら、ちょっと自分のことを小ばかにしてみたり。最初はここまでぶっちゃけていいのかな? って心配したんですけど、この曲を聴いて共感する人も不愉快に感じる人も、いろいろいていいんじゃないかと思うようになって。特に社会の中では、これが正しいとか不正解だとか、それぞれみんな違った考えを持っている。その中でうまいことお題になるような曲だと思いますね。


――ラブソングも多いですけど、応援歌というか、ニックの人生観が伝わるような曲も心に残りました。「We Get By」のような。


ニコラス:これは、曲自体は応援歌を作りたかったんですけど、僕自身の暗さなのか、落ち込んでる時やつらい時は、「泣くなよ。頑張れよ」って言われたくなかったりするんですよ。泣きたい時に泣きたくて、泣くことを悪いことと思いたくないというか。だからこの歌詞は“一回泣いてしまえばまた朝が来るから”という、自分の弱さを受け入れるような応援歌ですね。たぶんこういう曲を必要としている人間もいるんじゃないかな? と思うので。


――なるほど。


ニコラス:僕は東京に住んでいるんですけど、高速道路を走っていたりすると、果てしない夜景の中で、これだけの大都市に1300万人がいる中で、今泣きたい人がどれだけいるのかな? って思ったりするんですよ。それを思っただけで、ハンドルを持つ手に涙が落ちるみたいな。


――優しい人ですね。ニック。


ニコラス:僕自身もですし、常に急かされている大都会に住んでいる人間は特にそうだと思うんですけど、これというつらさがあるわけではないけれど、無意識の中にため込んでいるものがあるんじゃないかと思うんですよ。それを、休むことや断念すること、泣くことを悪いことだと解釈しないで、泣いちゃったほうが先々につながっていくものがあるというか。継続は力なりと言いますけど、たまにはやめることも力になる。たまには事実を把握したうえで、素直にあきらめていいこともある。僕自身もこれまで、メジャーデビューしてから一度インディーズに戻った時期があって。その中で、与えられた状況の中で頑張ったほうが美しいのかな? とも思ったりはしたんですけど、自分に正直に、特に音楽をやっていく上では、自分が望んでいない形で夢を実現させても、本当に意味があるのかと思ったことがあったので。「We Get By」はそういうところから出てきた曲で、東京に1300万人の人がいて、日本に1億人以上の人がいたら、どれだけためこんでいるものがあるかと考えた時、みんながそれを抱えていると感じることで、吐き出していけるんじゃないかな? と思って生まれた曲です。人のためにも自分のためにもなる作品になったらいいなと思っていて、その中であえてヒップホップのビートを使って、その上に穏やかなギターリフ、シンセのパッドを使って、エコーが響くようなサウンドにすることで、異次元のような世界観の中でリアルな物語を描くという、あえてミスマッチを狙ってみました。


――すごく面白いと思います。


ニコラス:アルバムを通して、そういうギャップを狙っていきたかったので。ジャケット写真も含めて、すべての曲の中にひとひねりが込められている。そもそも僕の存在自体がひとひねりしているので(笑)。


――あはは。そうかもしれない。


ニコラス:そこで、ひとひねりしててもいいんだ、ひとりじゃないんだって感じてもらえるような、人の居場所になるような音楽を作りたかったんです。


――応援歌といえば、「W/W/W」もそうでしょう。


ニコラス:そうですね。誰かの悩みを受け止めるような、恋愛の中での物語にしています。これは櫻井沙羅さんが作詞されているんですけど、この歌詞から「女性ってこういう言葉をもらうと癒されるんだな」ということに気付づくことができて、歌い方を極端に優しくしました。これまでは熱唱するような歌い方の曲が多かったんですけど、「We Get By」は地声が一度も出てこないくらいウィスパーが持つ優しさを出して、「Loving My Lover」では、ウィスパーが持つ艶やかさを出して。同じ歌唱法を使っていても印象が違うんですよ。かすれた感じで、息使いを感じる歌い方にも挑戦しました。その、自分自身が歌唱法として持っているものの“声の総集編”が「Freeze」です。ウィスパーから始まって、ファルセットに行って、地声になって、最後は高いフェイクだったり、すべてをJeffさんに引き出していただきました。いざ歌ってみた時に本当に大変な歌だと思いますよ。でも歌の難しさに追い込まれることが、かえって曲の世界観になっているといいますか、曲の内容自体も、恋におぼれていく感覚……恋の醍醐味というモチーフなので。追い込みつつ追い込まれつつという、端から端まで声を使った作品ですね。


■音楽という自己表現で手に入ったものが真実


――「Sticks&Stones」で始まって、「Freeze」で終わる。曲順が絶妙です。


ニコラス:アルバムの代表曲でもあるので、「Freeze」があってこその『GO EAST』『GO WEST』です。これまでにあった様々な物語が、ひとつの作品に凝縮されたような、本当に奥行きのある作品だと思うので、「Freeze」を最後に置くことで、納得してもらえるんじゃないかと思いました。


――ニックらしさをいっぱいに詰め込んだアルバムということですね。どんな人に届けたいというイメージがありますか。


ニコラス:僕自身は、自分の中にあるものを出したまでですので、どういう人が聴いてくれるんだろうかということはあえて気にせず。音楽は僕にとって自己表現なので、そこで手に入ったものが真実なんじゃないかなと思うので。中には、この曲はいまいちだね、という方もいると思うんですけど、それは逆にウェルカムです。それがその人の真実であれば、曲を飛ばしていただいてもいいですし。これだけバラエティに富んだアルバムになった理由は、世の中にたくさんの人間がいるように、一人の中にもたくさんの人間がいるということを表現したかった。それを恐れずに、「モナリザ」や「Sticks&Stones」ではストレートに歌っていたり、「君のカケラ」みたいな本当にかわいらしい歌もあって、等身大な自分を出せたと思いますね。それぞれの自分を大事に、見捨てずに、歌い切ったアルバムだと思います。


――ぜひいろんな人に届きますように。


ニコラス:ぜひぜひ。EVERYBODY COME ON!