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宇多田ヒカルが行う、配信放送の新たな試みーー国内初3DVR/2D生中継イベントへの期待

2016年11月30日 16:01  リアルサウンド

リアルサウンド

宇多田ヒカル『30代はほどほど。』ロゴ

 今の高校生・大学生は17年前の「Automatic」フィーバーを知らない世代。彼らからみたら、宇多田ヒカルは「人間活動のために休業していたアーティスト」と映るのだろうか。そして、その6年という休業期間を経て、去る9月下旬にリリースされたニューアルバム『Fantôme』はどのように映ったのだろうか。


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 多くのメディアが取り上げたように、今作にはCDの購入特典はなく、街貼りの大きなビルボードにも詳細は記されていない。しかし、本人がメディアに登場せずとも、楽曲の力のみでロングセラーのシングルを生み出したことから期待できる大作感。近年感じていた音楽像と何かが違う――そう感じた瞬間があったのではないだろうか?


 我々にとっても音楽本来の在り方まで考えさせる作品となっていたはずだ。結果的に、発売後は海外でのチャートアクションや、自身初のオリコン4週連続1位も獲得。現在、累計で約90万枚を記録し、今もなお上位にチャートインしている。


 そんな興奮冷めやらぬ中、配信番組『30代はほどほど。』が発表された。同番組は生中継でのライブ放送や、ファンとコミュニケーションを図るといった内容だ。こうした配信はニコニコ生放送、AbemaTVやLINE LIVEなどでも頻繁に行われているが、実は宇多田ヒカルチームは約14年前に実践していた。


 2003年1月9日、宇多田ヒカルが20歳を迎えた日に行った「生ライブ+トーク+チャット」で構成された配信番組『20代はイケイケ!』は、当時はまだ無謀ともいえる挑戦だった。YouTubeの設立が2005年、USTREAMの立ち上げが2007年、Twitterでさえ2006年からスタートだったことを考えれば、この企画がいかに規格外だったことがわかるだろう。


 この試験的な配信放送は、のべ100万アクセスという記録的な数字を叩き出し、デジタルメディア協会主催のAMD AWARD「Best Music Composer」を受賞した。2003年はまだブロードバンドという言葉がようやく出てきたくらい時期なので驚きである。


 さらに2010年、USTREAM Asiaが立ち上がって配信番組を行う環境がようやく整い始めた頃。人間活動前、最後のライブとなった横浜アリーナでの『WILD LIFE』を生配信した。サブチャンネルや全国70カ所で行われた映画館でのライブビューイングも合わせると、約13万人以上が同時にこのライブを視聴。当時のUSTREAM記録である34万5千人のユニーク視聴者数を記録した(こちらには、のべアクセス数は約100万以上あったそうだ)。


 宇多田ヒカルは「あまりメディアに出ない」という印象があるアーティストかもしれないが、それはテレビ番組に多く出演しないというだけであって、自身らが発信するものに関しては群を抜いた存在感を放っている。実は、インターネットツールを用いたプロモーションに長けたスタッフ・チームが存在するのだ。そして彼らは最新の技術を通して、革新的に宇多田ヒカルの音楽を世界に届ける努力を惜しまず続けてきた。こうした取り組みの累積こそが、少なからず『Fantôme』が海外でチャート・アクションの結果を残したことに起因しているだろう。


 そして今回、宇多田ヒカルチームが提案するのが“3DVR配信”だ。2016年はVR元年ともいわれ、PlayStation VRが発売されたことで一気に身近になった最新技術(ヴァーチャル・リアリティ)を使った生配信なのだ。


 スコープを通して360度の別世界に自分が飛び込んでしまったような感覚を得られるのがVR技術。これを生配信で行うというだけでも驚きだが、さらに3Dの要素も加わってくるそうだ。国内初の試みであり、PCやスマートフォンでの視聴も容易で、大きな技術革新を目の当たりにできるチャンスとなっている。


 常に新しいことに挑戦し続けることこそ、宇多田ヒカルのチームが一貫して行ってきたことであり、その革新さをもって、宇多田ヒカルの音楽をファンに届けるという姿勢は、14年前からまったくブレることがない。


 そして、嬉しいサプライズも用意してくれた。『Fantôme』に客演参加したラッパーのKOHHと、ソングカバー・アルバム『宇多田ヒカルのうた』リリース記念に行われたDOMMUNEでの配信番組でDJをしたことがきっかけで親睦を深めたPUNPEE、この2人の人気ヒップホップ・アーティストの参加だ。


 普段ヒップホップ・ミュージックに精通していない人には、これがどれほどの出来事なのか? というのが伝わりにくいかもしれないが、彼らは間違いなく国内最高峰のヒップホップ・アーティストであり、ジャンルの壁、言葉の壁を超えて人気がある2人ということを知っておいていただきたい。彼らのことをよく知っている人に聞いても異論はないだろう。ここにリーチしている宇多田ヒカルチームを流石というべきか、はたまた必然なのか。


 アメリカのポップス・シーンをみれば、テイラー・スウィフトはケンドリック・ラマーを客演に迎えた曲でグラミー賞を受賞しているし、アリシア・キーズはニュー・アルバムでエイサップ・ロッキーを迎えて話題を集めている。ラッパーとの共演、そして相乗効果はもはや欠かせないものになっている。こんなことは海外では当たり前のこと。むしろ日本での事例が少なすぎるくらいで、これをきっかけにもっとシンガーとラッパーのコラボレーションも盛んになってほしいと願う。


 12月9日、宇多田ヒカルチームの挑戦が、また新たな壁を壊してくれる。この歴史的瞬間を見逃すわけにはいかないですよね。この放送が音楽業界にどんな影響を及ぼすのか? 今から楽しみで仕方がありません。(YANATAKE)