フェリペ・マッサのラストレースとなったアブダビGPに、9月のイタリアGP以来、7戦ぶりにチーム副代表のクレア・ウイリアムズの姿があった。クレアは父親でチーム代表であるフランクが、イタリアGP期間中に体調を崩して入院したため、イタリアGP後から看病に専念していた。
そのフランクが快方に向かい退院したのにともない、最終戦のアブダビGPから現場に復帰した。そのアブダビGPのパドックでは、クリアがチームのチーフテクニカルオフィサーを務めるパット・シモンズと何度となく真剣に話し合っていた。
じつは、最近になってシモンズの周辺が慌ただしくなってきているからである。
シモンズが出席した日本GPの金曜日会見では、F1からの引退について質問されたこともあった。このときシモンズは、「トム・ ソーヤの冒険」の著者として知られるアメリカの小説家、マーク・トウェインの死亡記事がデタラメだったことがあるという歴史的背景を引用して、ウワサを一笑に付した。
これは、1897年にアメリカのある新聞社が、トウェインの従兄弟の死を「トウェインが死んだ」という誤報。しかし、トウェインは「私が死んだという報道は誇張である」と手紙を書くにとどまり、誤報にも冷静な対応を行ったというエピソードである。
知的なシモンズらしい切り返しだったが、それを聞いていた会見場のメディアは笑うに笑えなかった。そのエピソードを話していたシモンズ自身の笑顔が引きつっていたからである。なぜなら、シモンズは嘘をつくことに慣れていなかったためだ。
ある情報筋によれば、シモンズもじつはマッサ同様、今シーズン限りでF1を引退する予定だったのである。しかし、代役が決まらなかったため、ウイリアムズ側がなんとか説得して、引退を延長してもらった。しかし、それも1年が限度で、2017年末をもって勇退することがほぼ確実な状況となっているという。
シモンズの引退は、単に1人のエンジニアがいなくなるだけではない。大勢のエンジニアたちを率いるチーフテクニカルオフィサークラスの人物の去就は、その他、大勢のエンジニアたちの動向に大きな影響を与えるからである。
最近になって、ウイリアムズの現場監督的な存在であるロブ・スメドレーも、「F1の現場から退いていく時期について考えている」と語っている。
父親は退院したものの、現場で指揮を執ることはなく、かつてフランクととともにチームの技術部門を牽引してきたパトリック・ヘッドも、すでにその職を離れている。さらにフェラーリを離脱したにジェームス・アリソンの獲得にも失敗。そのうえ、シモンズが離脱するようなことになれば、大きな痛手となる。
父親が退院したばかりだったにもかかわらず、ヨーロッパから遠いアブダビの地で行われた最終戦にやってきたクレア。それは、マッサの引退レースだけが理由ではなかったのである。