2016年11月29日 10:32 弁護士ドットコム
刑事事件の裁判で、証人尋問に答えていた被害者の女性が、被告人に怪我を負わされる信じがたいニュースが報じられた。報道によれば、女性が11月11日、山形地裁鶴岡支部の「ついたて」に囲まれた中で証言していたところ、監禁や強姦容疑で逮捕、起訴された被告人(40)に、首を絞めるなどの暴行を受けた。
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女性は、全治2週間のけがを負った。法廷で、被告人は、手錠や腰紐が外された状態で座り、両隣には刑務官がいたが、突然立ち上がって、女性に詰め寄ったようだ。
法廷でなぜこのような事態になってしまったのか。本来、証言をする被害者や、証言者は、どのように守られるべきなのか。小笠原基也弁護士に話を聞いた。
「日本では、被害者が証言をする場合、本件のように被告人との間に衝立(ついたて)を立てる方法(「遮蔽措置」)の他、別室と法廷をビデオカメラでつないだり(「ビデオリンク」)、被告人を退廷させたりする方法などが法律で定められています。
このような措置がとられる目的は、証人が暴行等にあわないようにするためではありません。被告人の面前で証言することにより、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるために、きちんとした証言ができないことを避けることが目的なのです」
一方で、この措置を幅広く適用することに、小笠原弁護士は異議を唱える。
「証人に襲いかかるという希有な事態を想定して、広くこのような措置をとることは、被告人の防御権(証人尋問権)を不当に侵害するものであり、許されないと考えます。
今回は、むしろ遮蔽措置のために、被告人の行動が証人や検察官に見えなくなったり、刑務官の油断につながったのではないかが検証されなければならないと思います」
今後、同じような被害を生まないために、どのような対策が必要なのか。
「被告人が、証人や裁判官・検察官など、訴訟関係者に襲いかかるという非常事態を防ぐには、制度の問題というより、危機管理の問題として、施設や刑務官・裁判所職員の配置など物的・人的体制を再考するべきではないかと思います」
小笠原弁護士は日本特有の問題についても指摘する。
「日本の裁判所は法廷の部屋が狭く、証人などとの距離が近いという問題があります。また、被告人の座る位置も、多くの場合、弁護人の横ではなく、傍聴席の前(証人の真後ろ)や弁護人の前のベンチであるため、そこから証言台まで、机など遮るものがありません。
これは、警備上の都合とされていますが、今回のように、刑務官の対応が遅れると、かえって危険が高まります。なお、裁判員裁判などでは、被告人が弁護人の横の席に座り、その横と後に刑務官が座っていますが、それで警備上問題があったということは聞いたことがありません。
課題はこれらにとどまらないようだ。
「さらには、『人質司法』(被疑者、被告人が否認すると釈放や保釈がされにくくなる傾向がある問題)により、長く拘禁されていることの影響の有無も検証されなければなりません。今回は被害者の尋問が行われていることからすれば、否認事件である可能性が高いですが、被告人が自己の言い分と食い違うような被害者の証言を聞いて、腹を立てたとしても、在宅事件や保釈中であれば、証人に飛びかかって、暴行や傷害の現行犯で逮捕される危険性を犯すような心理的な状態になる可能性は減るかもしれません。
証人等の安全を守ることは、適切な司法判断が行われるための前提となります。他方で、そのために被告人の防御権を過度に制限することは、かえって真実発見の妨げになるので、その兼ね合いが必要だと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所