2016年11月28日 11:12 弁護士ドットコム
ヤマト運輸の横浜市にある支店に勤めていた元ドライバー2人が、不払い賃金それぞれ約170万円と約150万円の支払いを求め、会社側と交渉している。
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11月16日に労働組合などが開いた記者会見によると、2人の労働時間は、タイムカードがあるにもかかわらず、業務端末の稼働時間で計算されていた。その結果、配送前後の作業時間が一部カウントされていなかったという。この支店には、残業代の不払いなどがあるとして今年8月、横浜北労働基準監督署から是正勧告が出されている。
これまでの交渉で会社側は、「終業時間」とタイムカードの退勤時間に10分以上の差があった場合は残業と認定した。しかし、2015年9月から毎月、労働時間を示したリストを確認してもらっていたとして、それぞれの認印があることを理由に同月以降は「支払い対象外」と回答している。
タイムカードの記録が残っていても、勤務表にハンコを押してしまったら、残業代の請求権は消えてしまうのだろうか。河野祥多弁護士に聞いた。
ーーハンコを押したら、請求できなくなる?
法律的には、ハンコを押すことが「賃金債権(給料をもらう権利)」の放棄と認められるかどうかがポイントになります。
押さえておきたいのは、賃金は労働者の生活を支える重要な財源で、労働者に確実に受領させる必要があるということです(賃金全額払いの原則、労働基準法24条1項)。
確かに、労働者と会社の間で、賃金債権の放棄を合意することはできます。しかし、「重要な財源」だけに、放棄の意思表示が有効になるには、労働者の「自由な意思」に基づいていることが明確でなければなりません。会社が労働者に対して、放棄を「強制」してしまうかも知れないからです。
なので、仮に押印の事実があったとしても、それだけで賃金債権の放棄とは言えません。
ーー本件の場合はどう考えられる?
「賃金債権を放棄した」という意思表示(勤務表への押印)が、労働者の自由な意思だったと言える「合理的な理由が客観的に存在していた」かどうかがポイントになります。
たとえば、(1)どういう経緯で押印する制度になったのか、(2)会社側から制度の意味についてどのような説明があったのか、(3)労働者側は押印の意味を理解していたのか、などが検討されることになるでしょう。
ーー当事者の男性は「会社から説明はなかった」「労働時間と認めた上でハンコを押していたわけではない」などと話していたが、どうなのか?
事実関係が明確ではありませんが、仮に男性の主張を前提とすれば、賃金債権の放棄が自由意思に基づいていたかは、疑問が残るケースかと思います。労働者側の未払い賃金の請求権が放棄されたとはみなせないのではないでしょうか。
とはいえ、勤務表に押印されているという事実は、賃金債権を放棄したと判断される一材料にはなり得ます。ほかの書類の場合もそうですが、記載内容をきちんと確認の上で、押印するように心がけた方が良いことは言うまでもありません。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
河野 祥多(こうの・しょうた)弁護士
2007年に茅場町にて事務所を設立以来、個人の方の相談を受けると同時に、従業員100人以下の中小企業法務に力を入れている。最近は、ビザに関する相談も多い。土日相談、深夜相談も可能で、敷居の低い法律事務所をめざしている。
事務所名:むくの木法律事務所
事務所URL:http://www.mukunoki.info/