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米大統領選後、反トランプのUSラッパーらは何を表現したか? 渡辺志保がレポート

2016年11月28日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

マックルモア「Wednesday Morning」

 日本でも連日報道がなされていますが、去る11月8日、アメリカ合衆国大統領選挙が行われ、ドナルド・トランプが次期大統領になることが決定しました。ご存知の通り、共和党代表に選ばれたトランプ氏は過激な政策や扇動的な主張で選挙活動を行い、特に宗教や人種、性差の違いを強調してきた人物。一部、人道的とは言えないその人格を不安視するアメリカ国民、いや、世界中の人々も少なくありません。かたやトランプの対抗馬であり、民主党代表として選挙戦を戦ってきたヒラリー・クリントンには、レディー・ガガやリアーナ、ケイティ・ペリーにビヨンセといった錚々たるポップ・スターたちがこぞって協力的な姿勢を見せ、R.E.M.やエイミー・マン、フランツ・フェルディナンドらは、アンチ・トランプのオリジナル楽曲を毎日発表するという『30Days, 30Songs』という企画まで実現させたほどです(しかも、最終的には30曲を超えて50曲に!)。


関連動画はこちら。


 というわけで、音楽とも密接な関係にあった大統領選において、雄弁なアメリカのラッパーたちはどんな動きを見せていたのでしょうか? 西海岸出身のYGは今年の春から「FDP(Fuck Donald Trump)」というシングルを発表して同名のツアーを組んだ他、エミネムは「Campaign Speech」と題した、約8分にも及ぶ怒りのステイトメントを発表。ウィル・アイ・アムは「Grab ‘em by the pussy」(女はアソコを掴めばどうにかなる)というトランプの暴言をおちょくった楽曲をリリースし、一方、コモンは選挙日直前にポリティカルな主張に溢れた新作アルバム『Black America Again』を発表して、自身のメッセージを明確に打ち出しました。


 そして、選挙を経て結果が明らかになったあと、彼らはどんなメッセージを発していたのか? ここで紹介させてください。


 まず最初に紹介したいのは、ケンドリック・ラマーのアルバム『To Pimp A Butterfly』にも参加していた実力派フィメールMC、ラプソディの新作EP『Crown』から先行楽曲として発表された「Fire」です。


 ヴァース1の最初のライン、「We gon’ still be alright」(私たちはきっと大丈夫)というフレーズは、『Black Lives Matter』運動においても人々を鼓舞したケンドリック・ラマーの「Alright」を彷彿とさせる……というのは考えすぎでしょうか?


「シスターたち、私たちはずっとタフにやってきたじゃない。ママたちは子供を抱えて戦ってる。あいつらはオバマが偉業を成し遂げたから、私たち黒人を憎んでいるんだね。ブラックのみんな、賢く生きて行こう。マルコム・Xとベティ(マルコムの妻、ベティ・シャバズ)の教えを忘れちゃダメよ。こんな世界で、次世代の女の子たちを育てたくはないわ」と、高らかにライムするラプソディは、正真正銘のリリシスト。EP『Crown』本編もブラック・ミュージック愛とウィット、そして彼女の正義に溢れた素晴らしい作品なので、ぜひ聴いて頂きたいです。


 そして、フィメールMCといえば最近ポップ・スター並の活躍を見せるニッキー・ミナージュも黙ってはいません。ヒラリー・クリントンも選挙活動の一環としてチャレンジした『マネキン・チャレンジ』でもおなじみの、レイ・シュリマー「Black Beatles」のビートジャック(オリジナルと同じオケを使い、替え歌を作ること。お題は変えず、大喜利のような楽しみ方もできます)、その名も「Black Barbies」をサウンドクラウドで発表。


 リリースから1週間あまりで、再生回数は300万回を超えています。ニッキーはもともとトリニダード・トバゴ出身で、幼い時に家族と一緒にニューヨークのクイーンズに移住してきたというバックグラウンドを持ちます。「Island girl, Donald Trump want me go home」(島国の女の子、ドナルド・トランプは私に家に帰って欲しいみたいね)といった箇所や「Now I'm prayin' all my foreigns don't get deported」(外国から来た友達が強制送還されちゃわないように祈っているの)といったラインは、そんな出自を抱えたニッキーならでは。ちなみにニッキーの彼氏であるラッパー、ミーク・ミルは選挙結果が明らかになった瞬間、インスタグラムにいくつか写真をポストし、中でもトランプの顔とともに「アメリカはカネとエンタメに支配されている! これが事実だ」とコメントをアップしていたのも印象的でした。 


 そして、もう一人勇気ある女性アーティストの楽曲を。ウィル・スミスとジェイダ・ピンケット・スミスの娘、そしてジェイデン・スミスの妹であるウィロウ・スミスが選挙が行われた当日の作ったという「November 9th」。「Baby girl, I know you're tired」(ベイビーガール、疲れているのね)と優しいメロディに乗せて、まるでヒーラーのように歌うウィロウ、まだ16歳とは思えぬ包容力と意志の強さを感じさせます。「悲しみと怒りが全てじゃない、抑圧と痛みが全てじゃないわ」と歌い、彼女のサウンドクラウドのページには「みんなに平和と、そして明らかにされた事実を」と彼女からのメッセージが。そこには、若きリーダーとして希望の輪を繋いでいこうという姿勢が見えます。


 では、次は父親の立場から。「Thrift Shop」のヒットでも知られるマックルモアは「Wednesday Morning」と題された新曲を発表。


 選挙が行われた日には「僕は今、失望し、ショックを受け、震えている」という一文で始まる長いコメントとともに、インスタグラム上に娘の寝顔をアップしていました。そこには「僕は娘に愛は何かと教えたい。肌の色やジェンダー、宗教や性的指向や出自にかかわらず、全ての人々に対する愛を」と書かれており、本楽曲のリリックの中でも「娘がベッドで眠っている間に想像してみる、彼女が目を覚ました時、世界は全く同じままだろうか? 朝起きたら、全て夢の中の出来事だったと祈るよ。娘を腕に抱く、この子を育てるのはアイツじゃない」と語ります。そして、マックルモア&ライアン・ルイス名義での代表曲「Same Love」に代表されるように、兼ねてからLGBTQコミュニティーをサポートしてきたマックルモア。ここでも「俺たちはクィアの仲間の為にも戦ってきた、みんなが結婚できるように」とのラインも。「(トランプの任期である)次の4年間は、自分たちが直面している問題に対してもっと強く戦っていかねばならない」と力強く同胞に語りかけています。


 そして最後は、アメリカ大統領選挙直後の11月11日に18年ぶりのオリジナル・アルバム『We Got It from Here... Thank You 4 Your Service』を発表したア・トライブ・コールド・クエストの楽曲を。発売日から考えると、もちろんアルバムを収録したのは選挙結果が分かる前、ということになりますが、その中でも主張あふれる「We The People…」を紹介します。


 最初のラインをキックするのはQティップ。「We don't believe you 'cause we the people, Are still here in the rear, ayo, we don't need you」(俺たちはここの住民だからお前のことは信じねえ、今でもバスじゃ後部座席、お前なんて必要ない)というメッセージでスタートします。


 今回の選挙、共和党への票と民主党への票がキッパリと別れ、「アメリカの深刻な分断社会」とも報じられましたが、筆者はこの報道を見て、「Separate but equal」(分離すれど平等)という、かつて肌の色による人種差別がまかりとおっていた時代のアメリカで流布されていたフレーズを思い出してしまいました。ここでQティップが指す「バスの後部座席」とは、過去、バスに乗る際は白人が前の座席、黒人は後ろの座席、というふうに「分離」されていたことを指します。事実、トランプが当選してから、人種や宗教を差別視した犯罪も増えたと報じられており、人々が正義と平等を信じてこれまで積み重ねてきたものは何だったのか、とここ日本に住んでいても虚しさを感じるばかりです。


 「We The People…」のフックでは、Qティップがアフリカン・アメリカン、メキシカン、そして貧困にあえぐ人々、イスラム教信者、そして同性愛者らに行動を呼びかけます。また、テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』での同曲のパフォーマンスも話題になりました。その様子を見て、改めて音楽の持つメッセージ性の強さに平伏した次第です。


 他にも、先述したコモンが、グッチ・メインやBJ・ザ・シカゴキッド、そしてヒラリー・クリントンと選挙の際にエンドーズメントを組んでいたプッシャ・Tを招いて選挙後にシングル『Black America Again』を発表したり、非白人で構成される人気ブロードウェイ・ミュージカル『Hamilton』のミックステープ内では、その名も「Immigrants((移民たち)」という楽曲が発表され、話題を呼びました。


 もともと、ヒップホップの音楽とは自身のメッセージをライミングなどの言葉遊びに落とし込み、スキルや思想、情熱を見せつけるもの。今後、彼らのパワーが世界にどんな変化をもたらしてれるのか、いちファンとして見守りたく思います。(文=渡辺 志保)