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『エヴォリューション』L・アザリロヴィック監督が明かす、新作に11年もの歳月がかかった理由

2016年11月26日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

ルシール・アザリロヴィック監督

 『エコール』のルシール・アザリロヴィック監督最新作『エヴォリューション』が、本日11月26日に公開された。本作は、少年と女性しかいない人里離れた島に暮らす10歳の少年ニコラが、海辺で母親を含む女性たちが“ある行為”をするのを目撃したことから始まる悪夢を描いたダークファンタジーだ。前作『エコール』から今回の『エヴォリューション』を完成させるまで、なぜ11年もの歳月がかかってしまったのか。来日したアザリロヴィック監督にインタビューを行い、その理由を訊いた。


参考:塚本晋也監督、“20年来の大親友”L・アザリロヴィック監督と登壇 「妥協なき姿勢に励まされている」


■「今回の作品で最も意識をしたのはミニマリズム」


ーー今回の『エヴォリューション』は、あなたにとって2004年の『エコール』以来11年ぶりの長編監督作ですね。その間、ギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』の脚本や短編監督作『ネクター』も手がけられていますが、長編監督作の発表にここまで時間がかかったのはなぜでしょう?


ルシール・アザリロヴィック(以下、アザリロヴィック):11年もかかってしまった主な理由は、実は予算の問題なのです。『エヴォリューション』は芸術映画でも、リアリズムをとことん追求した作品でも、完璧な心理学的な内容でも、社会的なテーマを描いているわけでもありません。いろんなものをごちゃ混ぜにしたようなハッキリしない作品だと思います。なので、“映画”というジャンルの枠組みに入りきらないところがありました。フランスはなかなかそういう作品を受け入れてくれない国なので、予算を確保するにあたり、首を傾げる人が多かったのです。これは“言葉”の映画ではなく、“映像”の映画だということを映画会社に理解してもらうまでに、これだけの時間がかかってしまったのです。


ーー作品の構想自体は2004年の『エコール』の頃から既にあったそうですね。


アザリロヴィック:『エコール』を撮る以前から初稿のシナリオはある程度できあがっていましたが、その時点では病院などの主要シーンが出てくるのみで、ストーリーはほとんど完成していませんでした。フランスでは、まず完璧な形でシナリオが完成していないと予算を得ることができないのです。なので、『エコール』を撮り終えてからシナリオを練り、いくつかのバージョンを書き上げました。最終的な脚本を書き上げるまでには約2年かかりましたね。本当に実現することができるのか不安になったことも何度かありましたが、これは私自身がどうしてもやりたかった作品です。結果的にフランス、スペイン、ベルギーから資金を得て、制作することができたので本当によかったです。


ーーあなたの両親は医者だったそうですね。この作品のアイデアはあなた自身の子どもの頃の経験から生まれたものなのでしょうか?


アザリロヴィック:父も母も病院に勤めていましたが、だからと言って私がしょっちゅう病院に通うということはありませんでしたし、必ずしも自分の過去の経験が作品にそのまま投影されているというわけではありません。ただ、10歳ぐらいのときに、私は盲腸の手術を受けることになって初めて入院をしました。開腹されるのも初めてだったので、見知らぬ大人に身体の中をいじられるという体験がものすごく記憶に焼き付いたのです。特に何かトラブルが起こったわけでもなく、ただの盲腸の手術だったのですが、頭の中でいろいろなことを考えた記憶があります。私自身もこの作品のことをよく“自伝的”と言うのですが、それは、主人公のニコールのような恐い体験をしたというわけではなく、内面的な問題なのです。私がニコラと同じ年頃に感じていたある種の不安や感情が作品に反映されているのは、間違いありません。


ーー作品には、ホラーやSFの要素も感じました。


アザリロヴィック:ご指摘のとおり、この作品にはホラー映画的な要素を取り入れたつもりです。単純なホラーというわけではなく、美しいものと恐ろしいもの、不快なものと魅力的なものというように、2つのものを対比させるような形でのホラーを目指しました。また、少しレトロなSFを意識したところもあります。ただ、最初のシナリオにはもう少しSF的な要素があったのですが、予算の関係でシナリオを大幅にカットしなければならなくなったので、結果的にSF的な要素は薄くなってしまいましたね。


ーー音楽や美術、ロケーションなども含めて、細部にわたって一貫したテーマのもとに作り上げられているように感じたのですが、そのあたりもすべて監督の指示によるものなのでしょうか?


アザリロヴィック:そうですね。美術や音楽など含めて、全体的に私が一貫した指示を出していました。その中で私が最も意識をしたのはミニマリズムで、すべてを最小限にすることでした。もともと予算が限られていたこともあったので、どちらにせよたくさんのことはできなかったのですが、視覚的にも音響的にも派手な効果や特殊な効果は一切必要なく、とにかくシンプルにすることを心がけました。音楽に関しても、あまり効果的に使ってしまうと、閉鎖的な空間の演出をしたいのに音楽が風穴を開けてしまって、映画自体も開放的になってしまう。なので、オンド・マルトノという電子楽器を用い、要所要所で必要最低限でしか音楽は使いませんでした。唯一、ニコラが看護師と一緒に海の中を泳ぐシーンで、映画音楽としての音楽が流れます。あそこは開放的なシーンなので、あえてフルで音楽を使っているのです。


■「次のプロジェクトは早く実現させたい」


ーーあなたのパートナーであるギャスパー・ノエ監督は新作で3D技術を用いましたが、3D映画についてはどう考えていますか?


アザリロヴィック:私は大勢の観客に向けた映画というよりは、あくまで内面的な映画に興味があるので、そのような方向で3Dを使えるのであれば大いに興味があります。ギャスパーも実際そのような使い方をしていて、結果的に成功したと思います。『エヴォリューション』は、これまでフィルムで撮影を行なってきた私にとって初めてのデジタル作品だったので、どうなるか心配でしたが、なんとかうまくいきました。なので、3Dなどの新しい技術も、機会があればぜひ挑戦してみたいと思います。


ーー次の作品はすでに動き始めているんですか?


アザリロヴィック:具体的なお話はできないのですが、今回の作品に11年間という長い歳月がかかってしまったことは大きな教訓になり、私自身も反省しています。自分には、どうしても暗くて、あまりハッキリしないような想像の世界にどっぷりと浸かってしまうところがあるんです。そのせいでなかなか予算を得ることができず、今回はこんなにも時間がかかってしまいました。もう一度このような製作手順を踏むことができるかといったら、正直わかりません。なので、今温めているプロジェクトはできるだけ早く実現させたいと思っています。(宮川翔)