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妻夫木聡、なぜゲイ青年や猟奇殺人犯を演じた? 俳優としての“攻めの姿勢”を考察

2016年11月24日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『ミュージアム』(c)巴亮介/講談社 (c)2016映画「ミュージアム」製作委員会

 映画『ミュージアム』(16)のポスターやチラシのデザインが解禁となった時、不思議な表記に一瞬目を疑った。それは、小栗旬を主役とするキャストのクレジットの最後に「カエル男」と書かれていたからである。


参考:妻夫木聡と綾野剛、ゲイを正面から演じたことの意義 『怒り』が日本映画界に投げかけたもの


 連続猟奇殺人事件を描いた『ミュージアム』の犯人である「カエル男」。この映画は、「犯人はカエル男です」ということを前提としながら物語が進んでゆくので、事件の真犯人は誰なのか? ということはさほど重要ではない。むしろ、カエル男は次にどのような犯行を起こすのか? カエル男はどんな背景で犯行に及んでいるのか? はたまた、カエル男の目的な何なのか? ということが繰り返される事件の進展の中で徐々に明かされてゆく。この「カエル男」の名前が、キャストとして名を連ねていたのだ。つまりこれは、「カエル男」が真犯人であることを明かしながらも、「カエル男」を演じた俳優の正体を伏せる、という宣伝戦略。映画館に本編を観に行かなければ「カエル男」の正体が判らないと言うわけなのだ。


 ここで思い出されるのが、デヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』(95)。デヴィッド・フィンチャーにとっても、主演のブラッド・ピットにとっても日本でのブレイクのきっかけとなった作品だが、『ミュージアム』は『セブン』との類似点を指摘できる。例えば、犯人が猟奇的な殺人を繰り返す、その犯人がヒントとなるメッセージを残す、犯人の側から警察側へ接触を図るなどの犯人による大胆不敵な行動。さらに、犯人との格闘で物語中盤に怪我を負う主人公、警察の仕事に疑問を持つ主人公の妻、事件に巻き込まれてゆく主人公の家族などの人物設定。そして、降りしきる雨。「カエル男」は、自身の行う“私刑”=“殺人”が芸術であるとして、殺めた相手の死体のあり方にもこだわりを持っている。『セブン』では、『ロボコップ』(87)や『氷の微笑』(92)の肉体破壊描写で当時名声を得たロブ・ボッティンが特殊メイクを担当。その死体造形のオリジナリティは異彩を放っていたが、『ミュージアム』にも同様のこだわりがある。


 そして、忘れてはならないのが『セブン』における真犯人“ジョン・ドウ”を演じたケヴィン・スペイシー。同年に出演した『ユージュアル・サスペクツ』(95)でアカデミー助演男優賞に輝き、『アメリカン・ビューティ』(99)ではアカデミー主演男優賞を受賞したケヴィン・スペイシーだが、『セブン』公開時のアメリカ版ポスターには彼の名前がない。さらに、カイル・クーパーが手掛けたことで話題になった本編のオープニングタイトルにも、その名前は出てこない。つまり、ケヴィン・スペイシーが事件の真犯人であることは当時伏せられていたのである。このこともまた『セブン』に倣っているように思えた……そう、“思えた”のである。


 『ミュージアム』公開のおよそ1ヶ月前となる10月13日。突如「カエル男を演じているのは妻夫木聡」と公式に発表された。『セブン』でケヴィン・スペイシーが真犯人であったことと同様、「噂どおり大物俳優が演じていた」ということだったのだが、実は『セブン』出演時のケヴィン・スペイシーのキャリアは上昇気流に乗っていたとは言え、今ほどの知名度があった訳ではなかったのだ。そういう意味で、妻夫木聡のキャスティング、その正体を公開前に明かす、ということは驚きだったのである。裏を返せば、それだけ『ミュージアム』の完成度に自信があったのだとも言える。


 妻夫木聡がカエル男を演じる点においては、いろんな意味で挑戦的であると評価できる。そもそも、カエルのマスクで本人の顔が見えないので、演じているのが本人かどうかも判らない。さらに、カエル男はある事情によって顔に傷を負っているという設定なので、スキンヘッドとなった妻夫木聡の顔は、特殊メイクによって素顔がわからないほど変形している。カエル男のキャスティングは判明したが、そのことを知らずに本作を観た観客の中には、「どこに妻夫木聡が出ていたのか?」という感想を漏らす人がいたことに納得するほど、『ミュージアム』の妻夫木聡は攻めている。『悪人』(10)で文字通り“悪人”を演じていたし、『渇き。』(14)では不気味な悪徳刑事を演じていたが、ここまで徹底した悪役は、彼のキャリアにおいて初めてではないだろうか。それどころか、彼がカエル男を演じていると知っていても知らなくとも、その振り切れた演技には誰もが驚かされるに違いないのだ。


 当初、妻夫木聡のキャリアは、映画とテレビドラマにバランスよく出演していたという印象がある。例えば、『ウォーターボーイズ』(01)で人気を得た後、テレビでは『ロングラブレター~漂流教室~』(フジテレビ系)に出演。『ブラックジャックによろしく』(TBS系)に主演した2003年には、『ドラゴンヘッド』(03)や『ジョゼと虎と魚たち』(03)に出演。さらに『オレンジデイズ』(TBS系)に主演した2004年には、『きょうのできごと a day on a planet』(04)や『69 sixty nine』(04)に出演。2005年の『スローダンス』(フジテレビ系)までは、毎年のように連続ドラマへ出演(しかも主に主演だった)していたが、その頃から映画中心の出演にシフトしていった感がある。2009年には、NHKの大河ドラマ『天地人』に主演したことによって、お茶の間でも年齢を問わず幅広く知られるようになったのだが、そのことが<妻夫木聡>という個人名で、主役でも脇役でも勝負できる自由度を得たようにも感じられる。振り返れば、『ジャッジ!』、(14)、『小さいおうち』(14)、『ぼくたちの家族』(14)、『渇き。』、『STAND BY ME ドラえもん』、(14)、『舞妓はレディ』(14)、『バンクーバーの朝日』(14)と、彼のキャリアで過去最多である8本もの作品が2014年には公開されていた。主役もあれば脇役もあり、吹替えまでこなす多忙ぶりは、そのことを裏付けている。


 2016年に公開された妻夫木聡の出演作は、3月に公開された『家族はつらいよ』(14)、5月公開の『殿、利息でござる』(14)、9月公開の『怒り』(14)、そして11月公開の『ミュージアム』と4本ある。この本数を「多い」と捉えるか「それほどでもない」と捉えるかは別として、ゲイの青年を演じた『怒り』と猟奇殺人犯を演じた『ミュージアム』という2本に挑戦した妻夫木聡は、いま自身のイメージを変えようと模索しているようにも窺える。よくよく考えると、『ジョゼと虎と魚たち』の主人公や『春の雪』(05)の主人公など、誠実なだけではない複雑な内面を抱えた人物を演じることに、彼は長けていたではないか。後の世になって妻夫木聡のフィルモグラフィを眺めた時、「2016年がターニングポイントのひとつになっていた」と評価できると個人的に思う由縁。それは、どちらにしても正体・素顔の判らない『ミュージアム』のカエル男を演じることに挑戦した、彼の攻めの姿勢にある。(松崎健夫)