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『この世界の片隅に』ヒットを目指し、映画館はこう仕掛けたーー立川シネマシティ・遠山武志が解説

2016年11月23日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第10回は“シネマシティの企画の立て方”について。


参考:映画館は作品の魅力をどう“宣伝”する? 立川シネマシティによる『この世界の片隅に』戦略


 前回取り上げました『この世界の片隅に』の宣伝について書いたものは結構な反響をいただきまして、また、この作品自体も小規模公開作品ながら大きな話題を生んでおり、興行的にも成功しています。


 シネマシティでも公開初週末の土日には約2,000名ものお客様にご来場いただき、都心にある劇場と肩をならべられるほどの好成績となりました。また、公開前に行った試写会には、今作へのシネマシティの想いに応えて片渕監督がサプライズゲストとしてご来場くださり、上映前の挨拶だけでなく、上映後のお見送りまでしてくださる大サービスで、とても感動的な会になりました。


 というわけで今回も『この世界の片隅に』の成功を祝いつつ、さらなる躍進を応援するため、作品を紹介できるよう、前回の続編的に僕が実践している“企画の立て方”について、ビジネス本的に紹介させていただこうかと思います。


 この連載でもたびたび書いてきましたが、やはり人の心を捉えるのは“ストーリー”です。ですので、企画も“ストーリー”になっていなければなりません。とはいえ、いきなり“ストーリー”を組むのは慣れない方にはハードルが高いかと思います。音楽で言えば、いきなり曲を1曲作れ、というようなものです。ですが、例えば「リアルサウンド映画部」というワンフレーズにメロディをつけろ、というのはなんかできそうな気がします。というわけで、まずはストーリーは置いておき、愛されるキャラクターを作る、というやり方でやってみたいと思います。


 例として、「ドラゴンボール」の悟空と「ドラえもん」のドラえもんで考えてみましょう。映画の登場人物を例に出すべきでしょうが、マンガ、アニメはより極端でわかりやすいのと、広い世代に共有されている映画のキャラクターが思いつかなかったためです(笑)。レクター博士、青島刑事っていっても20代前半の方はもう知らないでしょう。


 結論から言います。愛されるキャラクターとは、少なくとも以下の3つを満たしている必要があります。


○長所が2つ以上ある。
○魅力的な欠点が1つ以上ある。
○出自に秘密がある。


 悟空で考えてみましょう。まず長所は“メチャクチャ強い”です。それでいて“仲間思い”“やさしい”ということでしょう。次に魅力的な欠点は“天真爛漫”“純朴”“おっちょこちょいなところがある”“小さな子どもである”ですね。


 ドラえもんなら長所は“なんでもできる秘密道具を用意できる”“面倒見がよい”“のび太にとって保護者であり親友である”です。魅力的な欠点は“ネズミが怖い”“ロボットであるのに感情的である”“どら焼きに目がない”あたりでしょうか。


 長所はひとつだけではダメです。それでは弱い。必ず2つ以上用意します。そして2つの長所は、近似していてはいけません。“天才的に頭がいい”と“特技は暗算”これではダメです。頭がいい、という長所のカテゴリーに暗算は入ってしまっているからです。またあまり良くないのは“頭が良くて、金持ち”。これは近似はしてませんが、面白くありません。つながりが薄いからです。長所は関連があるか、相反してるくらいのほうが良いのです。筋骨隆々でありながらスピードも早いとか、金持ちなのに庶民的、清純派AV女優、などが理想です。


 次に魅力的な欠点ですが、これは受取り手に、長所で憧れを生んでおいて、次に親しみやすさ、判官贔屓の心を生じさせるためのものです。できれば、せっかくの長所を台無しにしてしまうもの、がベストです。しかし本当にまったく台無しにしてしまうものは厳禁です。それでは愛されキャラにはなれません。


 悟空ならいかにも田舎の少年のような純朴さと小さな子どもである、ということが異常に高い戦闘力という魅力と相反していますが、意外性という力が働いて、むしろ魅力になっています。ドラえもんは、遙か未来から来たロボットという万能性を、怖いものがある、すぐ怒ったり涙もろかったりするという“人間臭さ”が打ち消しそうですが、ロボットが持つ無機的な側面を補完するので、魅力に転じています。


 ここで、シネマシティの『この世界の片隅に』の企画に当てはめてみましょう。まず“ウリ”、つまり長所は“原作が傑作である”ということ“クラウドファンディングで目標の倍額集めたこと”“あの傑作『マイマイ新子と千年の魔法』の監督の新作である”ということでしょう。“ヒロインの声をのんさんが演じる”というのも加えてもいいかも知れません。


 ただこれは作品自体が持つ長所なので、劇場の企画というからにはもう1つ必要です。これが“劇場の熱情”にあたります。原作良し、監督良し、ファンも多し、という作品への期待があり、それをさらに後押しする“劇場が強力に推している”というのが加わって2つです。さらに“優れた音響で上映する”というのを加えて、3つです。2つ目と3つ目は相関関係にあります。情熱の証明としての音響を調整して手を掛けて丁寧に上映するということです。


 次に魅力的な欠点です。これには「題材の一般受けの難しさ」を使いました。第二次世界大戦、広島、とくれば、面白おかしいエンタテイメント作品になるはずもありません。ですが、映画ファンはなにもお気楽な作品ばかりを望むわけではありません。誤解を覚悟であえてイヤな言い方をしますが、大衆性を軽く否定することで、知的好奇心が旺盛な層を惹きつけます。映画を熱心に観る方たちは、この層に多くの方が属しています。


 ここまでが上手く構成できれば、その企画は少なくとも失敗することはないかと思います。短期的はあり得るかも知れませんが、長期的には良い結果を生めるのではないでしょうか。ですが、より盤石にするためにはもう一つの要素、“出自の秘密”を持っていることがキャラクターに、つまりここでは企画に、訴求力と説得力をもたらします。


 ふたたび悟空とドラえもんに登場してもらいましょう。悟空の出自の秘密、それは“宇宙人である”ということです。悟空は尻尾が生えており、月を見ると大猿に変身します。後にサイヤ星という星からの使者であることがわかります。さらに、父親は下級戦士であるものの、伝説的な強さを誇り、悟空は人類を滅ぼすために派遣されたということが明らかになります。これでなぜこれほどに強いか、ということが裏付けされます。ドラえもんは、22世紀から来たネコ型ロボットであり、ロボット自体は量産型であるものの、ネズミに耳をかじられることで全身が青ざめ、耳がなく、青色であるという特別な(劇中では欠陥品と言われるものの)存在になります。それが量産型工業製品に特権性を発生させるのです。


 これは作劇法では“貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)”などと呼ばれる物語のタイプに当たる設定です。実はキン肉星の王子とか、父親が美食倶楽部の主宰とか、主人公の特別な才能を裏付けする設定ですね。


 企画にもまた、この設定があるとないとでは大きく変わります。僕がシネマシティでよく使う設定は、“オープン当時から音響にこだわってきた”ということか、または“都内初のシネコンである”こと、あるいは“前身は1951年からやっている映画館であること”“一流の音響家たちによって作られたサウンドシステムを有していること”などです。


 『この世界の片隅に』で使ったのは、【極爆】【極音】でよく知られたシネマ・ツーだけではなく、少し離れた建物のシネマ・ワンもまた、シネマ・ツーと同じMeyer Sound社のスピーカーを備える優れた音響設備を持っている、という秘密です。これが今回の企画のエッセンスである“美しい音で上映する”という思いが実際に可能であることの裏付けになっています。


 ただしこの“出自”は後付けで作るのはなかなか難しいものです。単純な方法は、作ろうとしている企画と同様のことを継続して実績を積み重ねていくことです。5年後、10年後、失敗したものも含めて、それが地盤になっていきます。


 もしご興味がある方は、これまでにシネマシティが行った、例えば「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の企画、「ガールズ&パンツァー劇場版」の企画がやはり同様の構造を持っていることを分析してみてください。本当はもうちょっとだけ複雑に考えて企画を作っていますが、大体この通りです。なぜならキャラクターを作る、ということはその中に物語を内包することになるからです。よく作家が「登場人物が勝手に動きだす」ということを言いますが、それはこういうことなのです。


 このメソッドは企画だけでなく、店舗や企業の魅力作りにも役立つかも知れません。もちろんメソッドだけで何もかも上手くいくはずはないんですけどね(笑)。僕も結局、毎回毎回頭を悩ましています。それでも、武道と同じ、基本は型なんです。


 もっと追求を。そしてもっとすごい熱狂を。You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)