トップへ

堺雅人が“組織で働く人々”の共感を呼ぶワケ 『真田丸』最終回で『半沢直樹』ブーム再来か?

2016年11月17日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

リアルサウンド映画部

 NHKの大河ドラマ『真田丸』は、12月18日放送の最終回(第50回)まで残すところあと5回。物語もいよいよ「大坂冬の陣」から「大坂夏の陣」へと、最終局面に入っていく。第41話からは、真田幸村(堺雅人)が幽閉されていた九度山から脱出し、淀君(竹内結子)と豊臣秀頼(中川大志)のいる大阪城に入って、集まってきた曲者ぞろいの浪人たちをまとめあげる様子が展開した。このラスト10話こそが、堺雅人演じる幸村が本当に主役になった段であり、第44回のラストでは幸村が出城を築き、家臣に「城の名前は?」と聞かれて、「決まっておろう、真田丸よ!」と堂々と宣言した瞬間、これまで冒頭に流されてきたタイトルバックが流れた。言わば、これまでは壮大な前フリ。今、展開しているクライマックスが、この三谷幸喜入魂の歴史劇の真髄なのである。


参考:『真田丸』主人公より父役・草刈正雄の存在感が際立つ理由 “成長物語”としての側面を探る


 歴史の教科書にも載っている史実ゆえに、ネタバレも何もなく、最後には大坂城が落ちて幸村が戦死することは分かりきっている。しかし、その敗因が攻めてくる徳川側との戦力差だけではなく、豊臣側が軍隊として機能していなかったから自滅したと描くのが、“教科書には載っていない”このドラマのポイント。秀頼の家臣たちは浪人を口では持ち上げておきながら、彼らを信用せず、幸村たちがさんざんぶつかり合いながら意見をまとめた先手必勝の奇襲策も却下して、既定路線の籠城に決めてしまう。「あの軍議はなんだったんだ」とボヤく後藤又兵衛(哀川翔)がおかしかった。筆者は広告の仕事もしているが、まるで広告業界でクライアント(殿様)が代理店をプレゼンで競わせておきながら、結局は去年と変わらない広告パターンにするという場合と同じ。下請けが「あのプレゼン、意味なかったじゃん!」と思ってしまうと、仕事に対するモチベーションはどんどん下がっていく。


 そんな中でも、「豊臣を見捨てるわけにはいかない。亡きお父上(秀吉)、太閤殿下にお誓い申し上げました」という義理からベストを尽くし、出城を築いて敵を撃退した幸村。その姿こそ、まさに堺雅人の真骨頂だ。堺にとって最大のヒット作『半沢直樹』(13年/TBS系)に通じる展開になってきた。幸村も半沢も、基本的には優秀で職務に忠実。自分のやるべきことにも情熱を持つ。しかし、幸村にとっての豊臣家、半沢にとっての銀行という所属組織は、彼の有能さを利用しながら、すべてを任せてはくれない。幸村には熟考の上に「これしかない」と定めた策があるのに、淀君やその側近は、たった一撃の大砲にあたふたして、その尽力を無にしてしまうのである。トップの無能と保身、ビジョンのなさ、信頼関係の崩壊。それらはすべて、「銀行は企業の味方であるべきだ」という信条を持ちながら、上層部に裏切られ続けた半沢と重なってくる。


 『半沢直樹』が視聴率30%を超える驚異的な数字を叩き出していた頃、堺は視聴者の熱狂にやや戸惑いながらこう分析していた。「やっぱり世の中で働いている皆さんが、大なり小なり半沢のように大変な思いをしているってことだと思うんです。そういう方がたくさんいて、共感してもらえている」。情感を豊かに映し出す瞳で相手をにらみ、「倍返しだ!」と叫ぶ堺の熱演は、組織で理不尽を強いられている人たちの共感を得て記録的なヒットにつながった。『真田丸』の最終回に向けても、それに近いムーブメントが起こりそうだ。


 『真田丸』の公式サイトで、堺は「幸村は基本的に公務員のイメージで演じている」と語っている。真田丸を堤防に例え、「ここを突破されたら本当に困る」という気持ちで守ることが、現代の公務員にも通じるそうだ。もともと学生時代は官僚を目指していたという堺。幸村役は、04年に三谷幸喜と初めて組んだ大河ドラマ『新選組!』(04年/NHK)の副長・山南敬助や、『官僚たちの夏』(09年/TBS系)で演じた通産官僚・庭野、そして半沢とつながっていて、堺に最もハマるキャラクターだと言えるだろう。


 堺の演じる役柄としては、『リーガル・ハイ』(12年/フジテレビ系)の奇人弁護士・古美門のように、キレやすくて自己中心的な男というもうひとつのキャラクターがある。『真田丸』も前半、幸村の青春時代を演じていたときは、シリアスな場面では半沢、コミカルな場面では古美門のように見え、新鮮味に欠けていた。そのどちらでもないグレーゾーンの演技が見たいと少し物足りなかった。しかし、若い頃は策に溺れたり軽率な行動を取ったりしがちだった幸村も、終盤、40代半ばになり、冷静沈着かつ人心をつかめる人間的魅力をもった武将に成長。後藤らに「おぬしはなんのために戦うのだ」と尋ねられて、「それが、私にも分からないのだ」と答えた幸村の複雑な表情には、これまでにない魅力があり、このドラマが「倍返し」のように単純なリベンジでは終わらないことを示している。堺自身が当時の幸村と同年代の43歳という偶然も面白い。最終回で幸村が見せるのは、無念の顔か“答え”を見つけた充足感か。そこではきっと堺雅人の新境地が見られるはずだ。(小田慶子)