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トランプ大統領選勝利に米エンタメ界はどう反応? 現地在住ライターがレポート

2016年11月16日 16:51  リアルサウンド

リアルサウンド

リアルサウンド映画部

 なんだか悪い冗談を見ているようだ。というのが、アメリカ沿岸部・リベラル層が多く住む地域の人間の心情だろう。11月8日に行われた米大統領選から1週間。何度寝ても、何度目を覚ましても悪い冗談は現実のものとなったまま、覆らない。筆者の周りでも、取り憑かれたようにSNSから流れる情報に一喜一憂する者、逆に外界からの情報をシャットアウトし、現実を見ないようにする者、デモに参加する者、それぞれのやり方でこの難解な局面を切り抜けようとしている姿が見られる。開票速報が始まってから、驚き、祈り、嘆き、苦しんだ1週間を経て、アメリカはどんな感情に包まれているのだろうか。そしてそんなとき、映画や音楽などのエンターテイメントは、絶望の淵に立たされた人々にどう寄り添ってきたのだろうか。


参考:宮台真司の『ニュースの真相』評:よく出来た映画だが、トランプ現象の背景を捉えきれない


 おそらく、この1週間SNS上で最もシェアされ読まれた記事は、マイケル・ムーアが7月にハフィントンポストに投稿した記事だろう。


 だが、7月の時点ではこの記事は読み飛ばされ、誰も本気で「トランプ大統領」と呼ぶ日が訪れるとは思っていなかった。ムーアは、米国大統領選を3週間前に控えた10月18日、新作『Michael Moore in TrumpLand』を電撃発表した。翌日の19日にニューヨークのIFCシアターで本人登壇の無料上映会を行い、ニューヨークとロサンゼルスにて1週間限定の劇場公開を行った。現在はiTunesで配信されている。内容は、10月初旬にオハイオ州ウィルミントンの劇場で行われたムーアのトークショーを撮影したもの。当初はウィルミントン市の劇場ではなく、同じくオハイオ州の別の劇場で公演を行うはずだったが、ムーアの過激な発言が物議を醸すことを恐れた劇場側がキャンセルし会場変更になったといういわくつきのイベントだ。


 1時間13分のコンパクトなドキュメンタリーは、トランプ候補の基盤であるオハイオ州にて、彼のマニフェストがいかに馬鹿げているものかを指摘し、ヒラリーに非があることも認めつつも、トランプ大統領が誕生することの危険性を説いている。会場を埋め尽くす聴衆のうち、2階のバルコニー席半分にはメキシコ系住民が座り、彼らの周りをボール紙でできた壁が囲う。もう半分にはイスラム教信者が座り、彼らの周りをドローンが舞う。同じ会場で同じ公演を聴く民衆を、非情な仕切りで区分けする恐怖政治を疑似体験させてみたのだ。もちろんムーアの語り口はいつものように軽快で、ウケようがウケまいがジョークを並べ立て、口角泡を飛ばして喋りまくる。だがその表情は硬く、選挙結果が出た今改めて見てみると、敗北の予感をぬぐいきれないでいるようにも見える。選挙直後、ムーアこうつぶやいた。


「どんな結末であろうと、我々はここから始めるのだ」


 大統領選を経て最初の週末に放送された「サタデー・ナイト・ライブ」は、ヒラリー・クリントンに扮したコメディエンヌ、ケイト・マッキノンが、大統領選前日の11月7日に亡くなったレナード・コーエンの「ハレルヤ」を歌うオープニングで始まった。静かにピアノを弾き語るマッキノンは、後半の歌詞を変えて歌った。


I did my best, it wasn't much
I couldn't feel, so I tried to touch
I told the truth, I didn't come to fool you
And even though it all went wrong
I'll stand before the lord of song
With nothing on my tongue but


Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah


ベストを尽くしたけれど、十分じゃなかった
わからないものは、手に取ってみようとした
正直に話したけれど、欺くことはできなかった
そして、全て失敗に終わった
歌の神様の前で立ち尽くす
何もいうことはできないけれど
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ


 「サタデー・ナイト・ライブ」はシーズンを通じてヒラリー・クリントン(ケイト・マッキノン)、バーニー・サンダース(ラリー・デイヴィッド)、ドナルド・トランプ(アレック・ボールドウィン)の3人を使ったスキットを繰り広げてきた。昨年11月にはドナルド・トランプがホストを務める回を放送し、バーニー・サンダース(を演じるラリー・デイヴィッド)が「レイシスト!」と本人に向かって叫ぶシーンもあった。「サタデー・ナイト・ライブ」にとって政治は常に最上級の笑いのネタで、番組は激動のアメリカをサヴァイブするために、人々を鼓舞してきた。だが、それも十分ではなかった。全て、失敗に終わってしまったーー。「ハレルヤ」の替え歌は「サタデー・ナイト・ライブ」の構成作家やディレクターたちの反省でもある。そして、歌い終わったヒラリーは、カメラに向かってこう言った。


「I'm not giving up, and neither should you(私は諦めない。あなたたちも)」


 この一言で、11月8日深夜の大統領決定の報からずっと晴れない霧の中を歩いているようなリベラル層(多くは、18歳から40歳までの高学歴を持つ層)は涙を流し、目を覚ました。この国の文化は、そしてエンターテイメントは、難解な局面を糧に活気を呈してきたのだ。きっと、これからも。(小川詩子)