インテルラゴスのパドックに到着した木曜日、エリック・ブーリエ(レーシングディレクター)に出会ってあいさつを交わしたとき、「今週末、ロンは来ているのか?」と尋ねたら、穏やかだった表情が一変して、「どうして、そんなことを聞く?」と言い返されてしまった。
そこで「最近、見ていないから、元気かなと思って……」と言って、その場を取り繕いで、なんとか急場をしのいだ。それほど、ブラジルGPの週末のマクラーレンはこの話題に神経をとがらせていた。
ロン・デニスがマクラーレン・テクノロジー・グループの取締役会で、会長とCEOの座を失う決議が下されたのは、公然の秘密である。その後、失脚を免れようと画策したため、75%の株式を持つ共同オーナーのマンスール・オジェ(25%)とバーレーン王室の投資ファンド、マムタラカト社(50%)が緊急取締役会を招集して、デニスの即時停職を決議したと報じられたため、ブラジルGPの週末は、マクラーレンは別な意味でメディアの注目を集めていた。
しかし、ブラジルGPにはロン・デニスはもちろん、かつてF1チームのCEOを務め、現在はグループのCOOを務めているジョナサン・ニールも、そのニールに代わって9月からF1チームの新しいCEOに着任したヨースト・カピートの姿もなかった。レーシングディレクターのブーリエは、いわば現場監督。しかも、グループの一部であるF1チームの人間で、グループのことに関してコメントする立場にない。
そのため、土曜日にマクラーレンで開かれた定例会見の「ミート・ザ・チーム」では、会見の冒頭に「われわれはF1のスタッフなので、グループに関する質問はここでは受け付けない。ロン・デニスは現在もグループの会長であり、CEOだ。以上!!」と語って、加熱するメディアに釘を刺した。
しかし、この状況こそが現在のマクラーレンの状態を如実に物語っているように思える。チームの顔といえるオーナーや代表が不在なのである。
ブラジルGPの週末、マクラーレン以外の話題で注目を集めたのは、メキシコGPのレース審議委員会の裁定をめぐる問題と、トト・ウォルフ(エグゼクティブディレクター/ビジネス)がマックス・フェルスタッペンの父親のヨスに「タイトル争いの邪魔をしないように」という趣旨の電話をプライベートでかけていたことだった。
2つの話題に関わっていたフェラーリ、メルセデスAMG、レッドブルの3チームはそれぞれマウリツィオ・アリバベーネ、ウォルフ、クリスチャン・ホーナーというチーム代表がサーキットに来て、メディアの受け答えをしていた。当然ながら、彼らはメディアへの対応だけでなく、日々刻々と変化するF1の政治的な動きを敏感にとらえ、F1界のリーダーシップ争いも展開している。
金曜日のフリー走行では、ウォルフがセッションの途中でサーキットに到着したところをテレビカメラにとらえられていたが、彼は単に重役出勤をしていたのではなく、ドイツで開かれていたアウディ、BMWとの緊急会議に出席した後、1日遅れでサンパウロに到着。空港からサーキットに直行したため、ホテルでチームウェアに着替える時間がなく、私服での到着となったのである。
ミート・ザ・チームで、ウォルフの仕事ぶりを尋ねられたフェルナンド・アロンソはこう答えた。
「僕はその話が本当かどうか知らないからコメントするのは難しいけど、トトは自分の仕事をしていると思う。チーム内で激しいタイトル争いを繰り広げられる環境を作り、その2人のドライバーに2秒以内でタイヤを交換するメカニックたちがいるチームに作っている。どんな手段であれ、チャンピオンシップを勝とうとするチーム代表がいるということだ」
それを隣で聞いていたブーリエはどのような気持ちだったのだろうか。アロンソの声を聞くべきチーム代表が不在のマクラーレン。ウォルフの問題よりも、そのほうが深刻だとアロンソは言いたかったのだと思う。