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トム・クルーズは移ろいの時を迎えている 新作『ジャック・リーチャー』に見る人生の重み

2016年11月12日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(c)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

 誰もが彼のことを完璧主義者だと口にする。いまや多くの主演作でプロデューサーも兼任するトム・クルーズは、19歳でスクリーン・デビューした頃から脚本の細部にまでこだわり抜き、徹底したリサーチであらゆる役に生命を吹き込んできた。彼は映画製作のどの段階においても妥協を許さず、徹底した準備と集中力で自他共に“完璧”を求める。そうやって現場の士気を高め、何百人ものスタッフ、キャストに全力で映画に身を捧げさせることで、トム主演作はいつも基準をはるかに超えた品質を維持してきた。最新作の『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』も安心して楽しめる娯楽作の一つと言っていい。


参考:トム・クルーズ、『ジャック・リーチャー』ハロウィン・パレードの撮影秘話語る


 前作『アウトロー』で描かれた“ジャック・リーチャー”というキャラの鮮烈なイントロダクションからすると、今作『NEVER GO BACK』でみせるインパクトにはいささか鋭さが足りない。だが、こうして前作と同じ物差しで測るのはフェアではないだろう。むしろ本作は、シャープな前作に横幅をもたらしていくという、ある意味「二作目らしい」役目を担った作品。コビー・スマルダーズとダニカ・ヤロシュという二人の女優との共闘によってリーチャーのまた新たな側面、表情、人間性の広がりを描いてみせるところに本作の目論見がある。その意味でも本作は『ミッション:インポッシブル』のイーサン・ハントと並んで、トムがこの先、ライフワークとして“リーチャー”を描き続けていく上で必要な布石と言えるのではないか。


 そしてこれまで同じ監督を起用したがらなかったはずのトムが、クリストファー・マッカリーに続いて『ラスト・サムライ』の盟友エドワード・ズウィックを再起用しているところにも、何かしらの心境の変化が見て取れる。50歳を超えて、明らかにトムの映画作りは移ろいの時を迎えている。


■軍人としての表情を浮き彫りにするストーリー


 ジャック・リーチャーは、97年に英国出身の作家リー・チャイルドが生み出すや、その鮮烈かつアウトローなキャラが瞬く間に読者の心を鷲掴みにした。元軍人として戦場で数々の功績を上げ、さらに陸軍の監査部では屈強な兵士たちを相手に数々の難事件を解明してきた経歴を持つ彼。素手で相手を瞬殺できるほどのスキルと突破力、そして名捜査官としての明晰さを兼ね備え、さらに軍人としての閉鎖的社会に嫌気がさして今では何よりも自由を尊び、歯ブラシと年金手帳だけを手に放浪生活を送っているヒーローなのである。


 こと『NEVER GO BACK』では彼をホーム・グラウンドに引き戻し、リーチャーの軍人としての顔を浮き彫りにするストーリーが特徴的だ。そこで面会予定だった女性士官がスパイ容疑で逮捕されたことを知り、真相究明のために手段を選ばぬ追跡劇がスタートする。全編には殴る蹴るといった泥臭いアクションがみなぎるが、中盤のトムとヒロインが「もう逃げない。逆に追い詰めてやる」と宣言してからは、そのままベクトルが急旋回して逆襲劇へと転じていく。そこが実に胸のすくところだ。


 この“軍人”というキーワードを耳にすると、トム・クルーズがこれまで演じてきた数多くの役柄が思い出される。彼の代表作には軍人役が本当に多い。ほぼデビュー作ともいうべき『タップス』でも一兵卒を演じていたし、『トップ・ガン』、『7月4日に生まれて』、『ア・フュー・グッドメン』も印象深い。『ラスト・サムライ』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で演じるのもまた軍人だ。


 一方、ジャック・リーチャーは元軍人だ。本作を見ながら、過去にトムが軍人を演じた名作群がまるでサイド・ストーリーのように蘇ってくるのを禁じえない人もきっと多いはずことだろう。役作りにおいてリサーチや準備を徹底するトムは、もしかすると過去に演じた役柄を“経験値”として踏まえ、その上部に元軍人としてのリアリティを築き上げていった可能性もある(そのように考えた時、過去のどんな役柄とも整合性が高いようにも思えるから不思議なものだ)。そんな想像が膨らんでやまないのも、30年以上にわたってこの業界の最前線を走り続けるトム・クルーズという人間が築き上げてきたキャリアの大きさゆえだ。


 そしてもう一つ、今作ではヒロイン役のコビー・スマルダーズとともに、一人の年頃の少女が登場する。この先、ダニカ・ヤロシュの演じるこのキャラに関してもやんわりと触れるので、映画を未見の方は読まないでほしい。


■トムの育った家庭環境から見えてくるもの


 本作の中で3者はそれぞれに確固たる個性を発揮し、行動を共にする中でまるで擬似家族のような関係性を表出させる瞬間がある。そしてこの“家族”という言葉を持ち出すとき、筆者の頭の中に真っ先に浮かんだのが、トム自身の育った家庭環境をめぐるエピソードだった。


 一家は父親の仕事の関係で幼い頃から一箇所に定住することなく、引越しに次ぐ引越しを強いられてきたという。新たな場所に行き着くたびに人間関係をゼロから築き直さなければならなかったトム少年。そして彼が12歳の時、決定的な転機が訪れ、両親は離婚してしまう。


 父に去られた悲しみ、その後に困窮を極めた家庭生活はトムの人間性に大きな影響を及ぼすものであったとよく指摘される。名物番組「アクターズ・スタジオ・インタビュー」で明かされたエピソードによると、クリスマスのプレゼントが買えず、家族で詩を贈りあったとか。それから10年後、トムとその家族は実父が癌に侵され余命いくばくもないと知らされ、「過去のことは何も尋ねない」という条件つきで病室にて再会を果たしたという。


 また、書籍『誰も書かなかったトム・クルーズ』(ウェンズリー・クラークソン著、矢崎由紀子訳/集英社刊)によると、興味深いことにこの空白の10年間、父親は場所を転々としてアメリカ西部一帯で放浪生活を送っていたそうだ(リーチャーのように悪を挫いていたわけではなかろうが)。


 享年49歳というから、トムはちょうど『アウトロー』の製作時期に父の年齢を超えた計算となる。そして今や54歳となったトム・クルーズが『NEVER GO BACK』の中でも変わらず歯ブラシに年金手帳のみを身につけ、映画の中でさすらいの放浪生活を送り、いま少女と相対する姿に、何やら彼の人生から染み出してくる深いものを感じるのは私だけだろうか。


 本作はあくまで純然たるエンタテインメントである。ここに書いている事柄はあくまで憶測の域を出ないし、うがった見方だと言われるかもしれないが、筆者にはラストシーンに立つ二人が、まるで失った歳月を取り戻そうとするトム少年と父親のように思えてならなかった。もしもリーチャー役を演じるトムの中に、父を追想する想い、あるいは子を想う親の気持ちといったものが相まって100万分の1でも抽出されているのだとしたら、本作は「人間トム・クルーズ」を紐解く上でも重要な意味を持った作品となるはずだ。(牛津厚信)