2016年11月09日 10:32 弁護士ドットコム
強盗殺人事件の裁判員裁判で、殺人現場の写真を見たことなどで「急性ストレス障害」になったとして、元裁判員の女性が国に損害賠償を求めていた訴訟で、最高裁第3小法廷(木内道祥裁判長)は10月25日、女性の上告を退ける決定を下した。これにより、女性が敗訴した1審、2審判決が確定した。
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女性は2013年、福島県で夫婦2人が殺害された強盗殺人事件の裁判員をつとめた。公判で、殺害現場の写真を見たり、被害者が助けを求める電話の音声を聞くなど、衝撃的な証拠に接することで体調を崩し、急性ストレス障害と診断された。しかし、1審、2審ともに、女性側の請求を棄却していた。
裁判員制度がはじまってから、今年で7年が経ったが、今回のケースに見られるように、裁判員の「心の問題」は置き去りにされていた面がある。現行の裁判員制度の問題点について、金井英人弁護士に聞いた。
「裁判員制度が導入されて以来、こうした『心理的負担』を生じるような証拠に裁判員が接することは、制度の運用上やむをえない事態として扱われていました。
裁判員が『心理的負担』を回避するには、裁判員を辞退するしかありませんが、辞退するための条件は、限定的なものになっています。
また、心のケアのためのメンタルヘルスサポートも用意されてはいますが、一度受けてしまった精神的ダメージを回復することは容易ではありません」
裁判員が「心理的負担」を負わないような対応はとられていないのだろうか。
「最近では、衝撃的な写真について、写真そのものではなく、写真の内容をイメージしたイラストで代用するケースや、そのような写真が証拠として存在することを事前予告するケースなどもでてきました。しかし、そうした配慮も、個々の裁判所の判断にゆだねられているのが現状です。
一方で、被告人にも、適正な手続のもとで裁判を受ける権利が保障されています。裁判員が証拠そのものに接しないのは、被告人の権利との関係で、証拠調べが適正におこなわれたといえるかという疑問が生じます」
今年5月には、裁判期間中に、裁判員が暴力団関係者から「声かけ」されたという事件もあった。
「裁判員に対する『声かけ』などの行為は、法律上処罰の対象にはなっていますが、反社会的組織に所属する人物から接触された恐怖や不安は、裁判終了後も裁判員の心理的負担になります。
裁判員の心理的負担に対する配慮は、制度を継続するうえでの重要課題です。
被告人の権利保障を重視しつつ、ガイダンスなどを通じて、裁判員に生じうる心理的負担を予測しやすくし、さらに、裁判員がそうしたリスクを回避できる手段を十分に確保する必要があります」
まだまだ裁判員制度は改善の余地がありそうだ。
「とくに、裁判員の『心の負担』という視点において、現在の裁判員制度は、いまだ試行錯誤の段階にあるといえます。
裁判員制度が、国民の理解しやすい裁判の実現を目的とする以上、当事者にかされる負担についても、広く理解の得られる制度運用を早期に実現するとともに、裁判員制度自体への社会の認識を一層深めていく必要があります」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
金井 英人(かない・ひでひと)弁護士
愛知県弁護士会所属。労働事件、家事事件、刑事事件など幅広く事件を扱う。現在はブラックバイト対策弁護団あいちに所属し、ワークルール教育や若者を中心とした労働・貧困問題に取り組んでいる。
事務所名:弁護士法人名古屋法律事務所
事務所URL:http://www.nagoyalaw.com/