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秦 基博の楽曲はなぜ映画人を惹きつける? コラボに裏打ちされた作品性を分析

2016年11月08日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

秦 基博

 シンガーソングライター秦 基博が満10周年のデビュー記念日、11月8日に配信限定ミニアルバム『秦 基博と映画主題歌』をリリースする。収録曲は、


「終わりのない空」(2016年/映画『聖の青春』主題歌)


「ひまわりの約束」(2014年/映画『STAND BY ME ドラえもん』主題歌)


「Q & A」(2015年/映画『天空の蜂』主題歌)


「水彩の月」(2015年/映画『あん』主題歌)


「虹が消えた日」(2008年/映画『築地魚河岸三代目』主題歌)


「Rain」(2013年/劇場アニメ—ション『言の葉の庭』エンディングテーマ/大江千里が1998年に発表した楽曲のカバー)


の6曲。タイトル通り、秦 基博が携わってきた映画主題歌、エンディングテーマをコンパイルした作品である。映画のストーリー、メッセージ性、世界観とシンガーソングライターとしての個性を重ねながら、数々の名曲を送り出してきた秦。デビュー10年でこれほど多くのーーそして、映画ファン、音楽ファンの記憶に強く残るーー映画主題歌を発表したアーティストは他にいないのではないだろうか。


 秦 基博と映画主題歌の相性の良さ。そのひとつめの理由は、情景、手触り、匂いなどを生々しく呼び起こす彼のメロディライン、サウンドメイクにある。最新アルバム『青の光景』では、青という色が持つ様々な表情(爽やかさ、奥深さ、悲哀など)をセルフプロデュースで描き出していたが、デビュー当初から秦は、ひとつの楽曲に多彩なイメージを含ませながら表現することを得意としてきた。そんな彼のソングライティングセンスが、物語と映像を軸にした表現を追求する映画人に注目されたのは、きわめて自然な流れだったと思う。映画主題歌を書き下ろす場合、ストーリー、ビジュアルを1曲に集約することを求められるわけだが、その相互作用がもっとも強く表れたのはやはり、『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌「ひまわりの約束」だろう。八木竜一監督は秦を起用した理由について、こんなコメントを残している。


「『STAND BY ME ドラえもん』は、のび太と静香ちゃんの恋の行方がお話の軸になっています。僕らは、目のウルウル感や、髪のサラサラ感、肌の温度など触れる事が出来そうな質感や温もりが、この物語が「きゅん」とするためにとても大事だと考えています。秦さんは、音楽で質感や温もりを表現できる稀有な人です。彼の繊細でせつない声は、みなさんに「きゅん」をお届けするために必要不可欠だと思い、お願いしました」


 肌の温度、質感、“きゅん”とする感情といった抽象的な要素を楽曲として表現した「ひまわりの約束」。この曲が大ヒットを記録し、秦 基博の代表曲として認知されたのは、映画『STAND BY ME ドラえもん』との出会いによって、彼自身の才能がさらに強く引き出された結果なのだと思う。


 秦の声に備わった魅力に惹かれる映画人も多い。秦が主題歌「終わりのない空」を書き下ろした映画『聖の青春』(11月19日公開)の森義隆監督もそのひとり。森監督は「終わりのない空」に対して「秦さんは今回、その美しくやさしい歌声で、誰もが限りある人生を生きていることの刹那、その現実の前でのわれわらの無力さ、そして、それでも生きることのなかにある希望を歌い上げてくれました」と語っている。29歳の短い人生を将棋にかけた村山聖の壮絶な人生を描いたストーリー、そして〈痛いほど 僕ら 瞬間を生きてる〉というフレーズが鋭利で切実なボーカルとともに突き刺さる「終わりのない空」が生み出す相乗効果が、映画『聖の青春』の大きな魅力につながっているのは間違いないだろう。


 また、映画『君の名は。』の歴史的ヒットによって大きな注目を集めている新海誠監督も、秦の声の表現力を高く評価している。秦は新海監督の劇場アニメーション『言の葉の庭』のエンディングテーマ「Rain」を歌唱、イメージソング「言ノ葉」も手がけているのだが、その歌声について「心のずっと奧に魂と言えるような場所があって、そこにそっと触れられる。秦 基博の歌にはそういう感覚がある。細くまっすぐどこまでも減衰せずに伸びていき、それが必要とされている場所まで届く、そういう声だと思う。そしてそれは僕が自分の映画に備わって欲しいと願いつづけている力でもある」と最大級の賛辞を送っているのだ。さらに本作『秦 基博と映画主題歌』のリリースに際しても、彼はこんなコメントを寄せている。


「映画制作はロジックである。物語も映像も、観客の心を動かすために僕たちは徹底して理屈立てて構築していく。でも、ロジックなんかを飛び越える瞬間も映画には必要で、観客はそこにこそ感動したりする。そのための巨大な力が、秦 基博の映画主題歌だと思う。『言の葉の庭』の主題歌『Rain』は、「言葉にできず」という「言葉」から始まる。秦さんの声はいつだって、言葉にできない言葉ーー理屈を超えた感情たちを、彼にしかできないやり方で僕たちに運んでくれるのだ。」


 理詰めで組み立てることを求められる映画という表現、そして、ときに理論を超えた感情を与えてくれる歌という表現。そのふたつが生み出す有機的なケミストリーこそが、秦 基博の“映画主題歌”の魅力であるというわけだ。(ちなみに秦は「言の葉の庭」でヒロインのユキノ役を演じた花澤香菜のシングル曲「ざらざら」の作曲を担当。コラボレーションの連鎖が続いているのも興味深い)。


 現在、10周年を記念したアリーナツアー『HATA MOTOHIRO 10th Anniversary ARENA TOUR“All The Pieces”』を開催中。来年5月には自身初の横浜スタジアムでのワンマンライブも決定するなど、アニバーサリーイヤーをきっかけにして活動のスケールをさらに上げている秦 基博。映画の楽曲を集めた『秦 基博と映画主題歌』で、映像作品との相性の良さ、必然性のあるコラボレーションに裏打ちされた楽曲の質の高さを改めて実感してほしい。(文=森朋之)