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現実を受け入れて前に進むーー丸本莉子の意欲作「誰にもわからない」MVを紐解く

2016年11月04日 19:01  リアルサウンド

リアルサウンド

丸本莉子

 丸本莉子の「誰にもわからない」のMVを観て筆者はとても驚いた。丸本といえば、“癒しの歌声”をテーマに配信シングル「ココロ予報」でメジャーデビューし、「フシギな夢」「ガーベラの空」などポップな楽曲のイメージが強いシンガーソングライターだ。それに対し、「誰にもわからない」はピアノの旋律と丸本の歌い出しからゆっくりと始まり、エレキギター、ドラム、ベースサウンドが徐々に熱を帯びていくバンドサウンドの楽曲。MVも2人のダンサーと丸本のリップシンクで構成されており、これまでの丸本のイメージとは一線を画す内容に驚きを隠せずにはいられなかった。


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 リアルサウンドでは、丸本が現在1年をかけて行っているストリートライブプロジェクト『ライブワーク2016~1万人との癒し旅』に密着しており、ライブを取材していく中で少しばかりではあるが「誰にもわからない」について本人から話を聞いていた。楽曲のテーマにあるのは「仕事仲間であったカメラマンの死」。楽曲は<それは何でもないような一日 あの子が消えたこと以外は>という歌詞から始まる。


 楽曲の世界観を色濃く描写した今回のMVを撮影しているのは、映像作家の白石タカヒロ氏。映画『GOEMON』『20世紀少年』に参加し、平井 堅など多数のMVやCMを手がける新鋭のクリエイターだ。白石氏は「誰にもわからない」の印象について、「生々しい歌詞が僕自身の過去の体験ともリンクしていて、『ほっとけない曲』」と語っている。撮影において白石氏はその楽曲の可能性を広げるべく、丸本と直接意見を交わしながらより良い作品を目指した。丸本のリップシンクでは「もっと生々しく、強く訴えてほしい」という白石氏のリクエストに、今までのMV撮影とは違いより緊迫した空気が流れ、丸本の力強い表情が生まれたのだという。


 また、MV内で印象的なのは2人のダンサーだ。暗い地下室の中から雑踏へと移動し舞踏するAOI、海の見える岬で幻想的なダンスを披露しているのが工藤響子。白石氏は工藤の所属する団体・TABATHAと1年前に出会い、その頃から彼女たちの躍動的なダンスをMVに取り入れたいと思っており、丸本の「誰にもわからない」で実現に至った。「今回の楽曲なら形になると思いました」、そう話す白石氏はAOIによる渋谷でのダンスを「志を持った若者が踊る事に意味があると感じ、混沌を表現しています」と述べ、自然の中でのパフォーマンスを「あの世」と表現していた。撮影日は台風と重なったものの、朝日が奇跡的に差したという。映像は終わりに向かうに従って眩しい朝日のもと、ドローンによる空撮にて工藤の舞いが美しくダイナミックに映える。まるで来世で楽しく舞っているかのように。


 MVのフルバージョンは近日公開予定だが大サビ終わり、バンドサウンドは嵐が過ぎ去ったかの如くフェードアウトし、出だしのピアノを主体としたAメロに戻る。<それは何でもないような一日 いくつもの街が動き出した>という歌詞部分では、フェンス越しに動き出す電車が描写される。出だしのAメロから輪廻しているかのようなこの歌詞は、とてもポジティブだ。当たり前に存在していた大切な人を亡くしたことへの認識と、それでも当然のように動き出す世の中に置いて行かれまいと必死にしがみ付く強い意志を感じる。白石氏が「誰にもわからない」について“ほっとけない曲”とコメントしていたように、家族の死、恋人の死、知人の死……生きていく上で人の死というものは避けられないものであり、「誰にもわからない」で歌われていることは死だけではないのかもしれない。丸本自身はTwitterで「26年間生きている中で、どうにもならない事が増えてきて、その時に生まれた言葉にできない感情を歌に込めました。悲しみや怒り、そして希望」と語っている。どうにもならないことを受け入れて前に進むーーそれが二人のダンサーによるパフォーマンスとシチュエーションで力強く陰と陽として描かれている。このMVは丸本の真摯な思いを映像化した決意の作品だ。


(渡辺彰浩)