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「外国人実習生」が置かれた過酷な無法地帯…移民政策にもつながる「根の深さ」

2016年10月30日 08:52  弁護士ドットコム

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外国人技能実習生として、岐阜県の鋳造会社で働いていたフィリピン人男性、ジョーイ・トクナンさん(当時27歳)が亡くなったことについて、岐阜労働基準監督署は8月、長時間労働による「過労死」として認定した。


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報道によると、ジョーイさんは技能実習生として、2011年8月に来日し、岐阜県の鋳造会社で働いていた。ところが、2014年4月、心疾患のために従業員寮で亡くなった。亡くなる前の3カ月間、1カ月に96時間~115時間の時間外労働をしていたという。


外国人技能実習制度は、日本の技術を学んでもらうことを目的に外国人を受け入れる制度だが、その労働環境は「劣悪だ」という批判も多い。技能実習生の労働実態や移民受入れのあり方について、入管法など外国人の法律問題にくわしい山脇康嗣弁護士に聞いた。


●「安価な労働力確保」のための手段になっている

そもそも「外国人技能実習制度」の建前は、途上国に技術を伝え、その国の人材育成を支援するという国際貢献です。


しかし、実態として、多くの場合、「安価な労働力確保」のための手段となっています。実習現場では、法令違反が横行しており、海外から「人身売買」「現代の奴隷制度」などと批判されることもあります。今年6月時点で、実習生は約21万人います。


なお、誤解がないように述べておきますが、体力に余裕のある実習機関(企業など)が、充実した技能実習計画を作り、親身に実習生を教育し、国際貢献に寄与している例もあります。


ただ、全体をみると、厚生労働省が昨年、5173の実習機関に監督指導を実施したところ、過去最多の3695の機関で労働基準関係の法令違反がありました。


具体的には、違法な時間外労働、安全措置が講じられていない機械の使用、賃金の不払いなどです。また、法務省入国管理局は昨年、273機関に「不正行為」を通知しました。


「不正行為」とは、技能実習の適正な実施を妨げる行為です。具体的には、暴行・脅迫・監禁、旅券の取上げ、人権を著しく侵害する行為、偽変造文書の行使・提供、二重契約、技能実習計画との齟齬(そご)、名義貸し、不法就労者の雇用などです。


●虚偽書類の提出が横行、入国管理局による審査も杜撰

なぜ、技能実習制度がそのような法令違反の温床となるかというと、以下のような構造的な原因があるからです。


まず、「入り口」の審査の段階で、入管法が有名無実化しています。入管法は、実習生の入国を認めるための要件を次のように定めています。


「(1)実習生が修得しようとする技能が同一作業の反復のみによって修得できるものではないこと(つまり単純反復作業でないこと)


(2)日本で修得した技能を要する業務に帰国後に従事する予定であること


(3)本国で修得することが不可能または困難である技能であること


(4)日本人が従事する場合と同等額以上の報酬が与えられること」


しかし、いずれの要件についても、虚偽の書類の提出が横行し、入国管理局による審査も杜撰です。その結果、同一作業の反復のみによって修得できて、しかも本国でも修得できるような「技能」にかかる単純作業を劣悪な環境下で、最低賃金並(あるいはそれ以下)で行わされるということが発生します。


日本で修得したとされる技能を要する業務に、本国帰国後に従事しているかどうかについては、ほとんどまともに調査すら行われていないという現状です。


現在の技能実習制度は、1年目の「技能実習1号」と2~3年目の「技能実習2号」とがあります。報道などで問題が顕在化するのは、職種制限がある「技能実習2号」が多い印象です。これは、「技能実習2号」に対しては、曲がりなりにも立入り調査などが行われているからです。実際には「技能実習1号」のほうが、もっと闇が深いという側面もあります。


職種制限がない「技能実習1号」については、数年前まで、実効的な立入り調査などがほとんど行われておらず、虚偽の技能実習計画を確信犯的に仕組む悪質な反社会的勢力なども関与し、一部では「無法地帯」とすら評しうる事態となっていました。


●実習生には「移籍の自由」が認められていない

次に、実習生が日本に入国したあと、劣悪な環境下におかれざるをえない最大の理由は、実習機関の「移籍(職場移転)の自由」が基本的に認められていないことです。


実習生に「移籍の自由」が認められていれば、劣悪な環境下で労働を強いる実習機関からは誰もいなくなり、悪質な実習機関は淘汰されるはずです。


しかし、現行法では、決められた技能実習計画を計画的に遂行するためという理由で、「移籍の自由」が認められていません。そのため、労使対等が根本的に実現せず、弱い立場におかれざるをえない実習生が劣悪な労働環境から逃れられないのです。


そのほか、海外の送出し機関から、失踪防止などを名目として、高額の保証金を徴収されているといった理由もあります。


このような問題が指摘され続けているにもかかわらず、技能実習制度が廃止されず、むしろ拡大の傾向にあります。


その理由は、日本政府が「単純就労者は受け入れない」という外国人政策を一応、とっているためです。外国人技能実習制度を廃止するとなれば、人手不足に悩む業種のために、単純就労者についても独立した在留資格を新たに作り、正面から入国・在留を認める入管法改正を行わざるをえないことになります。


しかし、「単純就労者は受け入れない」という外国人政策(建前)をとっているため、そのような入管法改正ができないのです。


●「単純就労者は受け入れない」という建前が実質的に崩壊している

私自身は、現時点においては、これ以上の単純就労者の受入れの急激な拡大には慎重です。


なぜなら、現状、すでに「単純就労者は受け入れない」という建前が実質的には崩壊し、今や、高度ともいえない普通の(一般的な日本人と労働市場において競合する)レベルの仕事について、外国人の就労をなし崩し的に認めているからです。


就労を認める在留資格(就労系在留資格)を許可する基準は、年々緩和され続けています。日本の大学や専門学校などを卒業した外国人留学生による「留学」から就労系在留資格への変更許可率は、一昨年時点で91.4%にも達しています。


今年6月時点で25万人以上にのぼる外国人留学生は、入管法上、在学中、週28時間以内であれば、単純就労も認められているところ、実際には多くの留学生が、週28時間をオーバーして就労しています。また、就労系在留資格を持つ外国人の家族も、同様に週28時間以内の単純就労が認められています。


このように、日本は、すでに一般的な普通レベルの職種においても、外国人労働者を多く受け入れています。しかも、定住化が進み、移民社会の一歩手前となっています。


「短期滞在」や不法滞在者などを除く中長期在留外国人は、今年6月時点で196万人ですが、そのうち活動が認められる範囲に一切制限がない居住資格(「永住者」や「定住者」など)を有する外国人は105万人であり、53%以上にも達しています。そのほか34万人の「特別永住者」(いわゆる在日韓国・朝鮮人などの方)も、活動範囲に制限がありません。


誤解が多いですが、外国人の就労の許否について、現在の日本の入管法のハードルは、諸外国と比較して、決して高くありません。


●「単純労働者」の受入れを認めることに弊害も

単純就労者の受入れを正面から認めた場合、生産性が低い状況を固定化して、構造改革を阻害するおそれがあります。単純就労者は、基本的に現在の産業構造を維持するために必要とされている人材です。


そのため、単純就労者の受入れと採用を制約なく認めると、生産性の向上に対する企業努力が払われなくなります。結果として、国力を削ぐことになる可能性があります。また、日本人労働者との競合がより熾烈化し、雇用をますます不安定にさせます。


少子化による生産人口の減少には、基本的に生産性の向上(そのための人材・技術・設備の各面における積極的投資)と産業構造の改革、女性や高齢者の活用などによって乗り切るべきです。移民を前提とした単純就労者の受入れという「劇薬」は、まだ使うべき局面には至っていないと考えています。


もちろん、多様性によるダイナミズムが国を牽引するとか、国力を失ってからの移民政策では遅い(国力を失ってからでは移民が来てくれない)という主張にも傾聴すべき点はあります。


しかし、「劇薬」には強い副作用が予測されます。関連法令を含め、日本社会一般に外国人受入れ態勢が十分に整っていないため、現時点で移民社会に舵を大きく切れば、大きな混乱と深刻な摩擦・分断が起きるのは確実です。


●実習生の人権侵害を看過することはできない

そうすると、現実問題として、人手不足に悩む業種のために、当面は外国人技能実習制度を維持せざるをえないわけですが、だからといって、実習生の人権侵害を看過することはできません。


制度の適正化による実習生の保護や待遇改善を目的とする「外国人技能実習新法」が、今国会で成立予定です。この法律を厳格に適用し、法令違反を積極的に摘発するとともに、少なくとも実習4年目以降の「技能実習3号」については、「移籍の自由」を認めるなどの柔軟な運用を行って、実習生の人権侵害を防ぐということになります。


また、海外の不適切な送出し機関を排除するための二国間協定も積極的に締結すべきです。


それでもなお、不正が減らず、実習生に対する人権侵害が続いたらどうするか。そのとき、少子化傾向が改まっておらず、生産性も向上しておらず、しかし、多くの国民が日本が経済大国であり続けることを望むならば、移民を前提とした単純就労者の受入れという「劇薬」に手を付けざるを得ないかもしれません。


その場合、良くも悪くも、日本社会のあり方が激変することを覚悟する必要があるでしょう。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
山脇 康嗣(やまわき・こうじ)弁護士
慶應義塾大学大学院法務研究科修了。入管法・国籍法・関税法・検疫法などの出入国関連法制のほか、カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)や風営法に詳しい。第二東京弁護士会国際委員会副委員長、日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱委員(法務省入国管理局との定期協議担当)。主著として『詳説 入管法の実務』(新日本法規)、『入管法判例分析』(日本加除出版)、『Q&A外国人をめぐる法律相談』(新日本法規)、『外国人及び外国企業の税務の基礎』(日本加除出版)がある。「闇金ウシジマくん」「新ナニワ金融道」「極悪がんぼ」「鉄道捜査官シリーズ」「びったれ!!!」「SAKURA~事件を聞く女~」「ゆとりですがなにか」など、映画やドラマの法律監修も多く手掛ける。
事務所名:さくら共同法律事務所
事務所URL:http://www.sakuralaw.gr.jp/profile/yamawaki/index.htm