トップへ

菅田将暉と重岡大毅、対照的な二人に揺れる小松菜奈が羨しい! 『溺れるナイフ』先行レビュー

2016年10月29日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)ジョージ朝倉/講談社 (c)2016「溺れるナイフ」製作委員会

 すでに一度観ているのだが、私の体はまた、もうこの『溺れるナイフ』という映画を欲しがっている。というより、すっかり魂を持っていかれてしまった感覚。神秘的でいて、衝撃的で疾走感のある世界観。これを若い女性監督が撮ったというのだから驚く。“日本映画界の大型ハリケーン”と称される、山戸結希監督。その恐ろしいほどの才能への嫉妬と羨望。この若さ溢れる生命力と女性特有の繊細な視点に、言葉にならない感情が洗濯機の中で掻き回されたかのように激しくぐちゃぐちゃになる。この夜、いくつかの場面が残像となり、また私の脳裏に何度も現れた。これは単なる中高生のための甘いラブストーリーではないと知る。


参考:菅田将暉、サブカル女子から支持されるワケ


 この作品を観て、自分には自分なりの人生があったものの、できることならもう一度“もっと激しく中高生時代を生き直したい!”という気持ちになる。いや、私はもうとっくに大人なのに、ひょっとしたら生き直せるんじゃないかという気持ちにさえなる。それほどまでにリアルな体感として残っているのだ。自分が昨日までこの映画のこの舞台のこの田舎町で、実際に体験していたことだったのではないかというくらい。


 15の夏、東京から田舎町に引っ越して来た、人気モデルの夏芽(小松菜奈)。そこで、神様に仕え、自然と融合し、光を放つかのように自由に激しく生きる少年コウ(菅田将暉)と出逢う。二人は互いが引力に引かれるかの如く、惹かれ合っていく。そして後に夏芽の身にふりかかる事件は、二人の時間を狂わせていく。心を閉ざした夏芽に想いを寄せ、支えようとする大友(重岡大毅:ジャニーズWEST)、夏芽とコウの関係に憧れを抱くカナ(上白石萌音)。


 刹那的で衝動的な感情をぶつけ合うことを許されるのは、若さの特権かもしれない。だからこそ、きっと中高生はこの世界観に憧れ、大人は戻れない時間に切なさを抱くだろう。もしも時を戻すことができたなら…。この物語は私の中高生時代の理想郷だったかもしれない。現実という日々を生きながら、持て余す沸々とした感情をさらけ出し、それを本気でぶつけられる場所を探していたあの頃。自分の時間軸とは別に、こんな世界があるのではないかという期待。もしもあの時、コウのような少年に出会えていたら、自分の人生もまた違ったものになっていたのかもしれない。


 若い時は自由で激しさのある人間に、強く惹かれたりするものだ。私も今もし学生だったとしたら、間違いなく即答で破天荒なタイプのコウを選ぶ気がする。しかしコウと真面目で優しいタイプの大友がもし、この生き方のまま大人になったとしたら……。きっと二人の立場は逆転し、コウのようなタイプの人間は世間から見たら、イタい大人とか言われてしまうのだろうか、なんてことも考える。そんな時、経験や社会性によって、いつの間にか自分が汚されているように感じてしまう。というか、それが大人ということで、自分が皆とより良く生きていくために、折り合いをつけているのかもしれない。心の中ではコウのような人間を求めつつ、社会との合理性も考えると大友の方が正しいかな……みたいに。社会という波に飲まれると人間って、いつの間にかこういう風に流されて行くのだろうかと。まだ何も知らず無敵だと思っていた頃の、自分の純粋さを懐かしむ。だからこそ、もしこんなシチュエーションがあるならば、まだまだ人生の時間がある中高生には迷いなくコウのような人物を選んでほしいとも思う。これは私の個人的意見だが、きっと自分の人生を面白く変えてくれるのはコウだから。


 とはいえ、今回大友を演じている重岡大毅の自然な演技も魅力的であり、キュンと来るポイントや安心感もあって、ついつい惹かれてしまう部分もある。しかし、やはり不意打ちの衝動的な行動で女心を惑わせまくるコウという人物を、掴みどころのない演技で魅力倍増させている菅田将暉の演技力のせいで、一体どっちにすればいいの!? と、自分は夏芽でもないのに勝手に思い悩む。そしてこの対照的な二人の狭間で揺れる夏芽が心底羨ましいと密かに思いつつ、若くして人生の苦難に飲まれても這い上がっていく、夏芽の強さもぶっ飛んでいてクールなのである。これほどまでに誰かを強く想う気持ちは、自分の限界の枠を越えていくのだ。


 中学生でありながらモデルとして、情報に流される都会の中で大人の世界に半分身を置いて生きて来た夏芽。反面、自然の中に身を置き、自分の内面と対峙するように生きて来たコウ。この対極だからこそ惹かれ合い、成り立つ世界。地方の美しい風景と伝統的な風習で味わう日本独特の空気感。色彩の美しさ、カメラワークで魅せる躍動感と疾走感。そして絶妙な音楽のセレクト。すべてが私好みであった。


 掴めそうで掴めないもの。それを掴もうと必死にもがく姿は瑞々しく、輝かしく、美しい。(大塚 シノブ)