2016年10月25日 10:42 弁護士ドットコム
大手広告代理店「電通」の新入社員の過労死問題に注目が集まる中、元電通コピーライターが書いたコラムが話題になっている。コラムのタイトルは「広告業界という無法地帯へ」(http://monthly-shota.hatenablog.com/entry/2016/10/20/214026)。執筆した前田将多さんは、昨年まで約15年間、主にコピーライターとして電通につとめていた。
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5千字を越える長文の中で、前田さんは広告業界の実態に触れながら、日本社会全体に横たわる構造的な問題点についても指摘している。今回のコラムを書いた背景や、広告業界や日本社会のあり方について、前田さんに聞いた。
――コラムを書いた理由は?
新聞やネットの報道を追っていく中で、「電通が是正勧告を受けた」「深夜の残業を禁止する内部通達」「電灯を消すことにした」といった取ってつけた対策を目にしました。現場で働いていた人間としては、それでは解決にならないことがハッキリとわかっていたため、その仕事の構造、問題点を明らかにしようと思いました。
――電通をはじめとした広告業界の労働時間が長くなるのはなぜか?
電通と一口に言っても、部署ごとチームごとに業務内容がまったく違うため、高橋さんの部署が具体的に何をしていたのかは、私は知りません。
しかし、一般にイメージされる広告制作の現場なら、以下のように言えるでしょう。
「広告主企業が物事を朝に決める(例:制作中のポスターに急遽変更が必要など)
→昼に電通の営業に指示をする
→夕方に営業が制作(クリエーティブ)に指示する
→夜にクリエーティブが代案を考える
→深夜に協力会社(外部のデザイン会社や制作会社)が修正版を制作する
→それを電通の人間がチェックしながら最良と思えるかたちにする」
このような順番のため、実際に制作する人の勤務時間はどんどん遅く・長くなっていきます。もちろん単純化するため1日でたとえましたが、緊急の案件・時間がない仕事の場合は、実際にこのような進行になります。
加えて、ひとつの企画が通ったあとの制作において、ほとんどの広告主企業との仕事は口約束で始まり、事前に業務範囲や手順を示した契約書などがないため、「あれもしてくれ」「ここはこうしてくれ」「これも入れてくれ」という修正指示と反映作業が際限なく繰り返されます。
さらに、「明日までに!」と言われれば、徹夜してやってしまうのが「優秀な広告会社」という風潮が、長時間労働を後押ししています。私が知っている限り、電通が継続した関係のあるクライアントからの仕事を断ったのを見たことがありません。
――この十数年来、ITや外資、ベンチャーなどが増えるなど、クライアントに変化があったと思う。そうした変化が現場をより疲弊させた可能性は?
私はコピーライターであって、営業がビジネス関係を結ぶ広告主を広く見渡すような立場ではなかったため、広告主企業の業種の推移はわかりません。
制作の立場から、この十数年来の変化を見るなら、「ヒットCMと呼べるもの」がめっきり減りました。もう何年もありません。テレビの力の相対的な減退はおいて、飛び抜けた発想のCMが作りづらい環境になりました。
たとえば、覚えている人もいるでしょうが、キンチョー(大日本除虫菊)のカイロ「どんと」の「ちゃっぷいちゃっぷい どんとぽっちい」のCMは、飛び抜けた発想のひとつだったと思います。名作のひとつとして、よく上司の口から引き合いに出されました。
キンチョーは今でも思い切りの良い広告を作る会社ですが、時代が違う今、別の会社に提案しても「それがなぜ良いのか、数値で示してください」「調査をしてください」などと言われるかもしれません。しかし、それは不可能でしょう。
広告クリエイティブの深遠さとは、その「わけのわからなさ」にあったのですが、「成功しよう!」「世間にウケるものを作ろう!」という意欲よりも、広告主が「失敗しないものを」「万人受けするものを」「クレームが来ないものを」という姿勢になってしまったように思います。
そんな中、現場は「なぜいいのかの証明」「比較対象としてのABCの3つの案」を見せるために、当然疲弊します。
――電通のなかに、「労働時間が長いこと」にプライドがある風土はあったか。一部では「鬼十則」が背景にあるという報道もあった。
まず、鬼十則に関しては、電通グループ社員に毎年配られる「電ノート」という手帳にも載っていますので、仕事への取組み方の精神として、心のどこかに留められているものではあります。
ですが、十則すべてを遵守できるわけもなく、「それくらいがんばってみろ」程度の指針と捉えています。当然受け止め方の個人差はあります。毎日復唱しているとか、洗脳的に使われているということはありません。
労働時間の長さについては、コラムにも書きましたが、仕事を競合代理店との競争で獲得するため、「最も良い案を」「もっとよくできないか」「一番伝わる企画書を」と時間制限ギリギリまで追求する姿勢はあります。そこにプライドはあったと思います。熱中している間は昂揚感を感じますし。
自慢話にするというよりは、自嘲的に話すことは多いです。
――今後、電通の夜間労働が禁止になるなど、労務管理が徹底する対策がおこなわれたとして、クライアントはどう対応すると考えますか?
「電通さんは残業禁止だから、他に頼もうかな」くらいの嫌味は想像に容易いですね。
――電通の労務管理が徹底されても、下請けする企業にしわ寄せがいくおそれがある。
その通りです。電通社員も、社屋にいられないなら協力会社(下請けとは呼ばずこう言います)の席を借りて働くとか、家でやらざるを得ないとか、目の前の仕事はどうにかしなくてはいけません。コラムに書いたように、基本的には能力も意欲もある人間が多いので、仕事には使命感を持って取り組んでいます。楽しいことを実現したいと邁進しています。
大抵の仕事はチームで取り組むので、その気持ちの部分に乖離があると、辛い思いをする社員・スタッフも出てくると思います。それぞれの人生観や仕事観、その時の都合はそれぞれですから。
私個人の話ですが、父親が死の床についていたときにも実家でコピーを書いていました。あのときは、書かされているという不満はありました。
――社会全体として取り組む課題は何か?
社会全体としては、良くなるのか、さらに息苦しくなるのか、そのときにならないとわかりませんが、「契約社会」になっていくとは思います。
「この件は●人で、●時間の仕事になりますので、●●万円です」「それ以上は1時間につき●円の追加が発生します」と、まさに弁護士のような報酬体系になっていくのが理想のひとつです。
しかし、アイデアを扱っているだけにキッチリ適用できるとは思いません。1日でいい案ができるときもあれば、2週間でもダメなこともありえます。
――広告業界がいますべきことは?
本来なら、「日本アドバタイザーズ協会」(広告活動の健全な発展のために貢献することを目的として活動する公益社団法人)でもなんでもいいので、広告会社と広告主と、もしかしたらメディアも含めて緊急会合を開いて、理事長が各社を痛罵しなくてはいけません。
「なんの身体的危険もありえない広告業界で、人が死んだのだぞ!」と。
その上で、ここからは理想論にしかなりませんが、ガイドライン(一定のルール)を設けて、ビジネスの前に書面を取り交わす慣習を作ったり、下請け制度の法改正を促すなど、できることを探るべきです。しかし、それは経済活動のスローダウンを促すことに繋がります。個人的にはそれで構わないと思っていますが、理想論でしかありえないのです。
――電通あるいは広告業界で働く若者、または働きたいと考えている若者たちにメッセージはあるか?
あのコラムを読んでほしい。
今回、かなしい事件があり、電通もさまざまな問題が噴出していますが、本来は楽しい業界でした。私は昨年までの15年間在籍して、多くの能力ある人たち、気のいい上司や同僚、社外の友人たちに出会いました。日本中のいろんな企業に出入りできて、世界中のあちこちの場所に行く機会を得て、経験という財産を得ました。
これから変わっていく電通をはじめ、広告業界を目指す若者には、デジタルだろうとグローバルだろうと、どんな仕事でも「人と人なのだ」ということを感じてほしいです。それぞれに家族がいて、私生活があり、気持ちがある人間なのだということを。
最後に本当のことを言います。
クライアントや上司からの人間性を損なうような無理難題は、断れ! それで、カネを失ってもいい。関係を切ってもいい。
それを個人の資質や強さまかせにせず、企業風土がその勇気を支えるようになっていけば、会社も日本全体も、少し生きやすくなるのに、と思います。売り上げ以上に、社員の人生やその家族のことを守れる企業こそ、尊敬を集めるべきです。
【取材協力】
前田 将多(まえだ・しょうた)
1975年生まれ。2001年電通入社。主にコピーライターとして勤務。2015年6月退職。現在、株式会社スナワチ代表/クリエイティブ・ディレクター。
(弁護士ドットコムニュース)