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超低予算映画『あなたを待っています』 いまおかしんじ×菊地健雄が語る“面白い”自主映画の作り方

2016年10月25日 10:41  リアルサウンド

リアルサウンド

左・菊地健雄監督、右・いまおかしんじ監督

 平成のつげ義春とも呼ばれる漫画家・いましろたかしが原案・企画を立ち上げた映画『あなたを待っています』。映画監督である山下敦弘と松江哲明が、いましろの呼びかけに賛同し、自腹を切ってプロデューサーを務めた超低予算の自主映画だ。演技未経験の漫画家・大橋裕之を主演に据え、地震や原発といった題材を扱いつつ、個性的な登場人物たちと独特のストーリーによって、どこか奇妙な味わいを持った作品となっている。リアルサウンド映画部では、本作のメガホンを執ったいまおかしんじ監督と、いまおか組で助監督を務めたこともあり、いまおか映画をよく知る菊地健雄監督の対談を企画。現在の自主映画をとりまく状況、映画に対する互いのスタンスの違い、「映画を作ること」をテーマに、語ってもらった。


参考:地下アイドルがキスシーンに挑んだ結果は? 姫乃たま『あなたを待っています』出演を経て


■スタッフもキャストも日当3000円!
--本作はどういう枠組みの中で出来上がっていったのでしょうか。


いまおかしんじ(以下、いまおか):いましろさんの企画で映画を作ることが決まって、山下君から俺に監督オファーがきた。山下君と松江君から「いましろさんといまおかさん、二人で勝手にやって下さい。予算内でできるなら、どんなことをやってもいいです」って言われてさ。で、ホンが出来上がって、キャスティングをどうするかは、山下君と松江君も集まって会議をして。ヒロイン役の山本ロザは、彼女が出演していた「鉄割アルバトロスケット」の芝居をたまたま山下君が観ていて、あの子がいいと言ってね。俺は知らなかったんだけど、それでみんなでシモキタの芝居小屋前で出待ち。


菊地健雄(以下、菊地):いまおかさんは彼女の芝居を観ないで、出待ちしただけなんですか?


いまおか:観る時間はないなって。いましろさんと山下君、松江君、俺の四人で劇場の前で待って、その場で台本渡して、“自主映画”なんだけど出てくれませんかと。出待ちして台本渡すなんて普通ないよね(笑)。


菊地:主演の大橋裕之さんは、どういった経緯で出演が決まったんですか。


いまおか:いましろさん、山下君、松江君がそれぞれ25万ずつ出して75万で映画を作ると。人件費はほぼ出ない、予算は現場費に全部使うと最初は考えていたんだけど、キャスト・スタッフがノーギャラは流石にきついなという話になった。それじゃあ日当制にして、スタッフもキャストも全員一日3000円にしようと。となると、知らない人には声をかけられないよね(笑)。で、主人公を誰にお願いするかとなって、松江君は前野健太がいいと言っていたんだけど、スケジュールの予定が合わない。そこで、山下君の知り合いでもある大橋さんの名前が挙がった。でも、芝居やったことないだろうけど大丈夫か、とみんなで心配してたわけよ。そしたら、いましろさんが「冒険しないで何が面白いんだよ!!」と怒ってね。このセリフは撮影中も仕上げ中も散々言われた(笑)。それで漫画家・演技未経験の大橋さんになった。


菊地:つまり、主演二人は演技を観ないで決めたということですよね。この映画は、いきなり大橋さん演じる西岡の嘔吐シーンから始まり、かなり意表を突かれました。次のシーンでは、西岡が突然うさぎ跳びをした後にまた嘔吐したり(笑)。極端なアクションをやっていますが、いわゆる“役者”の方に頼んでいたら、なんでこの動きをするんですか?など、どうしても意味を求められて難しい場合もあるわけです。素人も映画常連の人も混在して出演しているのが、いまおか映画の特徴ですけど、いわゆる芝居が“上手くない”人が多いですよね。でも、これはこれでいいんだと納得させられちゃうのがいまおかさんの映画らしい。僕だったら怖くてできないです。芝居を上手く見せるために、演出を考えたり、リハーサルを何回もやってしまいがちなので。芝居について、いまおかさんはどう考えているんですか。


いまおか:この映画に限って言えば、芝居とか実はどうでもよくて、見た目というか、大事なのはその存在感かなと。決して芝居ができるわけではない人物でも、立っているだけで面白い人っているじゃない。ちゃんと映画を作るという方法からどんどん離れていくんだけど、「なんか、面白いじゃん」と。カメラマンは一人、照明部はいない、美術もない、という状況の中で、全部ちゃんとしていればいいけど、芝居だけちゃんとしようとするのも何か違うからね。それに、演出を考えようとすると、いましろさんから「商業主義にはしるのか!」とか言われてさ(笑)。そういった部分も含めて、この映画は「既成じゃないもの」を目指したというのはある。


--菊地監督は本作のどのような部分に惹かれましたか。


菊地:売れない役者で彼女もいないくせに、地震や原発のことから危機感を覚えて「女を十人連れて山に逃げる!」って言ってる主人公・西岡の設定がまず面白い。そして、街で「あなたを待ってます」と書かれたプラカードを下げた見た目は外国人なヨシコと出会うことで、何かピンと来て自分なりの正義感で行動を起こす。この設定も秀逸ですよね。パンフレットを読むと、山下さんが今作をマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』を引き合いに出して語っていたんですが、これってお話しの構造はまさに一緒だなと。あ、こういう手があったかと少し悔しさも覚えました。“自主映画”でも、面白いものは面白いと改めて感じましたね。


いまおか:今、自主映画を撮っている連中は上映までしても、借金ができてしまうような制作状況で、上映するメリットがなくなってきている。だから、自主映画を儲かるようにしたい、といましろさんは常々言っているんだよね。そのために、自主映画専門の会社を作るんだと。でも、いきなり会社を作るのは山下君と松江君が止めた。まずは自分たちで一本撮ってみましょうということで、出来上がったのがこれ。


菊地:作り方としては、いまおかさんがこれまで手がけていたピンク映画や「青春H」などの低予算映画と変わらなかったのか、それとも山下さんや松江さんの存在があって違う部分もあったんですか。


いまおか:作り方もそうだけど、内容に関しても“商業映画”じゃできないことをやろうというのはあった。それでもエンタメしなくちゃとか、面白いところ作らなくちゃまずいよな、とか思っちゃって。山下君と松江君は何も言わないんだけど、いましろさんが「面白くなくていいんだよ! 面白いなんて価値観は人それぞれバラバラなんだから、そんな気持ちはいらん!」って言うわけ。いやいや、誰もが観ても分かる面白さは必要でしょうと。そういう意味で好きに作れるとは言っても、難しかったかなあ。


菊地:好きにやっていると言えば、西岡の嘔吐ですよね。冒頭が嘔吐から始まって、映画が終わるまで合計8回も嘔吐している。これはいまおかさんのアイデアなんですか。


いまおか:うん、ゲロが好きなのかも。飲み会とかでも酔っ払って嘔吐している女の子を介抱していると好きになっちゃうから(笑)。まさに弱みの局地みたいな状況だから、そういうところにグッとくるんだろうね。


菊地:映画のテーマとして原発を扱っているので、放射能の影響を受けているのかと勘ぐりましたが、まったく違う理由でした(笑)。


■“ちょっと間違えた正義を持った人”
--主人公・西岡は極めて個人的な“正義”にもとづいてヨシコ(山本ロザ)を救済し、新たな地へと旅立ちます。東京の未来に危機を覚え、山奥に移住しようとする西岡の姿は滑稽にも見えながらも、他人に左右されないその生き様が格好良くもあります。いまおかさんは西岡というキャラクターをどう捉えていらっしゃったんですか。


いまおか:地震や原発ネタに関してはそこまでこだわっていたわけじゃないんだけど、“ちょっと間違えた正義を持った人”というのは過去作を考えても自分のテーマではあるのかなと思う。何かに取り憑かれてしまった人、一歩間違えれば宗教家みたいになっちゃうんだけど、世の中をよくしたいという気持ちは持っている。同じような思いは、少なからず俺もある。それを俺たちは西岡のような行動ではなく、映画に託しているわけで。ある意味、共通しているところはあるのかもしれない。


菊地:自分の話で恐縮なんですが、『ディアーディアー』を撮った時、師匠の瀬々さんからの感想が、「お前は平成ボンヤリ派だ。社会的なことに関心を寄せつつ、風穴を開ける気がまったくない。(同時期に公開されていた)『新しき民』の山崎樹一郎、『蜃気楼の舟』の竹馬靖具、あの二人には社会に対して風穴を開けてやろうという気概が見えるけど、お前にはまったくない」と。


いまおか:真っ向から言われるとそれはきついなあ(笑)。


菊地:ちょっと納得した自分がいつつも、そんなことはないと思ってはいるんです。いまおかさんは映画で既存の価値観をぶっ壊してやろうみたいなのはないんですか。


いまおか:必要だとは思っているから、どうやって映画に反映していくというのは考えとしてある。でも、俺もボンヤリ派だろな(笑)。だけど、そういった社会に対しての意識がないと、映画を作り続けていくのは難しいと思う。


菊地:『タクシードライバー』の主人公トラヴィスのように、ある種の正論は周りから見たら無茶だったり無謀だったりするわけですよね。先程、いまおかさんもおっしゃっていましたけど、映画監督って誰もが西岡みたいな要素は持ち合わせていると思います。その一方で、西岡の先輩役者・森尾(守屋文雄)はCMで稼いでいる分、口では言うけど行動には移さない。多くの人はこの森尾になっちゃいますよねえ。


いまおか:俺も西岡というよりは森尾なんだよね。口では言うけど動かない派。そういう意味では、愚直なまでに行動を起こせる西岡は憧れの存在でもあるかな。


■映画監督にこれから求められるもの
いまおか:自主映画という部分と、商業映画というラインで菊地君は微妙なラインだよね。


菊地:ちょうど自主と商業の狭間にあるというか。有り難いことに、僕の作品に出演してくださっている方々はプロの役者として仕事をしている方々ですけど、作り方という部分では自主映画に近いですかねえ。エンタメと言われるとどうなんだろう?というのはあるので。僕は瀬々さんの背中を見ながらキャリアを積んできたので、エンタメもやるし、小さいものもやる、そのスタンスでやっていけたらいいなという気持ちもあるんです。そのせいか、自主映画の自由さ、上手くても下手でもいいじゃん、というところに開き直れない自分がいるんですよね。きっちりやりたくなってしまう自分がいるというか。


いまおか:いや、そのままきっちりやったほうがいいと思うぞ(笑)。


菊地:いやいや、既に自分の限界みたいなのを感じてしまって。いまおかさんの映画や、今年公開された鈴木卓爾さんの『ジョギング渡り鳥』を観ると、自由だなあとしみじみ思うんです。映画ってこれでいいんだよなと。


いまおか:自由って言うか、自棄でしょ(笑)。これしかないじゃんという。


--大作映画とインディペンデント映画、かけられる予算が大きく変わる中で、それでも“面白い”映画を作るには何が大事だとお考えでしょうか。


菊地:それがわかってたらこんなに苦労してないと思いますが(笑)。でも、いましろさんが言ってたという「冒険しないで何が面白いんだよ!!」とか「面白いなんて価値観は人それぞれバラバラなんだから、そんな気持ちはいらん!」って沁みますね……。やっぱり当てにいかず、三振かホームランかくらいの気持ちで強振するくらいの思い切りが必要かもしれないなといつも思ったりします。一方で、今回、いまおかさんが悩んだ「誰もが観ても分かる面白さ」も必要だよなってところで毎回自分も難しいなと悩んでます。


いまおか:結局、面白いと思うかどうかは映画を観てくれたお客さんの気持ち次第だからね。それでも、まずは自分が“面白い”と思えるかどうかが大事だと思う。それと、これからの映画監督は自分で企画を立てて動いていかないといけないよな。俺はどうしてもオファーを待っちゃう方だけど。菊地も合間合間に助監督やって、生きていけちゃうからよくないんじゃないの。


菊地:そうなんですよ。それがよくないことは自覚もしているんですが……。先輩たちの意見も別れますね。きっぱり退路を断てという人もいれば、瀬々さんには監督も助監督もやっていい時代とか言われる。


いまおか:単純に瀬々さんが菊地君を助監督として使いたいからでしょう(笑)。自分の気概として、いい話を撮っているより、しょうもない話の方がいいというのもあるせいか、この作品みたいにどうしても予算が小さいものが回ってくる。それはそれで有り難いことなんだけどね。でも、大きい作品でも、どんなテーマでも、なんでもやる気持ちはある! だから、くれ、仕事くれええ。


(取材・文=石井達也)