2016年10月22日
山田真之亮PRESS RELEASE
TEAM UP GARAGE with BANDOHに不運なアクシデント!
表彰台を目前にしていた山田真之亮が味わわされた非情な現実
10月8日~9日、タイ王国、チャン・インターナショナル・サーキットにてスーパーGT第7戦、「2016 AUTOBACS SUPER GT Round 7 BURIRUM SUPER GT RACE」が開催されました。
TEAM UP GARAGE with BANDOHから参戦する山田真之亮は、先輩の関口雄飛と共に木曜日からタイに移動してコンディションを整え、逆転タイトル獲得へのステップとしての勝利を夢見てこのレースに挑みました。
TEAM UP GARAGE with BANDOHは土曜日の午前中に行なわれたフリー走行から順調な仕上がりを見せ、チームのエースドライバー、中山友貴選手がまずはステアリングを握り、5周目にはトップタイムをマークするなど、セットアップの方向性の正しさを確認し、山田真之亮に交代。
しかし山田真之亮はペースがいまひとつ上がらず、予選に向けて不安な表情を見せていました。
「2週間前に練習のつもりでこのサーキットでタイの国内レースに参戦して優勝したのですが、逆にその遅いマシンでのスピード感が、自分の感覚を狂わせていたのかも知れません」とセッション終了時に自らの走りを振り返りました。
午後の予選、チームはあえて不調に悩む山田真之亮をQ1アタッカーに指名。山田自身、「今シーズン最大のプレッシャーを感じている」と予選前に不安を口にしていました。
しかし、予選Q1が終わってみれば、本来のスピードセンスを遺憾なく発揮した山田真之亮は、1分33秒390のコースレコードをマークし、3番手通過を果たしました。
予選Q2では中山友貴選手が1分32秒981とさらにタイムアップを果たしましたが、クラス4番手、グリッド2列目からの決勝となりました。
日曜日の決勝レース、スターティングドライバーを任されたのは山田真之亮でした。ローリンングスタートをうまく決めると、4番手で第1コーナーを通過。
さらに前を行くマシンを追います。抜きにくいと言われるチャン・インターナショナル・サーキットでは、オーバーランしても安全なエスケープロードが広く、山田真之亮は果敢なアタックで前を行くマシンのオーバーテイクに挑みます。
8周目、3番手を狙って第3コーナーで激しくインに飛び込むものの、ブレーキングを我慢し過ぎてオーバーシュート、ランオフエリアに飛び出してコースに復帰するも、ポジションを逆にひとつ落としてしまいました。
その後、15周目、最終コーナーでブレーキング時にブレーキペダルのゴムの部分が熱で溶けて滑り、あやうくブレーキング・ミスをしそうになって一瞬コースオフした18号車は、ポジションを6番手に落としてしまいました。
21周目に早めのドライバー交代でピットインし、10番手でコースに復帰した中山友貴選手は、ハイペースで前を行くマシンを追い詰め、各車がピットインするタイミングで順位を上げていきます。
全車がピットインを済ませると、チームの作戦が功を奏した18号車は2番手まで浮上。トップのマシンを射程距離に捕らえます。
しかし、52周目のターン5でインから18号車をパスしようとしてきたGT500クラスのマシンに接触され、左リヤセクションにダメージを受けた中山友貴選手は、なんとかマシンをピットまで運びましたが、予想外にダメージが深刻であり、レース続行を断念しました。
結果は完走扱いの22位。表彰台がほぼ確実だっただけに、山田真之亮は唇を噛みしめて、悔しさに耐えるしかありませんでした。
次戦は11月12日~13日の最終戦もてぎラウンド。1イベント2大会(熊本大震災で中止となった第3戦の振替レース)ということもあり、まだ逆転タイトル獲得の可能性は残されています。
■ 山田真之亮のコメント
「今回のレースは、シーズン中で最もプレッシャーを感じたレースでした。
予選では、自身のフリー走行でのタイムを2秒近く上げなければQ1突破は無理な状況でしたが、1発のアタックが決まり、コースレコードも更新できました。
チームも喜んでくれましたが、自分自身、正直、ほっとしたのも事実です。
決勝ではスタートもうまく決め、上位を狙って激しくチャージしました。決まれば前に出られたのですが、結果的にポジションをひとつ失う状況となり、やや攻めすぎたと反省しています。
途中、ブレーキペダルに貼ってあった滑り止めのゴムが熱で溶けてしまい、左足でブレーキを踏んだ瞬間にゴムがズルっと外れてしまい、右足で咄嗟にブレーキを踏みつけ、大きなアクシデントにならずに済んだのは幸いでした。
レース後に左足の親指をみたら火傷のような火ぶくれになっていましたが、レース中はその痛みはまったく感じませんでした。
今回のレースは、最後の最後まで中山友貴選手が素晴らしいペースでトップを追っていただけに、GT500クラスの19号車BANDOHレーシングと共に両クラス優勝の夢も垣間見ましたが、不運なアクシデントによって、確実に見えた表彰台すら失うことになりました。
レースだから仕方がありませんが、その不運を現実として受け止めるのには、やや時間がかかるほどショックでした。
最終戦のもてぎは、コースの特性上、マザーシャシーには厳しいサーキットではありますが、個人的には得意とするサーキットのひとつなので、有終の美を飾るべく、チーム一丸となって頑張りますので応援宜しくお願いします」