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電通過労死問題、書類送検の可能性は? 「重大性」と「悪質性」がポイント

2016年10月23日 12:12  弁護士ドットコム

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大手広告代理店・電通が労働環境をめぐって揺れている。入社1年目の女性社員が過労死と認定されたことをきっかけに、各地の労働局や労働基準監督署が、本社だけでなく全国の支社や子会社に抜き打ちの立ち入り調査を実施。安倍晋三首相や塩崎恭久厚生労働大臣が言及するなど、連日ニュースで大きく取り上げられている。


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電通にとって避けたいのが、「書類送検」だ。労基署は通常、違反があれば是正勧告を出し、改善されれば指導を終える。しかし、是正勧告に従わないなど悪質な事例については書類送検(司法処分)し、経営者らの刑事責任を問うことがある。2015年には靴小売のABCマートやクレジットカードのJCBなど有名企業も労働基準法違反で書類送検されている。書類送検されれば、企業のイメージダウンは避けられない。


電通が書類送検される可能性はあるのだろうか。


●「重大性」と「悪質性」がポイント

そもそも書類送検されるのは、どういう場合なのだろうか。


東京労働局の担当者によると「重大性」と「悪質性」がポイントになるという。「重大性」は過労死を含む死亡災害の有無や、違法な労働の広がり具合などが対象。一方、「悪質性」は是正勧告の回数などで、勧告を受けた後に提出する「是正(改善)報告書」に虚偽記載があれば、より問題だとみなされるそうだ。


この観点から検討すると、電通の場合、重大性については、2013年に病死した男性社員(当時30歳)と2015年に自殺した女性社員・高橋まつりさん(当時24歳)に対し、それぞれ過労死が認定されている点が当てはまりそうだ。特に後者の高橋さんについては、遺族の弁護団によって過酷な労働環境が明らかになっている。


弁護団によると、会社側の記録では10月の時間外労働は69.9時間、11月は69.5時間と、労働組合との間で決められた上限「70時間」ギリギリだった。しかし、弁護団が入館記録などを調べたところ、高橋さんが精神障害を発症したと認定された11月7日までの1カ月の時間外労働は約131時間もあったという。弁護団は、会社側から労働時間を過小に申告するよう指導されていたとみている。このほかにも上司からのパワハラや、上司や先輩社員を相手にした大規模な宴会の企画・運営なども心身の負担になっていたようだ。


●悪質性はどこまで認められるか?

電通のほかの社員の労働環境についても、大阪支社が2014年、東京本社が2015年に労基署から是正勧告を受けており、広範囲で長時間労働が常態化していたことが疑われている。特に2015年の東京本社への勧告については、その約4カ月後に高橋さんが過労自殺している。電通はノー残業デーを設けるなどの対策を取っていたとしているが、労働環境が適切に改善されていなかった可能性がある。電通では、1991年にも当時24歳の男性社員が過労自殺しており、悪質性の判断に影響を与えそうだ。


このほかにも是正勧告がなかったかを尋ねたが、電通の返事は「労基署による調査に全面的に協力しておりますので、回答は差し控えます」というものだった。


●企業が送検される例は稀

ここまでを見ると、電通が書類送検される可能性は十分にありそうだが、実際に企業が送検される例は極めて少ない。厚生労働省の「労働基準監督年報」などによると、2014年に労働基準監督官が送検した件数は1036件(起訴率は約40%)。東京に限定すると、2015年度の送検は63件で、このうち労働時間を問題としたケースは19件だった。


労働問題にくわしいある弁護士は、「労基署が調査をした事案で送検されるのは統計的には1%以下で、送検されることは希だ。しかし、本件は、是正勧告を複数回受けても長時間労働が改善されておらず、過労死・過労自殺という『被害』が複数発生しており、過重労働を取り締まる専門の過重労働撲滅特別対策班(通称『かとく』)が調査に入っている。


また首相や厚労大臣が特定の企業名を名指しすることも珍しい。2014年に過労死等防止対策推進法が施行され、安倍政権が掲げる長時間労働の是正などを目指す『働き方改革』にも関係して、本件は世間からも非常に注目されている。


こういった状況を踏まえると、送検の可能性は通常の事案よりも相当高いといえる。具体的な数値にするのは難しいが、あえていえば、感覚的には少なくとも20%~30%程度はあるのではないか。送検は一罰百戒の意味合いが強く、当局の胸一つだ」と感触を話していた。


(弁護士ドットコムニュース)