アメリカGPを前に突然発表されたニコ・ヒュルケンベルグのルノー移籍は、日本GPのパドックでもすでに一部で噂に上っていた。ルノーの1席を奪われたかたちになったジョリオン・パーマーも「ショックではなかったよ。日本GPの時点から(ドライバー決定について)何かが起きるだろうということは分かっていたからね。だから全く驚かなかったよ」と、ヒュルケンベルグのルノー加入を予期していた様子だった。
フォース・インディアはマレーシアGPの週末にセルジオ・ペレスと契約延長で合意し、ヒュルケンベルグの残留も既定路線だと思われていた。しかしペレスの獲得を狙っていたルノーが次に目を付けたのが、ヒュルケンベルグだった。
ルノーとしては予算が充分でないため、実力と経験がある上になおかつ莫大なスポンサーを持ち込むことのできるペレスを狙っていた。ケビン・マグヌッセンとパーマーの契約延長オプションの行使期限を引き延ばしてでもドライバーラインナップ決定を先送りしてきたのは、ペレスの決断を待っていたからだ。
しかしペレス自身は2018年のフェラーリ入りを狙うため、1年限りのフォース・インディア残留を優先しており、最終的にフォース・インディアがペレス側の条件を飲んだため、ペレスはルノーからのオファーを断った。同様に、ルノーが触手を伸ばしていたカルロス・サインツもレッドブル育成プログラムへの残留を決め、ルノーからのオファーを断った。そこにヒュルケンベルグが滑り込んだかたちだ。
ヒュルケンベルグはルノーという自動車メーカーのワークスチームであることが移籍決断の最大の理由だったと語っている。F1では独立系チームで走り続けてきたが、昨年ポルシェの一員としてル・マン24時間レースを制したことで、ワークスチームでなければ成功を収めることはできないという思いはよりいっそう強くなったのだろう。
「ルノーはワークスチームだからいずれ成功を収めるだろうという期待値がある。トップレベルで走り優勝争いができるようになること、それは僕がずっと求めていることだ。現時点ではまだまだ長い道のりが待っていることも分かっている。チームを再構築しトップへと返り咲くためにはまだまだ時間が必要だろう。でもその先には良い未来が待っていると思う。チームとともに新しいサクセスストーリーを描きたいと思っているんだ」
予算が潤沢でないとはいえ、チーム組織再編を進めるルノーはこれを牽引できるようなリーダーシップを持ったドライバーを必要としている。現行の若手2人では頼りなく、現在のドライバー市場を見渡せばヒュルケンベルグが最も魅力的な選択肢だったことは明らかだ。
ヒュルケンベルグにとっても、フォース・インディアからのサラリーが未払いになっていたといい、二重の意味で彼にとっては「最高の決断」だったのだろう。
今季のルノーは昨年末のロータス買収からの“移行期”であり、マシン改良にもほとんど力は注いでいない。資金が不足し、アップデートはほとんどできず、カーボンではなく樹脂パーツで代用してテストを行なったり、スペアパーツも不足してマシン本来の空力性能が出ないといった問題にも悩まされた。
そういう状況だから、仏国ビリ=シャチヨンの首脳陣とパワーユニット部隊、そして英国エンストンの車体部隊との関係は一時悪化していた。ルノーのマネージングディレクターであるはずのシリル・アビテブールがケータハム時代と同様にマネージメント能力を発揮できず、チーム内にリーダーシップが欠けていたこともその理由のひとつだ。
しかし、ようやくこうした状況にも改善の糸口が見えつつあるという。資金的な苦しさからも脱却しつつあるとチーム関係者は語る。事実、ここ数戦のパフォーマンスの向上がそれを証明している。
では、ヒュルケンベルグの移籍を機に2017年シーズンに向けたドライバー市場はどう動くのだろうか? まだまだ来季が決まっていないドライバーは多々いる。「3人のドライバーがルノーの残る1席を争っている、その状況ははっきりと分かっている」とパーマーは言う。
その3人とは、現在ルノーとの契約下にあるマグヌッセンとパーマー、そしてエステバン・オコンだ。少なくともマグヌッセンとパーマーはルノー残留を第一目標に据えて、現時点では他チームのシートは考慮に入れていない様子だ。「2~3週間以内に決定されるだろう。ここからの2~3戦が非常に重要になる」
そして突然空いたフォース・インディアの1席を巡っても、それほど多くのドライバーが名乗りを挙げているわけではない。例えばザウバーの2人は、「僕にとってフォース・インディアが選択肢になるかどうかは分からないよ」(エリクソン)、「大勢のドライバーがフォース・インディアに行こうとしているみたいだけど、僕にできることは何もない。状況を見守るしかない」(ナスル)と、ザウバー残留をターゲットとしている。
というのも、フォース・インディアのシートに収まりそうなのは、メルセデスAMGの契約下にあるパスカル・ウェーレインかオコンになるというのが有力だからだ。彼らを走らせることで、メルセデスAMGから供給を受けるパワーユニットとギアボックスの代金が大幅に安くなるからだ。
その一方で、フォース・インディアはカネになびかないチームとしても知られる。持ち込み資金があればそれに越したことはないが、それ以前に実力のあるドライバーでなければレースシートは与えない。エンジニアの発言力が強く、レース好きのビジェイ・マリヤがほぼ全ての資金を自費で負担し半ば趣味で運営しているチームだからこそ、彼らが実力を認めたドライバーしか乗せたがらない。ヒュルケンベルグが5年にもわたってこのチームに留まってきた理由もそこにある。
ヒュルケンベルグを高く評価する松崎淳エンジニアにその後任は誰が良いかと尋ねると「ニコが良いです」と冗談めかして答えたが、昨年フォース・インディアでテストドライブをしたウェーレインに対しても当時「さすがメルセデスAMGの育成ドライバーです、非常にフィードバック能力も高く優れたドライバーだと思います」と評価していた。メルセデスAMGもウェーレインをマノーよりも上位のチームで走らせたい意向で、両者の思惑は一致しそうだ。
つまり、フォース・インディアの1席以外はほぼ全てのドライバーが残留を希望している。その中で、フォース・インディアとルノーの決定を受けて誰が押し出されるかというだけのことなのだ。
ただし、ルノーもフォース・インディアも少なくともこのUSGPとメキシコGPの連戦が終わるまでは何の進展も望んではいない。パーマーの見立て通り、その結末が明らかになるのは2~3週間先のことになるだろう。