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クリス・ハートの歌に人々はなぜ涙するのか 日本を愛する思いが育んだ“日本のうた”

2016年10月19日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

クリス・ハート『Heart Song Tears』

■日本を愛する気持ちが叶えた夢


 10月19日に自身4枚目となるカバー・アルバム『Heart Song Tears』をリリースするクリス・ハート。今作では“涙”をテーマに、秦基博「ひまわりの約束」や、オフコース「言葉にできない」など、近年のヒットソングから世代を超えて愛される名曲まで13曲を取り上げ、おなじみの美声を響かせている。


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 日本の歌謡曲界には、時代ごとにさまざまな外国人歌手が登場し、一世を風靡してきた歴史がある。しかしクリス・ハートほど、純粋に日本の楽曲への愛を表明するアーティストも、これまでいなかったのではないだろうか。その理由のひとつが、歌手活動を始める前の彼の経歴から見て取れる。


 ミュージシャンの両親のもとに生まれ、幼い頃から音楽と接してきたというクリス。中学時代に日本語の授業を受けたことをきっかけに日本文化に興味を持ち、J-POPに開眼したのもその頃だという。アメリカにいながらにして日本の音楽番組にハマり、CDも買うようになるなど、その心酔ぶりは周囲を驚かせたほど。「三つ子の魂百まで」のことわざではないが、思春期に出会ったものがその後の人生を大きく左右することは往々にして起こることであり、彼の場合はそれがJ-POPだったのだろう。言葉や人種の壁を超え、彼のメンタリティそのものが音楽を通じ“日本人”へと近づいていったと言っても過言ではない。


 そんな日本への、とりわけ音楽への思慕は成長するに従って強まり、20代の頃にはX JAPAN、LUNA SEAなどビジュアル系アーティストに影響を受けたバンドを結成するまでに。2009年に来日し、自動販売機のセールスマンとして働きながら憧れの日本で地道に音楽活動を続け、2012年に出演した『のどじまん ザ!ワールド』(日本テレビ系)で一躍脚光を浴び、メジャーデビューの扉が開かれた。日本人よりも日本を愛する気持ちが、彼に夢を叶えさせたのだ。「日本でのホームステイが楽しすぎて、アメリカに帰ってホームシックになった」や「東日本大震災のとき、日本を裏切りたくないと日本に留まり家族に心配される」など、クリスの日本好きはエピソードに事欠かないが、それも決して大げさな話ではないのである。


 ではなぜ、そんな彼の歌が日本人の心に響くのか。


 クリスのデビューのきっかけとなったテレビ番組は、日本の歌を外国人が歌うことで、J-POPがいかに海外からもリスペクトされているかに焦点を当てたもの。昨今はこれに習い、日本文化を愛する外国人に密着するようなバラエティ番組は増えているが、共通するのは普段の生活では気づけない自国の素晴らしさに改めて気付かされるという点だ。クリスの親日ぶりは、そんな番組のコンセプトにぴったりと合致したと言える。持ち前の美声を遺憾なく発揮しながら“心”で歌うその姿に多くの視聴者が感動し、改めて原曲の素晴らしさに気付かされることになる。番組に出演するたび、歌った曲のオリジナルバージョンが配信チャートで上位に跳ね上がるという現象も見られた。


■“日本人らしさ”への強いこだわり


 また一方で、歌詞の理解の深さも人一倍だ。日本語はただでさえ複雑で、外国人にとってはハードルが高いと言われるが、彼の場合はただ耳で聞き覚えた言葉を発するのではなく、日本独特の歌詞の奥深い意味や言語感覚を理解した上で歌っているのだ。たとえば、『Heart Song Tears』をリリースするにあたっては、日本における“涙”の意味に着目。「アメリカでは“涙”はネガティヴな意味しかなく、悲しいときや苦しいときに流すもので、特に男性は人前で涙を見せるものではないという感覚ですが、日本では、嬉しいときや感謝の気持ちや皆で頑張ってひとつのことを達成したときの感動が“涙”となってポジティヴにとらえられています。日本にしかないいろんな“涙”の意味が伝わるアルバムになったと思います」とコメントしていることからも、日本人独自の感受性への深い理解が見て取れる。日本の歌は総じて情緒的な歌詞が多く、聴き手がその情景を思い浮かべることで共感を生み出す。歌の意味はもちろん、日本そのものを知ることが楽曲をより魅力的にすると、日本に暮らし、身をもって知ったことが大きかったように思われる。


 さらに、2015年7月から約半年に渡って47都道府県をめぐるツアーを行ったことや、日本人シンガーソングライターの妻との結婚、子どもの誕生も転機となり、現在はなんと日本への帰化を申請中。「日本の歌を歌う外国人」という立ち位置から、「日本人アーティスト」へ転身の途上にある。日本人以上に日本人であることにこだわる彼の存在は、現在のJ-POPリスナーにしてみれば、ある意味カウンターカルチャーとも取れそうなもの。だからこそ、誰もが知っている曲なのに初めて聴くかのような、新鮮に響く日本の歌がそこに出現するのだ。


 本作『Heart Song Tears』のリリースに先駆け、今年も全国をまわるツアーがスタート。タイトルには “my hometown”というキャッチコピーも付けられた。ここにはクリスにとって日本の歌が歌手活動の“故郷”であるとの意味合いと同時に、自身の歌がファンにとっての “故郷”となるように、との願いも感じられる。日本の歌を深く愛し、真摯に向き合うことで唯一無二の歌い手へと進化したクリス・ハート。新作リリース、そしてツアーを経て、彼の「うた」は今後一層の説得力を持って聴き継がれていくに違いない。(板橋不死子)