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サカナクション「多分、風。」に感じた“新たな手触り”ーー10月19日発売の注目新譜5選

2016年10月18日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

サカナクション『多分、風。』

 その週のリリース作品の中から、押さえておきたい新譜をご紹介する連載「本日、フラゲ日!」。10月19日リリースからは、サカナクション、THE YELLOW MONKEY、My Hair is Bad、秦基博、木村カエラをピックアップ。ライターの森朋之氏が、それぞれの特徴とともに、楽曲の聴きどころを解説します。(編集部)


(関連:映画『バクマン。』音楽の驚くべき手法とは? サカナクションが手がけた劇伴を解説


■サカナクション『多分、風。』(SG)


 当初は8月に予定されていたリリースを「納得のいく作品としてリリースしたい」という理由で2カ月延期した末に届けられたニューシングル。2013年のアルバム『sakanaction』以降、「グッバイ/ユリイカ」「さよならはエモーション/蓮の花」「新宝島」とまさに1作入魂の状態で作品を重ねてきたサカナクションだが、今回も期待を裏切らないクオリティを維持している。カップリング曲、完全生産限定盤の映像作品(特にぼくのりりっくのぼうよみ、LUKAをゲストに招いたライブセッションは必見)、アートワークなど聴きどころ、見どころは満載だが、その中心にあるのはもちろん表題曲「多分、風。」。フォーキーな手触りのメロディ、抒情的な映像を喚起するリリック、最新のエレクトロと生のバンド感を融合させたサウンドといったサカナクション特有の要素をしっかりと残しながらーーつまり一聴して“サカナクション”とわかるフォーマットのままでーーどこか新しい手触りを感じさせるこの曲からは、反復芸術である音楽の在り方を熟知したうえで、リスナーの印象と感覚を繊細に刺激し続けてきた山口一郎の手腕がさらに洗練されつつあることが伝わってくる。知名度をキープすることで活動の幅を広げ、アートフォームとしての音楽も進化させ続ける。そんな強い意志を感じさせる大充実のシングル作品である。


■THE YELLOW MONKEY『砂の塔』(SG)


 2016年1月に15年ぶりの“集結”を発表。5月から9月にかけて約22万人を動員する大規模なアリーナツアーを敢行し、完全復活を強烈に印象付けたTHE YELLOW MONKEYが2001年1月の『プライマル』以来、約15年9月ぶりとなるニューシングル『砂の塔』をリリース。TBS系ドラマ『砂の塔~知りすぎた隣人』の主題歌としてオンエアされているこの曲は、このバンド特有のグラマラスなロックサウンドと80年代後半のUKロックのテイスト(イントロのギター、個人的にはザ・スートン・ローゼスの「Made Of Stone」を連想しました)、70年代の昭和歌謡が持っていた淫靡な雰囲気を融合させたナンバー。楽曲のひとつの核となっているストリングスのアレンジは、吉井和哉がKinKi Kidsに提供した「薔薇と太陽」の編曲を担当した船山基紀氏が手がけている。“タワーマンションを舞台に繰り広げられる悲劇的な群像劇”という性格を持つドラマのストーリーに、不安定さから逃れられない人生の在り方、さら繊細な人間関係で成り立つロックバンドの存在を重ねた歌詞からも、今年50歳を迎えた吉井の人間的な深みが感じられて非常に興味深い。C/Wにはアリーナツアーでも熱狂を生み出した「ALRIGHT」を収録。再終結後、最初のシングルとなる本作が、今後のTHE YELLOW MONKEYの動き方に影響することはまちがいないだろう。


■My Hair is Bad『woman’s』(AL)


 新潟出身の3ピースバンド、My Hair is Badの2ndフルアルバム。メジャーデビュー後最初のアルバムとなる本作の軸になっているのは、ソングライターである椎木知仁(V&G)の手による、あまりにも生々しい歌詞だろう。ライブでも「え、そんなこと言って大丈夫?」みたいなことをストレートに話してしまう椎木だが、そのスタンスは本作の歌にもさらにダイレクトに反映されている。同棲している女の子のどこか殺伐とした日常を描いた「接吻とフレンド」、生活のための仕事を強いられる人々の限界の毎日をストレートに歌った「ワーカーズザダークネス」、大人と言われる年齢になって、離れ離れになった男女それぞれの感情を綴った「卒業」。身も蓋もない現実をどこまでもリアルに綴っているわけだが、そこには衒いも偽悪的な雰囲気もなく、自分たちの現状を冷徹に映し出すことにより(まるで映画を観ているように)リスナーを自然と楽曲の世界に引き込むことに成功しているのだ。歌のストーリー、そこに存在する気持ちを際立たせるアレンジ、ドラマ性とロック的なダイナミズムを共存させたアンサンブルも素晴らしい。


■秦基博『70億のピース / 終わりのない空』(SG)


 デビュー10周年を迎え、11月から12月にかけて初のアリーナツアーを開催する秦基博の21枚目のシングル。「70億のピース」のテーマはずばり“平和”。どこにでもある、半径5メートル何気ない日常の風景から始まり、“形が違っていて、ひとつになれないとしても、寄り添うことはできるはずだ”という感情に至るまでをシンプルな言葉で描いたこのバラードからは、シンガーソングライターとしての彼の成熟ぶりを感じ取ることができる。ストリングなどを入れず、オーソドックスな4リズムによって、楽曲の軸である“歌とメロディ”を真っ直ぐに伝えるサウンドプロダクションも的確だ。映画『聖の青春』の主題歌として制作された「終わりのない空」は鋭利な手触りのロックチューン。死と直面しながら将棋の世界にのめり込んでいく村山聖の生き様から引き出された「痛いほど僕ら 瞬間を生きてる」、玉田豊夢(Dr)、鈴木正人(Ba)、西川進(G)、皆川真人(Key)による緊張感あふれるサウンドとのバランスも素晴らしい。鋭さと温かさという、秦基博の2面性がバランスよく際立つ作品である。


■木村カエラ『PUNKY』(AL)


 シングル曲「EGG」(TBS系木曜ドラマ劇場『37.5℃の涙』挿入歌)、「BOX」(Microsoft「Surface Book」タイアップソング)、「恋煩いの豚」(クラシエ「ナイーブ」CMソング)などの話題曲を含んだニューアルバム。サイケデリックとアイリッシュを融合させたミディアム・ロック・チューン「There is love」、奔放に飛び回るピアノを軸にしたアッパーナンバー「僕たちのうた」、オルタナ濃度高めのロックンロール「THE SIX SENSE」、童謡「オバケなんてないさ」のミュージカル風カバー、ノスタルジックかつカラフルなポップナンバー「SHOW TIME」。H ZETT M、岸田繁(くるり)、曾田茂一、A×S×E、蔦谷好位置などが参加した本作は、1曲1曲のキャラクターが明確で、ジャンルやトレンドを気持ちよく飛び越えるポップ万華鏡とも言える作品に仕上がっている。その中心にあるのはタイトル曲「PUNKY」のなかで示されている“人の目を気にせず、仲間といっしょに自分らしく生きるんだ”というメッセージ。「優雅な生活が最高の復讐」というのはスペインの諺だそうだが、自分のセンスに従い、その全てを優れたポップへと導く木村カエラのスタンスにも同じような価値観を感じる。(森朋之)