2016年10月16日 09:41 弁護士ドットコム
過労死防止法が2013年に施行され、今年で3年目となる。過労死防止法に基づき、過労死の実態などをまとめた初めての白書「過労死等防止対策白書」が10月7日、閣議決定された。同法では、過労死をめぐる状況と対策について、国会への年次報告を義務付けている。
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白書によれば、2015年度中に脳・心臓麻痺で死亡し、労災保険が支給決定された人は96人、精神疾患による自殺者で支給決定された人は93人だった。この数年は、過労死や過労自殺の労災で支給決定された人は、年間計200件前後で推移していた。また「過労死ライン」とされる「月80時間超」の残業をした労働者がいる企業割合が、2015年度に2割を超える実態が明らかになった。
また、過労死リスクを高めるとみられる睡眠不足については、睡眠時間が「足りていない」(14.3%)、「どちらかと言えば足りていない」(31.3%)と、4割を超える人が問題を抱えていた。睡眠不足になる理由としては「残業時間が長いため」(36.1%)が最多だった。
白書は全280ページ。世界でも珍しいこの白書を、労働問題に詳しい弁護士はどのように読んだのだろうか。労働問題に詳しい波多野進弁護士に聞いた。
「白書では、労使の調査結果をまとめ、長時間労働が発生する理由について言及しています。この結果からは、労使ともに『人員が足りない』『仕事量が多い』ために長時間労働が発生していることがわかります。調査には、ほかに『業務の繁閑の差が大きいため』『予定外の仕事が突発的に発生するため』などの理由も、挙げられています。
脳・心臓疾患の労災認定(いわゆる過労死)の目安となるのは『80時間』を超過する時間外労働です。これが常態化している職場で、使用者が本気で時間外労働時間を短縮するためには、当たり前のことをやるしかありません。つまり、現状ある『業務量を減らす』(業務の絶対量を減らす)か、あるいは業務量を変えずに『人員を増やす』か、です。
業務量はそのままで、人員を増やさずに、掛け声だけ残業の短縮、残業の禁止という美しい建前だけを押しつけたら、どうなるのでしょうか。
日本の大多数を占める真面目な労働者は目の前にある仕事をきっちりこなします。サービス残業や自宅に持ち帰って残業で対応を余儀なくされ、当然の対価である残業代の支払いは受けられないうえ、長時間の残業による疲労だけが蓄積していく。最悪の場合、労災認定がされるはずの労働実態から過労死に至っても、記録上は残業がないために、その認定すら受けられないという悲惨な事態になりかねません。
当職が担当した事件でも、何度も労基署の指導が入っても、悪質な企業も散見され、ひどい企業は、労働時間の短縮に真剣に取り組まず、労基署の指導などを逃れるために、残業削減などの掛け声だけをして、残業の申請をさせない、実際の労働実態の記録を残さないようにしています(タイムカードの早打ち、タイムカードの廃止など)」
月80時間以上の時間外労働が状態かした職場で、過労死をなくすためには、「業務量を減らす」か「人員を増やす」しかないのだ。
波多野弁護士は今回の白書をどのように読んだのだろうか。
「白書によれば、脳・心臓疾患で倒れた場合に労災認定される可能性の高い月間80時間を超える時間外労働を行っている企業は、2割を超えます。私はこの数字に『2割とは多いな』ではなく、『ごく一部しか労災申請をしていない現実がある』と感じました。
白書によれば、脳・心臓疾患や過労自殺で亡くなった方で、労災認定されたのは、年間わずか200人程度です。しかし、月間80時間の『過労死ライン』を超える労働者は、2割を超える現実があり、年間約200人(精神障害の労災認定を含めて)しか認定されていないとの数字は、あまりに少ない。労災申請をされる方がごく一部なのであり、実際はもっと多くの方が過労死をされている現実があると思います」
波多野弁護士は、さらに別の点にも注目したという。
「今回の白書の中で『ハラスメント』の存在が、疲労の蓄積やストレス状況に影響を及ぼすという当たり前の内容が示された点も参考になると思います。調査によれば、ハラスメント被害はいまだなくならず、『ハラスメントを受けている』(12.2%)、あるいは『自分以外の職員がハラスメントを受けている』(16.3%)状況があります。
そして、『ハラスメントを受けている』人の疲労の蓄積度が『高い』または『非常に高い』人は58.9%。また、ストレスの状況についても、『ハラスメントを受けている』人のストレスが強くなる傾向にあることが、白書からわかります。
長時間労働が蔓延する会社ではハラスメントも同時に存在することも珍しくありません。ハラスメント行為は、ストレスや負荷を増幅させて更に労働者を追いつめるという当たり前の調査結果が、白書に盛り込まれた点も、この当たり前のことを再確認する上での意義はあったと思います。
長時間労働だけでも問題ですが、それ以外にハラスメント等の要因が重なると大変危険な状態になることは明らかです。今後、過労死対策では、目先の長時間労働の是正だけでなく、ハラスメント行為の防止策についても同時に取り組む必要があると言えます」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
波多野 進(はたの・すすむ)弁護士
弁護士登録以来、10年以上の間、過労死・過労自殺(自死)・労災事故事件(労災・労災民事賠償)や解雇、残業代にまつわる労働事件に数多く取り組んでいる。
事務所名:同心法律事務所
事務所URL:http://doshin-law.com