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大阪府警元巡査長が女性殺害…遺族は警察組織の「監督責任」を問えるのか

2016年10月16日 09:41  弁護士ドットコム

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大阪府警の元巡査長の男性が交際していた社会福祉士の女性を殺害した事件で、遺族が大阪府に対して損害賠償請求を検討していることが報じられた。


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報道によると、元巡査長は2015年1月、大阪市東住吉区の女性の自宅マンションで、元巡査長が既婚者と知った女性から「奥さんや職場に伝える」と言われて逆上し、首をベルトで殺害したとして、殺人罪の罪に問われた。2015年10月に大阪地裁で懲役18年の判決が確定している。


実刑判決が確定した元巡査長に対し、大阪地裁は2016年1月、「損害賠償命令制度」に基づき、遺族に約1億円の賠償を命じる決定を出していた。


一方で、遺族側は、元巡査長は別の女性と結婚後も殺害された女性と交際していたという状況を府警が放置し、対策を講じなかったと主張。10月7日に府警本部を訪れ、監督責任を問う申入書を提出した。


警察官が罪を犯した場合、被害者やその遺族は警察官だけでなく、組織としての警察や国の監督責任を問えるのか。元警察官僚で警視庁刑事の経験も有する澤井康生弁護士に聞いた。


●国家賠償法の枠組みとは?

公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたとき、国または公共団体は、国家賠償法に基づき責任を負います。


たとえば、警察官が、被疑者を取り調べ中に、暴力を振るって怪我をさせた場合などがこれにあたります。被害者は都道府県警察に対して、国家賠償法に基づき、損害賠償請求をすることができます。


本件では、大阪府警の元巡査長が、公務とは関係のない純然たるプライベートな時間中に、相手方のマンションで殺害行為に及んでいることから、国家賠償責任を認めるための要件である「その職務を行うについて」の要件を満たしません。


したがって、大阪府警が国家賠償法の規定によって損害賠償責任を負うことはないのが原則です。


参考判例としては、東京地裁の2005年5月23日の判決があります。これは警察官ではありませんが、地方公共団体に勤務する職場の上司から性的暴行を受けたとして、被害者が国家賠償法に基づいて損害賠償を求めた事件です。


裁判所は、性的暴行が職務行為終了後1時間半以上経過し、職務とは関係ない自宅で行われたものであることから「その職務を行うについて」の要件を満たさないとして国家賠償責任は認められませんでした。


●「ハードルは相当高い」

そこで、もうひとつの構成として、大阪府警の管理監督責任が至らなかったとして国家賠償請求を行うことが考えられます。


この方法は、同じ国家賠償法に基づく請求なのですが、法的構成が異なります。大阪府警の上司なり管理監督すべき立場にある者が、過失により当該巡査長に対する管理監督を怠ったこと、いわば「過失により管理監督をしなかった」という不作為の違法性に基づいて国家賠償を請求する方法です。


この法的構成であれば、対象となる行為は上司の部下に対する管理監督行為(厳密には管理監督を怠った不作為)ということになるので「その職務を行うについて」の要件をクリアすることが可能となります。


したがって、この法的構成であれば、理論上は大阪府警が国家賠償法に基づき責任を負う可能性が考えられます。


ただし、管理監督者の過失を認めるためには、部下の非違行為(違法行為)がある程度継続的に行われており、管理監督者において結果発生(本件では殺人)について予見可能性、回避可能性があることが必要です。


さらに損害賠償責任まで認めるためには、管理監督者の過失と結果の発生(殺人)との間に相当因果関係も必要です。


そういう意味で、大阪府警の上司が管理監督を怠ったことを理由とする国家賠償請求は、実際上は相当ハードルが高いと言わざるを得ません。


●警察組織という点をどう考えるのか?

警察組織において、上司が部下に対する管理監督を怠ったことを理由として、国家賠償責任が認められた事件としては、1986年に起きた、神奈川県警による日本共産党幹部宅盗聴事件があげられます。


これは、神奈川県警警備部公安第1課所属の警察官らが、長期間かつ継続的に違法な盗聴行為を行っていたというケースでした。


判決では、上司である神奈川県警警備部長が、部下を掌理する者として、盗聴行為の計画ないし実行を予見し、回避することができたのにこれを怠り盗聴行為を回避しなかった点において過失があったとして、国家賠償責任を認めました(東京高裁1997年6月26日判決)。


ただし、この事件は警察官らが職務上の行為として盗聴を行っていた点で、私生活上の行為が問題となっている大阪府警の元巡査長のケースとは大きく異なります。


●警察官のプライベートは組織の責任なのか?

一般の企業や行政機関の監督責任においては、監督責任の及ぶ範囲はあくまで職務上の行為に限られ、原則として部下のプライベートな私生活上の行為についてまでは及びません。


しかしながら、警察組織の場合には、警察に対する国民の信頼を維持するため、警察官の私生活上の行為についてまで懲戒処分の対象となります。


犯罪行為はもちろん、公務の信用を失墜するような不相応な借財や不適切な異性交際等の不健全な生活態度を取ることも「戒告」の懲戒処分となります(警察庁長官官房長通達)。


そのため、警察組織の場合には、一定の私生活上の行為についても懲戒処分の対象となることから、そのような場合には上司が部下に対する監督責任を負うことがあります。


ただし、これはあくまで、そのような部下に対して監督を十分に行わなかった上司自身について、監督責任に基づく懲戒処分を科せるかどうかの問題であり、ただちに上司としての監督責任に基づく国家賠償責任まで認められるわけではありません。


今回のケースは神奈川県警による日本共産党幹部宅盗聴事件とは異なり、元巡査長の殺害行為がプライベートな私生活上の行為であり、不適切な異性交際を超えて、殺人という重大な犯罪行為にまで及んでいるという事件でした。


部下の私生活上の行為についてまで上司の監督責任を及ぼす考え方によっても、上司について少なくとも殺人という結果発生の予見可能性、回避可能性まで認めることは困難ではないかと思われます。


したがって、結論としては、大阪府警に国家賠償責任を負わせるまでの監督責任を問うのは難しいと思われます。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も兼任、公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人海星事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kaisei-gr.jp/about.html