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出演強要問題「小さなAV村に黒船がやって来た衝撃」脚本家・神田つばきさん(上)

2016年10月15日 10:32  弁護士ドットコム

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アダルトビデオ(AV)出演強要問題について、AV業界内部から、背景には「日本社会に女性差別があるからだ」と声をあげた女性がいる。『ドラマ物AV』の脚本家、神田つばきさん(57)だ。


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神田さんは9月中旬、都内で開かれたイベントで、「日本の『性の文化』は、男性が消費者側、女性が供給する側に固定されている。男性が女性を『消費物』のように見るようになる。それが続けば、強要問題のような被害がどんどん出てくる」と発言した。


神田さんは、39歳でAV業界に入ったという「異色の経歴」を持つ。これまでAV女優やSM雑誌のライター、メーカー(制作会社)の社長、そして脚本家として、15年以上業界に関わってきた。AV出演強要をめぐる問題をどう見ているのか、神田さんに聞いた。


●「子どもを社会人にするまで働いてきた大切な世界」

――そもそも、神田さんがAV業界に入ったきっかけは?


ガンで子宮を摘出したことがきっかけで、38歳のときに子ども2人を抱えて離婚しました。はじめは派遣の仕事をやっていましたが、自分が憧れていた『縛り』を体験したくて参加した撮影会で、ドキュメンタリーAVに出演したのがきっかけです。


その後、マニア系の雑誌に記事を書くライターになりました。46歳のときには、自分を撮ったSMビデオを世に出すためにメーカーを立ち上げました。以降、小さいプロダクションをやったり、審査団体の仕事をしたり、一念発起して脚本教室に通って『ドラマ物AV』の脚本家になったりしています。


――神田さんにとって、どんな業界だったか?


私にとって、アダルト業界は、2人の子どもを社会人にするまで働いてきた大切な世界です。


27歳のとき、最初の子供が生まれて事務機メーカーの営業をやめました。離婚で社会復帰するまでの11年間に、社会インフラが相当変わっていますから、元の仕事に復帰することは不可能でした。


しかし、この業界では「もの作り」に関わることができました。「自分の書いたものが雑誌に載るなんて・・・」「自分が映像作品に出られるなんて・・・」「社長になれるなんて・・・」。絶対に無理だと思っていた夢をいくつもかなえることができたのです。


企業に勤めているのとちがって、収入面では苦労がたえませんでしたが、それでもいくらでもファイトが湧いてくるほど、作品をつくる人たちの仲間に入れてもらえる喜びは、大きかったです。私はラッキーでした。


――苦労や差别はなかったか?


つねに、差別される苦労がありました。たとえば、私の職業をしらない歯医者さんから、「うちにはAVや風俗の患者はいないからエイズの心配はありませんよ」といわれたことがあります。


また、都の職員からも「AVメーカーはお母様の職業としてふさわしい業務ではない」といわれたりしました。いつしか、私も差別されることにも慣れ、だんだん自分の職業をくわしく人にいわなくなっていきました。


――神田さんが入って以降、業界に変化はあったか?


私がメーカーをはじめたのは2006年ですが、この10年ほど、業界はどんどんシステムが明朗になっていくのを見てきました。昔は、SMと暴力を混同しているような作品もありました。女優が本気で泣いている顔を撮りたいために、わざとスタッフ全員が無視をするようなやり方もあったと聞いたことがあります。


この10年で、大きなメーカーができたり、AV女優のアイドルユニットができたり、中国や台湾で女優の人気が爆発したり、明るい話題が多くなりました。海賊版と海外サーバーの無修正動画の影響で、経営は大変になっていると思いますが、AV女優の美しさや演技力が評価されるようになり、いいことだと思っていました。


●「解決するまで見守る責任は、業界の全員にある」

――そんな中、今年3月に人権団体が「AV出演強要」の被害をまとめた報告書を出した。どう見たか?


「ええっ、どこの現場でそんな酷いことが!?」というのが、正直な感想です。事務所とマネジャーは女優さんを守る側だと信じていたからです。大変ショックを受けました。


メーカーは、作品を売りたいわけですから、「ほかの作品より目立つことができないか?」と面接時に提案することがあります。そこで女優の意志を代弁したり、断ったりするのが、マネジャーの大事な仕事の一つです。だから、面接にマネジャーがいないと女優さんも困ってしまいます。


今回の報告書では、それより前の段階、事務所がスカウトする手法なども問われましたが、「私は関係ない。見たことも聞いたこともない」ではなく、「そういったケースが解決、もしくは減少するまで見守る責任は、業界の全員、自分にもあるんじゃないか」と考えるようなりました。


――報告書に対する反発は感じなかったのか?


もちろん、人権団体の告発があったとき、私は「小さなAV村に黒船がやって来た」ような衝撃を感じました。驚いたのは、私だけではなかったと思います。SNSやニュースサイトからいろいろな意見が流れて、「ネットの時代」ということを改めて感じました。


私も当初、SNS上で、「そんな酷い現場ばかりではない。少なくとも私が関わっている現場では、女優を大切にしている。一つの例で業界のすべてを判断されるのは悲しい」と投稿したいと思いました。しかし、そういう思いを投稿した女優やライターたちが、すぐに非難されはじめました。


まもなく、知り合いのライターが「どうしたらいいでしょうか?」と相談してきたので、「SNSで個々に対応するのはやめたほうがいい。しっかりと考えをまとめて、ブログか記事で表明するのがいい」と伝えました。しかし、どんどん事態は難しくなっていきました。


――どういうところが難しいのか?


そもそも、問われているのは「強要があったか、なかったか」ということだったはずです。強要されてうれしい女優はいません。業界の女性たちはみな「事実なら、きちんと調査してほしい」と思っています。


それがいつしか、「業界そのものが悪いから、強要が起こった。つまり業界にいる人間も、業界を擁護する人間も、みんな悪い。早く業界まるごと消してしまったほうがいい」という視線を向けられるようになり、私たちは非常に困惑しました。


私たち業界で働いている女性が「被害者」か「加害者」のどちらかに選別されなければならないような、おかしな状況になりかけています。「酷いことをされた」といえば「被害者」だと、「私は楽しく仕事している」といえば「加害者」だと判断されてしまいそうで、ますます意見がいいづらくなっています。


私のところにも「(被害に遭われた)●●さんをどう思いますか?」というメールが来ることがあります。私はそういった質問に返事をしていません。


「被害に遭われた女性を支持してあげてほしい」というファンの方の気持ちはよくわかります。しかし、「●●さんを支持することが、強要はないと思っていた✕✕さんを否定することだ」と受け取られてしまうので、慎重にならざるをえないのです。


(インタビューの後編はこちら)


・「AV業界、もっと女性が経営参画してニーズの把握を」脚本家・神田つばきさん(下)


https://www.bengo4.com/internet/n_5223/



(弁護士ドットコムニュース)