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〈SMAP的身体〉とは一体何か 栗原裕一郎の『SMAPは終わらない』評

2016年10月13日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

矢野利裕『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」 』(垣内出版)

 本書が発売されたのは今年の8月9日で、8月14日にSMAPの解散が発表された。


 つまり「SMAPは終わらない」と力強く断言したそのわずか数日後に解散が決定してしまったわけだ。何かに呪われているのではないかというほどの間の悪さだ。おまけにこの本は、著者の矢野利裕にとって初の単著となる大切な1冊なのだ。まったくご愁傷様よりほかに言葉もない夜空の向こうというべき事態である。


 解散発表後に発売がズレ込まなかったのがまだ不幸中の幸いだったとはいえ、Amazonのカスタマーレビューには早々に「時期が悪かったね」「終わっちゃったね」と揶揄するコメントがいくつか付いた。まあ、無理もない。一言いいたくなる気持ちはよくわかる。


 だが残念なのは、むしろ彼らのほうではあった。彼らは中身を読んでおらず、タイトルだけを見て脊髄反射でコメントを書いたせいで滑ってしまっていたからだ。なぜそう言い切れるのかというと、SMAPが現実に解散する/しないは、実は本書の趣旨にあまり影響しないのである。


 実際、矢野は最初のほうでこんなことを書いている。


「あんな表情を見せられるくらいなら、グループとしてのSMAPの存続など何の意味もない。いっそ解散してしまえばいい、とすら思った」


 今年1月18日の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)冒頭でなされた、メンバーたちによる解散騒動への謝罪に対する反応である。黒い幕の前に5人がスーツ姿で雁首を揃え、死んだような顔で、木村君のおかげでジャニーさんに謝る機会が云々としゃべっていたあの謝罪シーンだ。この謝罪によって解散騒ぎが小休止したのはご存知のとおりだが、矢野は、あんな姿を晒すくらいなら解散したほうがいいというのである。


 SMAPが解散するしないが本質的な争点ではないというのなら、この本は、では何を問題にしているのか。


 矢野の言葉でいえば、それは〈SMAP的身体〉である。


・〈SMAP的身体〉


 〈SMAP的身体〉とは何か。90年代という時代を通してSMAPが身に付けていった、80年代までのジャニーズアイドルとは異なる所作のことだ。


 80年代はアイドルブームだったのが、90年代には一転「アイドル冬の時代」になったというのはよくいわれるところだ。アイドルポップスと入れ替わるようにバンドブームが始まる。


 矢野は、こうした転換は、虚構からリアルへ志向が移り変わったために起こったのだという認識に立つ。


 ジャニーズでいえば、少年隊や光GENJIがきらびやかなスター性を売りにしていたのに対し、SMAPはカジュアルなスター性という新しい存在感を切り拓くことで90年代を生き延び、国民的スターの地位を獲得していったのだと見る。


「挫折と苦心のなかで育まれた〈SMAP的身体〉ーーそれは、スター性を手放したが故に逆説的にスター性を獲得した身体である」


 SMAPのカジュアルさといっても、アメカジを基調とした彼らのファッションだけを指しているわけではもちろんない。歌もダンスもイマイチでジャニーズ本流から外れており、デビュー時は振るわなかったSMAPが、バラエティ番組に進出し、トークをし、コントをやり、お茶の間に身近な存在感を浸透させ、「自由と解放」を掴み取っていったこと。矢野が重視するのはそこだ。そのカジュアルな存在感は、ダウンタウンやナインティナインなとど近い質のものだったともいう。


 ただし、ダウンタウンやナイナイが旧来的な演芸を打破する方向で進んでいたのに対し、SMAPは逆に旧来的な演芸をモデルに「芸人」的な身体性を身に付けていったとする。そうすることでSMAPは、それまでアイドルのやることとは思われていなかったコントやトーク、司会などを、歌と踊りと同列のものとしてアイドルの営みに組み入れてしまったのである。


 もっとも、クレイジーキャッツやドリフターズといった先達を見ればわかるように、そもそも音楽と演芸は表裏一体の「芸能」だったわけだから、SMAPはある意味では先祖返りしていると見ることもできる。


 ともあれ矢野は、歌もダンスもトークもコントも同列にアイドルの営みとすることに成功したSMAPのカジュアルな存在のあり方を〈SMAP的身体〉と呼び、それによって彼らが勝ち取った、ジャニーズタレントという既成の枠を超える「自由と解放」を評価しているのである。


 『SMAP×SMAP』の謝罪会見に矢野が失望したのは、事務所の旧弊な体質に囚われた彼らの表情や振る舞いが、「自由と解放」をすっかり失い、〈SMAP的身体〉を損ねているようにしか見えなかったからだ。結局のところSMAPといえども、我々とさして変わらない、社会のシガラミの中で生きている個人個人であることを露見させてしまったからだ。


 そしてそれは、SMAPに留まらず、芸能というものの本質的な役割を損ねることにほかならない。


「社会的な関係性からほんのひととき自由になりたいからこそ、僕らは歌や踊りや芝居に触れようとするのではないか。だからこそ、自由と解放の気分をまとったSMAPを観たり聴いたりするのではないか。その、ほんの一瞬の解放感こそが、〈芸能〉的な真実ではないか」


 矢野がここで論じているのは、SMAPのことでありながら、SMAPを超えたもっと一般的な問題である。「SMAPは終わらない」というのは、たとえSMAPが解散しても、SMAPが切り拓いた〈SMAP的身体〉という新しい芸能のかたちは消え去ったりしないという、予言でありメッセージなのだ。


「もし希望があるとすれば、それでも芸能は社会を超えてくる、ということだ。あらゆる社会的な困難にあるときこそ、歌と踊りと笑いが必要とされる。芸能は最後の最後、社会を超えてくると信じている。(…)こんなことがあったからこそ、すでにSMAPの音楽を聴きたくなっている。この欲望自体に、社会に負けない芸能の強みがあらわれている」


・SMAPとクラブミュージック


 SMAPのカジュアルな存在感は、音楽の面ではクラブミュージックへの志向性に現れていたと矢野は指摘する。少年隊とSMAPという対比は、取りも直さずディスコとクラブの対比でもあった。


「ディスコ的価値観を見事に体現していた少年隊のギラギラした衣装と比べたとき、SMAPがドレスダウンしているのは明らかである。ジーンズ? ネルシャツ? あるいは、着ぐるみ? クラブ・ミュージックを歌っていたSMAPは、ジャニーズ的なドレスコードをことごとく規制緩和し、もっと自由に、解放的に振る舞っていた」


 80年代に興ったクラブカルチャーは90年代に浸透し、ディスコとは客層を異にする遊び場として定着していった。もっともジュリアナ東京がオープンするのはバブル崩壊後の91年で、ディスコからクラブへという移り変わりが90年前後にパタッと起こったわけではない点には注意が必要である。


 本書は3部構成になっている。第1章はここまで紹介してきた矢野による〈SMAP的身体〉論。第2章は、橋本徹と柳樂光隆を招いての鼎談(第3章は鼎談を踏まえてのSMAPディスクガイド)、第4章はアイドル評論家・中森明夫と矢野の対談だ。


 クラブミュージックとしてのSMAPは第2章で掘り下げられる。橋本徹は、ディスクガイド『サバービア・スイート』や一連の「フリー・ソウル」コンピレーションCDでクラブシーンを牽引した人物。柳樂光隆は『Jazz The New Chapter』でクラブミュージック以降のジャズの文脈を提示してみせて、日本のみならず海外のジャズシーンにまで影響を及ぼしている新進のジャズ評論家である。


 以前、若杉実『渋谷系』の書評で「渋谷系とはアシッドジャズ、DJカルチャーだった」という話が出たが、この章で目論まれているのは、「フリー・ソウル」をクラブカルチャーのハブにして、SMAPの音楽を、渋谷系に象徴される90年代音楽の文脈に位置づけし直すことだ。


 インパクトが大きくてもっともわかりやすい例は、「がんばりましょう」(94年)の元ネタが、ナイトフライトの「ユー・アー」(79年)だというものだろう。聴き比べれば「あ、これは引っ張ってますな」と誰もがうなずくに違いないくらいわかりやすい。95年に発売された『フリー・ソウル・アヴェニュー』の1曲目に収録されていて、ライナーで橋本はこういっている。


「オープニングはいきなりSMAPファン必聴のアーバン・ソウル(笑)。「がんばりましょう」のネタだね」


 ごく大雑把な言い方で済ませるけれど、これは渋谷系の手法とされたやり口にほど近い。黒っぽいサウンドへの志向があった点でも90年代のクラブカルチャーとシンクロしており、SMAP以前のジャニーズ音楽とは異質である。


 この鼎談では、クラブミュージックの流れと、SMAPの音楽性のアルバムごとの変化を対照し比較することで、彼らの同時代性と異質性が炙り出されていくことになるのだが、固有名詞やジャーゴンが遠慮会釈なく飛び交って(註は付けられている)、大変にハイブラウかつマニアックである。ここまで詳細にSMAPの音楽が語られたことは知るかぎりない。


 SMAPファンでここで話されている音楽に精通している人はそう多くないと思われるので、若干ミスマッチな印象はあるものの、音楽性を真摯に検討し90年代音楽の中に置き直してみせたのは大きな進展というべきだし、ファンの納得度と満足度もきっと高いだろう。


・戦後芸能界におけるジャニーズ事務所の異質さ


 第4章の中森明夫との対談は、戦後芸能界におけるジャニーズアイドルの位置付けと、ジャニーズ事務所の特異さと閉鎖性ーー批評の少なさもそこに由来するーーを巡ったものと要約できるか。


 戦後芸能界はGHQ占領下の米軍基地から発祥した。ジャニーズ事務所も例外ではないのだけれど、ひとつだけ異質な点があって、ジャニー喜多川は日系2世のアメリカ人なのである。ジャニーはJohnnyなのだ。


 戦後日本における「アメリカの影」という問題はいろいろな人にさまざまに語られてきたし、これからも語られていくはずだが、こと音楽や映画などの大衆文化は、アメリカの支配がダイレクトに影響した領域だった。


 戦勝国の文化が戦敗国に浸透し(「文化的侵略」と見る人もいる)、アメリカ文化を享受した(「洗脳」と見る人もいる)日本人が戦後芸能界をかたちづくっていったわけだが、ジャニーズ事務所は、アメリカ人がアメリカ人のまま、日本でショービズを立ち上げたという、考えてみれば奇妙な芸能組織なのである。この事実について中森はこういう。


「彼は「アメリカに影響を受けたプロデューサー」ではない。マッカーサーと一緒なんだよね。まだマッカーサーが日本にいて、男子アイドルに特化した文化行政を延々と続けてきたらどうなったか? それを実現しているわけでしょう?」


 この見方から、「いまだにジャニーさんというアメリカに占領されたままのジャニーズ」と、「アメリカが引き揚げたあと、彼らの残した文化を咀嚼した土壌の上に登場してきた女性アイドル」という対比が導かれる。


 この対比で問題にされているのは、ジャニーズと女性アイドル、どちらの文化にグローバル性があるかということだ。アメリカ人がアメリカ人の意識のまま作り上げたジャニーズアイドルのほうがグローバルに開かれていて、日本という閉じた場所でガラパゴス的な発展を遂げたAKB48を筆頭とする女性アイドルはドメスティックに一見、思えるけれど、果たしてそうなのか? という問いが立てられる。


 見立ては面白いのだけれど、最後は「アメリカでオタを増やして、アメリカに対してアイドル的な文化侵略を果たす」「世界アイドル最終戦争!」という与太話になってしまうのがちょっと残念な感じだ(それが中森得意の話術ではあるのだが)。


 さて最初に、この本は矢野利裕にとっての初の単著であると書いたが、矢野が執筆した部分は「はじめに」と第1章、第4章のディスクガイドだけで、全体の4分の1ほどにすぎない。残りの4分の3は鼎談と対談なのだ。正直なところ、この構成で矢野個人の単著と呼ぶのはきびしいものがある。


 ディスクガイドも8アルバムがピックアップされているのみでだいぶ物足りない。全アルバムやってほしいところだし、鼎談でSMAPの転機と言及されている『SMAP 004』が扱われていなかったりでセレクトにも疑問が残る。


「はじめに」は初出が当サイトで、具体的にはこの記事だ。


「SMAPは音楽で“社会のしがらみ”を越えるか? ジャニーズが貫徹すべき“芸能の本義”」


 これが話題を呼んだため、急遽、本書の企画が立ち上げられたのだろう。鼎談、対談が分量の大半を占めることになったのは、もっぱら時間的な制約からだろう。


 内容に関しては、第2章の鼎談がどうしてもメインに見え、第1章で問題にされていた〈SMAP的身体〉の、音楽の側面だけが肥大している印象を受ける。芸人的身体性がむしろ眼目だったはずなのに、こちらは鼎談、対談では追究されないので主題がぶれているように感じてしまうのである。


 という具合に、全体として見るとどうもチグハグで完成度が高いとは決して評価できない本ではあるのだが、じゃあ読む価値がないかと問われれば、それでも読むに値する内容を備えていると答える。理由は、ここまで読んだ方ならわかるだろう。(栗原裕一郎)