大手広告代理店、電通に勤務していた、当時24歳の女子社員が昨年末に自殺した事件が先日相次いで報じられた。原因は長時間の過重労働にあったとし、労災も認められた。
報道によると、亡くなったのは入社1年目の女性で、昨年4月に入社したものの、その年の10月頃から業務が大幅に増え、時間外労働は100時間を超えていたとされている。入社して間もない新人に割り振る仕事量ではなかったことは明々白々だ。(文:松本ミゾレ)
「悲しい事件だったね」で終わらせてはいけない
痛々しいのは、亡くなった女性のSNSアカウントから、自殺直前になって「死にたい」というメッセージが発信されていたことにある。現在このアカウントは非公開設定となっているが、数日前には誰もが目にすることができた。日々の残業に追い詰められる様子は、なんとも悲痛だ。
ここからが本題である。今回のこの労災認定というニュース、それに準じて注目されることとなった100時間超の残業を新入社員が押し付けられていたという事態。痛ましいことこの上ないのだが、一方でどこか「このケースだけを取り沙汰して終わるのではなく、もっと多くの事例を知りたい」という思いがある。
大きく話題になった理由はなんとなく察することはできる。東大卒で容姿にも恵まれた女性が、あの電通で長時間労働を強いられ、クリスマス前に自殺してしまった。しかもSNSにはその記録が細かく残っている。
しかし、そこだけに目を向けていて、「悲しい事件だったね」で終わらせていいのかどうか……。
「勤務問題」が原因での自殺者はこの20年で1.7倍以上
日本という国は、世界的に見ても自殺者が多い。内閣府によると、2015年の全国の自殺者数は、2万4025人だという。自殺の理由として、もっとも多いものは、健康問題で、次いで生活苦、それから家庭の問題などがトップ3となっている。そして、勤務問題は4番目で、人数でいうと2159人となっている。
過去のデータを見ると勤務問題を原因の一つとして自殺した人は、1995年では1217人だったので、この20年で1.7倍以上増えていることになる。世界中を見渡しても、日本ほど命を削って仕事を強いられている労働者が多い国もないだろう。
もちろん、今回の事件は非常に痛ましいし、電通もしかるべき批判を受けるべきだが、もはや一例だけをことさら取り上げて悲しむような状況は、とっくに過ぎ去ってしまっているのではないだろうか。
過重労働に追い詰められた被害者をこれ以上出さないという危機感がない国、日本
今の日本では、どうこう頑張っても、見返りはたかが知れている。それなのに寝食を削って労働を強いられるという状況は、人の心を壊すには十分だろう。
今回の電通の件は、注目を集める要素が多いこともあり話題になったが、過重労働に耐えかねて命を絶つ人の大多数は、もっと目立ちにくい存在だ。
そういった人々が、誰にも心配されず、存在も感知されず、人知れず苦悩した挙句に死を選んでいる。そのような現実が当たり前に存在しているのが恐ろしい。
企業はこのような事態が発覚すれば、判で押したように「問題解決に尽力する」とはいうが、本当にこの手の問題を解決する気をみせる企業なんて、実際どれだけあるのだろうか。長時間労働がもたらすメリットとデメリットを天秤にかけるとどうなるか。こんな当たり前のことが分からないはずがない。
多くの人が過労死の危険性を再認識し、過重労働で命を落とす人が少しでも減っていくことを願いたい。