トップへ

野田洋次郎がillionで掴み取った“個”の音楽ーー10月12日発売の注目新譜5選

2016年10月11日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

illion『P.Y.L』通常盤

 その週のリリース作品の中から、押さえておきたい新譜をご紹介する連載「本日、フラゲ日!」。10月12日リリースからは、 illion、 amazarashi、 SUEMITSU & THE SUEMITH、 高橋みなみ、 グッドモーニングアメリカをピックアップ。ライターの森朋之氏が、それぞれの特徴とともに、楽曲の聴きどころを解説します。(編集部)


(関連:RADWIMPSが『君の名は。』で発揮した、映画と音楽の領域を越えた作家性


■illion『P.Y.L』(AL)


 2016年の日本のエンターテインメントを象徴するコンテンツとなった映画『君の名は。』の音楽を手がけ、作曲家としての豊かな才能を改めて示した野田洋次郎(RADWIMPS)のソロユニット・illionの2ndアルバム。イギリス、ドイツ、フランスなど世界8カ国でリリースされた前作『UBU』(2013年)では生楽器を中心とした内省的なサウンドメイクを志向していたが、先行配信された「Water lily」を含む本作は、緻密かつ繊細に構築されたトラック、“穏やかな孤独”と形容すべきボーカルラインを軸にしたダンスミュージック的なアプローチが施されている。リスナーとの共感や共有を求めるのではなく、あくまでも“個”として鳴らされているような音像、即興的に紡ぎ出されたというリリックを含め、本作によって野田は(RADWIMPSとはまったく違う)illionとしてのアイデンティティをしっかりと掴み取ったのではないか。押しつけがましさはまったくなく、日常(特に深夜)を静かに彩るBGMとして機能している点も本作の特徴だろう。


■amazarashi『虚無病』(ミニAL)


 amazarashiの新作ミニアルバム『虚無病』は、“能動的な活動、コミュニケーションが出来なくなり、無気力、無感動な状態が続く感染症が蔓延しはじめた現代の日本”を舞台にした秋田ひろむの自作小説『虚無病』を中心に、映像、アートワーク、そして10月15日に幕張メッセ・イベントホールで開催されるワンマンライブ『amazarashi360°』(全国27カ所の映画館でライブビューイングも行われる)とリンクしたコンセプチュアルな作品となった。収録曲は、中島美嘉への提供曲「僕が死のうと思ったのは」のセルフカバー、幼少期の切なくも愛らしい思い出を優しく描いた「星々の葬列」、鋭利なバンドサウンド、重厚なストリングスが印象的なポエトリーリーディング作品「明日には大人になる君へ」、現代を生きる人間を“虚無の犠牲者”に見立てた表題曲「虚無病」、21世紀の社会における人の在り方を神話のように描いた一大抒情詩「メーデーメーデー」の5曲。常に時代と向き合い、人々の葛藤、悪意、絶望、偽悪、偽善ーーそして、どこかにあるはずの微かな希望ーーをリアルとファンタジーを交えて描いてきたamazarashiの、これはひとつの集大成と言える。そう、彼の表現の枠を超え、様々なフィールドを交えた総合芸術へと進化しつつあるのだと思う。


■SUEMITSU & THE SUEMITH『Bagatelle』(AL)


 木村カエラ「Butterfly」、坂本真綾「eternal return」などを手がけたことでも知られる音楽家・末光篤のソロプロジェクト“SUEMITSU & THE SUEMITH”からニューアルバム『Bagatelle』が届けられた。クラシックの素養とロック的な衝動を融合させーー叩きつけるようなピアノ演奏、洗練されたコード進行、緻密かつ個性的なサウンドメイクーー音楽ファンの支持を得ていたこのプロジェクトのじつに8年6カ月ぶりとなる本作には、ゲストボーカルに大橋トリオ、少女隊(!)、橋本絵莉子(チャットモンチー)、細美武士(the HIATUS、MONOEYES)、演奏陣に柏倉隆史(Dr)、田淵智也(Ba)、ミト(Ba)、アレンジャーとしてtofubeatsという現在のシーンを代表するミュージシャンが参加。高度な音楽理論に裏打ちされた、しかし、まったく難解なところのない、優れてポップな楽曲が堪能できる充実のアルバムに仕上がっている。もっとも心に残ったのは、アーティスト活動の再出発に対する決意を歌った「未完成」。作品の届け方、売り方ではなく、音楽の内容そのものをじっくりと語り合いたくなるような素晴らしい作品である。


■高橋みなみ『愛してもいいですか?』(AL)


 男友達に恋してしまった女の子の葛藤を描いた「カガミヨカガミ」(作詞・作曲/槇原敬之)、切なく、ロマンティックな恋心をノスタルジックに歌い上げた「愛しくて恋しすぎて」(作詞・作曲/高見沢俊彦)、OKAMOTO’Sとのコラボレーションによるロック歌謡「夢売る少女じゃいられない」(←タイトル上手い!)、シンプルな言葉に人生の普遍を刻み込んだフォークロックナンバー「笑顔」(作詞・作曲/真島昌利)、さらに岸谷香、前山田健一、来生えつこ・来生たかおといった豪華な作家陣が参加した1stソロアルバム。AKB48の絶頂期を支え、強烈なリーダーシップと愛すべき人懐っこさを不思議なバランスで共存させてきた高橋みなみの存在は、ジャンル・キャリア・年齢に関係なく、あらゆる人を惹きつける魅力を持っているーーこのアルバムを聴いて最初に感じたのは、そのことだった。彼女のキャラクターをさまざまな角度から描いた楽曲も聴き応え十分。実像と偶像をリスナーに想像させるプロダクションは、まさにアイドルポップスの王道だ。


■グッドモーニングアメリカ『ノーファング』(SG)


 キャラクターデザインを貞本義行(『新世紀エヴァンゲリオン』『サマーウォーズ』)、ストーリーを鈴木理香(『アナザーコード』『ウィッシュルーム』)が手がけたことで話題を集めているスマートフォン用サスペンスRPG『Black Rose Suspects』のメインテーマ曲「ノーファング」、オープニングテーマ曲「クラスター」を収録したニューシングル。表題曲「ノーファング」は<牙などない僕はこの手で/生きる事に獅噛み付いてる>というフレーズから始まるロックナンバー。重厚な手触りとヒリヒリとした疾走感を併せ持ったバンドサウンド、“絶望も希望もないが死ぬのは怖い”という心理状態と生々しくリンクしたメロディラインがひとつになったこの曲は、現代社会のシリアスな病巣とロックミュージックの突破力、爆発力を同時に表現したという意味において、グッドモーニングアメリカの新機軸と言えるだろう。(まるで映画の劇伴のような)スリリングなストリングスから始まる「クラスター」も新鮮。このシングルがグドモの新たなブースターになることを願う。(森朋之)