2016年10月10日 09:11 弁護士ドットコム
安楽死が合法化されているベルギーで、初めて未成年の安楽死が実施されたことが9月中旬に報じられた。
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海外メディアの報道によると、死期が間もない末期の患者だったとされているが、年齢や性別などの詳細は明らかになっていない。
ベルギーでは2002年に本人の同意を前提に成人の安楽死が法制度化され、2014年に年齢制限がなくなり、未成年者でも安楽死の処置が受けられるようになった。
日本でも、刑事裁判などで安楽死の違法性が争われたことがあるが、どのように考えられているのか。制度化の可能性はあるのか。櫻町直樹弁護士に聞いた。
「安楽死」とは、一般に「末期癌等の回復が見込めない病(とそれに伴う非常な痛み)に苦しむ人に対し、薬物を注入すること等によって死に至らしめること」というように理解されていると思います。
たとえば、一般社団法人日本尊厳死協会のウェブサイトでは、「安楽死は、医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早めること」とされています。
「尊厳死」という言葉もありますが、こちらは、回復が見込めない病にある人が、単に死期を遅らせる意味しかない延命措置を拒否して死を迎えることをいい、死の結果を発生させる行為を伴う安楽死とは区別されます(ただし、ケースによっては明確な区別が難しいものもあり得ると思います)。
現時点の日本においては、ベルギーのような安楽死を認める法律はないので、回復の見込みがない病気にかかった人を死なせる行為は、故意に人を死に至らしめたとして、刑法上の「殺人罪」または「嘱託(同意)殺人罪」の成否が問題となります。
ただし、これまでの裁判例においては、殺人罪等の構成要件に該当する場合であっても、一定の要件を満たした場合には「安楽死」にあたるものとして違法性が阻却され、罪が成立しないというルールが示されています。著名な裁判例を2つ紹介します。
まず、名古屋高等裁判所昭和37年12月22日判決は、脳溢血で倒れ激痛に苦しむ父親に、殺虫剤を混ぜた牛乳を飲ませて死亡させた息子が、尊属殺人罪(現在は廃止)に問われたというケースです。
裁判所は、違法性を阻却するための理由として、安楽死と認められるためには「つぎのような厳しい要件のもとにのみ、これを是認しうるにとどまるであろう」として、以下のような6つ要件を挙げました。
(1) 現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、死が目前に迫っていること(2) 病者の苦痛がはなはだしく、誰が見ても忍びない程度であること(3) もっぱら病者の苦痛の緩和が目的でされたこと(4) 病者の意識が明瞭で意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託または承諾のあること(5) 医師の手によることが原則。そうでない場合はやむをえない特別な事情があること(6) その方法が倫理的にも妥当であること
もう一つの有名な裁判例が、横浜地方裁判所平成7年3月28日判決(いわゆる「東海大学安楽死事件」)です。これは、多発性骨髄腫という難病に苦しむ患者に、心停止を引き起こす作用のある塩化カリウムを注射して死亡させた医師が殺人罪に問われたというケースです。
裁判所は、一定の要件を満たす場合には「安楽死」として許容される(つまり、殺人ではあるが違法ではない)場合があると述べました。そして、医師の行為であることを前提として、次のような要件を示しました。
(1) 患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること(2) 患者は死が避けられず、その死期が迫っていること(3) 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がないこと(4) 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること
このように、裁判実務においては、一定の要件を満たす場合には違法性が阻却される「安楽死」として許容されることがあることが示されています(ただし、上で挙げた2つの裁判例では「安楽死」とは認められませんでした)。
一方、「法律の整備」という面ではなかなか難しいように思います。
たとえば、2011年に発足した超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」(2016年現在は「終末期における本人意思の尊重を考える議員連盟」)は、2012年に「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」という法律案を公表しています。第1案と第2案、ふたつの案があります
この法律案の第2案では、延命措置を講じずに死を迎えるという「尊厳死」が対象となっており、薬物を注入する等して死に至らしめる「安楽死」は対象外となっています。
しかし、日本弁護士連合会は、この法律案について「『尊厳死』の法制化の制度設計に先立って実施されるべき制度整備が全くなされていない現状において提案されたもの」「国民的議論が尽くされることが必須」などとして、法律制定に反対を表明しています。
このほか、障害者支援団体、難病患者支援団体などからも、尊厳死を合法化することに対して反対の意見が表明されています。
このように、延命措置を講じないという、いわば「消極的」な形での死を迎える尊厳死の合法化についても反対があるところ、安楽死は外形的には「殺人」に該当する行為を許容する訳ですから、さらに強い反対が予想されるところです。
また、安楽死を認めるとしても、どのような要件において安楽死を認めるべきか、立法技術論としても難しい問題を含んでいます。
たとえば、さきほど例にあげた法律案では、延命措置の中止・不開始が免責される要件のひとつとして、患者が「終末期に係る判定」を受けたこと(法律案7条)と規定されています。そして、「終末期」とは「患者が、傷病について行い得る全ての適切な医療上の措置」を受けた場合であっても、「回復の可能性がなく、かつ、死期が間近であると判定された状態にある期間」とされています(法律案5条1項)。
しかし、この規定にある「死期が間近」というのは、具体的にどの程度の期間であれば「間近」といえるのか、曖昧であると言わざるを得ません。
また、やはり先ほどあげた裁判例で述べられている「本人の真摯な嘱託又は承諾」や「生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示」、法律案にいう「患者が延命措置の中止等を希望する旨の意思を書面その他の厚生労働省令で定める方法により表示している場合」(法律案7条)についても、「自己決定権の尊重」とみることもできますが、一方で、合法化によって「死を選択せよという圧力」が生じ、自己決定が歪められるという懸念はないでしょうか。
さらに、患者がそのような意思表示をすることができない状態にあった場合には、どのように対応すればよいでしょうか。仮に「家族の承諾」を条件とした場合には、本人による意思表示の場合以上に、経済的負担、心理的負担、周囲からの圧力等によって判断が歪められてしまう危険はないでしょうか。
以上みてきたとおり、安楽死の合法化はきわめて難しい問題を含むものであり、月並みではありますが、慎重な議論が必要であるといえます。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
櫻町 直樹(さくらまち・なおき)弁護士
石川県金沢市出身。企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がける。力を入れている分野は、ネット上の紛争解決(誹謗中傷、プライバシーを侵害する記事の削除、投稿者の特定)。
事務所名:パロス法律事務所
事務所URL:http://www.pharos-law.com/