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宇多田ヒカル、F・オーシャンらと共演 ラッパーKOHHがいま世界で注目される理由とは

2016年10月09日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

KOHH『DIRT II』

 宇多田ヒカルが8年ぶりにリリースしたオリジナル・アルバム『Fantôme』に参加した日本人ラッパー、KOHH。彼がほぼ同時期に参加したほかのアーティストのアルバムが、アメリカのR&Bシンガーでありグラミー・ウィナーでもあるフランク・オーシャンのアルバム『blonde』であることは、すでに本サイトでも柴 那典氏が述べている通り(参考:宇多田ヒカル『Fantôme』、国内外で大反響ーーグローバルな音楽シーンとの“同時代性”を読む)。『Fantôme』が全米iTunesチャート20位にランクインした際、 同チャートの13位にランクインしていたのが、フランクの『blonde』だった。アメリカ音楽シーンのトレンドを形成する2作に参加している日本人アーティストなんて、後にも先にもKOHHくらいではなかろうか。


 東京都北区王子。これはKOHHが生まれてから今も住んでいる場所であり、間違いなく彼のルーツと言える場所だ。彼の楽曲におけるフッド(地元)の描写や、昔からツルんできた仲間たちなど、地元に宿る“イズム”は「結局地元」や「Tokyo」などに顕著であり、いかに「王子」という地元が彼の活動にも大きく影響しているかが読み取れる(ちなみに彼は北区のシンボル・マークのタトゥーを自らの身体に彫っている)。


 これまでに幾度となくインタビューで語られていることではあるが、彼は北区王子の団地で育ち、母親は薬物中毒、そして異父兄弟の弟、LIL KOHHがいる。LIL KOHHもまた、まだ中学生ながらラッパーとしてのキャリアを持ち、もともとはLIL KOHHが小学生の時に発表したシングル曲「Young Forever」が、KOHH、そしてLIL KOHHが注目を浴びるきっかけの一つでもあった。そして、KOHHは幼い頃に実父を亡くしている。彼がよくシャウトしている「T20(ティートゥエンティー)」というフレーズは、実父の名前「達雄(タツオ)」に由来しているもの。KOHHの家族に対する思いやバックグラウンドに関しては、「FAMILY」、そして般若との共演作「家族」に詳しい。


 また、彼の初期からのキャリアを彩るトピックの一つといえば、異性の話題だろう。2012年3月にYouTube上にて発表された、Mony Horseとの「We Good」や、VITOが発表した「I Need Her (REMIX) feat. Cherry Brown, NIPPS, KOHH」ではあからさまな描写を臆することなくクールにラップする様子が受けて、これまでの日本人ラッパーとの違いを見せつけた。その後も「ビッチのカバンは重い」やDJ SOULJAH&MARIA (SIMI LAB)との「aaight」などで、キワドいパンチラインを多く生んできたこともよく知られている。


 ラッパー・KOHHの魅力は、何と言ってもカリスマ性溢れるそのアティチュードだ。“適当に生きる”ことを堂々と歌った「JUNJI TAKADA」や、<結局見た目よりも中身>と、フェイクな野郎どもに強烈な釘を刺した「Fuck Swag」など、KOHHの美学は一貫してその研ぎ澄まされたリリックに表れてきた。加えて、アルバム『DIRT』の制作を開始した頃から彼に新たなインスピレーションを与えたのが、ロック・ミュージシャンの存在。当時、筆者が行ったインタビューでは、ザ・ブルーハーツの楽曲をきっかけにして、尾崎豊やカート・コバーンやシド・ヴィシャスといったアーティストの楽曲に触れていったと語ってくれた。ブルーハーツは抜きにして、彼らに共通しているのは若くしてその生涯を終えた点だろう。『DIRT II』に収録された「Die young」では、カート・コバーンほか、バスキアやジミ・ヘンドリックスらの名を引き合いに出して<死んでもいいけど死にやしない 殺せるもんなら今殺せ>と刹那的で挑発的なフレーズを叩きつける(一方で「I Am Not a Rockstar」という、ある種、逆説的な楽曲も)。


 さらに、同アルバムに収録された「Born to Die」は<地獄まで財布は持っていけない 天国にも財布を持っていけない We born to die>と、死に対しての潔さも見せ、宇多田ヒカルとの共演作「忘却」で宇多田が歌う<いつか死ぬ時 手ぶらがbest>というリリックとの相似点を見つけることもできる。


 フランク・オーシャンとの共演作「Nikes」に先駆けて、すでにワールドワイドな活動を行ってきたKOHH。『DIRT II』ではアメリカやフランス、韓国、ジャマイカなどの世界各国のアーティストとコラボを果たしているが、それよりも先に彼の名を世界に知らしめたのは、韓国の新鋭MC、キース・エイプが2015年に発表した「it G Ma」の存在だろう。同じ日本からLOOTA、そして韓国のオケイジャンとジェイ・オールデイらが参加した「It G Ma」はネットを中心に瞬く間にヒットを記録し、今やYouTubeでのMV再生回数は約3000万回に届く勢いだ。KOHHのシンプルな言葉選びと、感情的で抑揚の効いたフロウが言語や国の壁を超えてヒップホップ・リスナーに届いたという証拠ではないだろうか。


 今年に入ってからも、KOHHはUKのグライム・シーンを牽引してきたスケプタが東京で開いたパーティーや、フランスのファッション・ウィーク、そしてNYのSoHoで行われたUNIQLO USAの10周年イベントなど、世界中のリマーカブルな場所へ招かれてきた。日本人のラッパーとして、間違いなく最先端の動きを見せているKOHHの様子を見ていると、宇多田ヒカルやフランク・オーシャンまでもが彼の才能を認めることにも納得がいくような気がする。


 今年の夏、『FUJI ROCK FESTIVAL '16』への出演を果たしたKOHH。今年の12月には地元・北区王子の北とぴあ さくらホールでの凱旋ワンマン・ライブも控えている。今後、いかに“Living Legend”としてさらなる成長を見せてくれるのか、非常に楽しみだ。(文=渡辺志保)