トップへ

Hi-STANDARDの“告知なし新作リリース”はなぜ事件か? 石井恵梨子による緊急寄稿

2016年10月09日 13:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『ANOTHER STARTING LINE』

 10月4日。なんの告知もないまま、Hi-STANDARDのシングル『ANOTHER STARTING LINE』が店頭に並んでいた。


 正午を過ぎるタイミングから、次々とファンがSNSにアップするCDショップの写真。そこには青空のジャケがずらりと並び「おかえりハイスタ! 16年ぶり!」と興奮を隠し切れないPOPが写っている。半信半疑ながら慌てて店に駆け込む人々の声と、レジ前に長蛇の列があると知らせる報告の数々。「本当にハイスタの新譜が出ているぞ!」という話題は巨大なうねりとなり、この日、結果的に約5万人以上の足をCDショップに運ばせている(4日のデイリーシングルチャートは48,552枚)。5万人以上と断言できるのは、「すでに在庫切れ、何軒ハシゴしても見つからない!」との報告を多く見かけたからだ。


 「やばい知らんかった」とツイートすると、何人かの友人から返信が来た。「え、まさかアナタにも内緒だったの?」「ぶっちゃけ傷ついたでしょw」と。


 先に自己紹介しておくと、私は1997年から執筆を始めた音楽ライターで、メインはずっとパンク/ラウドシーン。長い付き合いで理解があるからと、Ken Yokoyama作品ではオフィシャル・ライターを務めさせてもらっている。PIZZA OF DEATH所属のバンドと関わることも多いし、レーベル関連の話であれば、だいたい先に情報を教えてもらい仕事で関わるのが現状だ。


 それでも、強がりではなくこう思った。「ハイスタらしいな。格好いいな」。何ひとつ傷つかなかったし、むしろ清々しい爽快感が増すばかり。なぜならメディアなんかに頼らないのが私の知っているHi-STANDARDだったから。ライブハウスのキッズだった頃も、雑誌メディアに片足突っ込み始めた学生の頃も、ライターとして自立したハタチ以降も、3人はずっと「メディアじゃなく、現場の口コミを信じる」スタンスを貫いた。2016年の今も、そこにまったくブレはない。


 Hi-STANDARDは常にDIYのバンドだった、とは今も語られる話である。ただし、自分たちでやる、のみならず、時代の流れの逆を選ぶ、という意味では常に反逆のバンドでもあった。彼らが活躍した90年代後半はCDバブル全盛期。TK(小室哲哉&小林武史)、初代V系などがタイアップを賑わせていたが、それらの華やかなメディアに背を向け、全国各地のライブハウスを回り続けることで支持層を増やしてきたのがハイスタだ。テレビの世界にはない等身大のリアリティ。鳴っているのはごくシンプルなパンクロック。「俺でもできる!」と思ったティーンエイジャーは星の数だが、実際の彼らは「普通のままで、どこまで普通じゃないことができるか」に心を砕いていたのだと思う。明るい歌詞、普段着のファッションなども、じつは「パンクはアングラで怖いもの」という昔の概念への反逆であった。


 トイズファクトリーに所属しながら、アメリカの名門パンクレーベルFat Wreck Chordsと契約すること。日本全国を回るのと同じように、軽々とアメリカやヨーロッパ全土のツアーを成功させること。いよいよセールスが伸びてきた時期に進んでメジャーを離れ、自分たちの手でレーベルを発足させたこと。すべてが前例のない話であり、結果的に自主で出したアルバム『MAKING THE ROAD』がミリオンを記録したことも、おそろしく痛快な出来事だった。その集大成が、業界のオトナを排して仲間たちだけで開催した千葉マリンスタジアムでのAIR JAM2000。それを支えた3万人のキッズにも「俺たちもこのシーンの仲間である」というプライドがあったはずである。


 もうおわかりだろうか。つまりハイスタとは、「DIY」と「反逆」と「痛快」が全部セットになっていた唯一無二の存在だった。


 どれかひとつだけで時代は動かない。そしてまた、一度時代が動いてしまい、レコード会社がアーティストの自主性を尊重するようになった今、後続のバンドがいくら真面目に頑張ってもハイスタ以上の事件性は起こり得ない。ずっとそう思っていた。


 その事件が遂に起こった。起こしたのはハイスタである。『ANOTHER STARTING LINE』はノープロモーション、事前告知一切なしで発売されたが、同じような形でシングルが出ることは昔にもあった。ただ、当時と変わらぬ手法だとは思わない。これは音楽業界の様相が大きく変わった2016年仕様のサプライズ。深刻な音楽不況が続き、リアルな店舗より配信が便利とされる時代だからこそ、「CDショップを大切にしてほしい、CDショップに足を運んでほしい」という3人のメッセージがより強烈に感じられる。レジに並ぶ時のワクワク、シュリンクを開ける時のドキドキ、プレイボタンを押す時の興奮。すべてが今の時代には鮮烈だ。


 東日本大震災の時も、AIR JAM2011の開催を決めた時もツイッターを使っていた彼らは、SNSの拡散力を「現場の口コミ」と考えていたフシがある。現在の常識だ。どのバンドも、どんなメディアもまずはSNSを大事にするだろう。だが今回、彼らはその可能性すら放棄した。再始動はそれだけで皆に大歓迎されるが、真価を問われるのは復活後の新曲だ。一大勝負。その時に、Hi-STANDARDは必ず時代の逆を選ぶ。


 絶対の箝口令。黙秘を貫いた者たち(ショップ店長、レーベルスタッフ、MV制作に関わった映像関係者など、考えてみれば相当数がいるはず)は、仕事だから、というよりも、ワクワクする気持ちで「自分たちだけでやり遂げるのだ」と考えていたのだと思う。AIR JAM2000の出演者と同じように。そして、3万人のキッズが当時の千葉マリンに足を運んだように、5万人以上の元キッズが現在のCDショップに駆け込んだ。今でも自分はハイスタの「仲間」であり、彼らの声を聞く「当事者」であると証明するために。「DIY」と「反逆」と「痛快」とが見事セットになった、あまりにHi-STANDARDらしい事件。インディペンデントとは自分の手で地道にやることだと教わってきた若手たちは、今あらためて「DIYの意味」を考えざるを得なくなるはずだ。
 
 10月4日、フラゲ日に5万枚近くを売り上げた『ANOTHER STARTING LINE』は、発売日の5日には星野源を抜いてデイリーチャート1位を記録。翌6日も2位とは一万枚以上の差をつけて18,237枚を売り上げている。週間チャート1位は間違いないし、近日中に10万枚セールスに届くのだろう。ジャケットを見ればよくわかる。ハイスタが作った道、一度は途切れたと思えたあの道は、その先へと続いている。(文=石井恵梨子)