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Hi-STANDARD、突如リリースの新作はどう広まった? “フラゲ日”以降の盛り上がりを追う

2016年10月08日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

Hi-STANDARD

 Hi-STANDARDが実に16年ぶりとなるシングル『ANOTHER STARTING LINE』を10月5日、一切の事前告知なしでリリースした。このテキストを読んでいる人なら、彼らがどういった経緯で、どういう思いを込めてこの新作をドロップしたか重々承知だろう。ここで改めて、本作が店頭に並ぶまでの流れを説明したいと思う。


 2011年9月に横浜スタジアムで開催の『AIR JAM 2011』に向けて、2000年以来11年ぶりに活動再開を果たしたHi-STANDARD。彼らはその後、翌年9月にも東北で『AIR JAM 2012』を2日間にわたり実施し、大成功を収めた。しかし2013年は『AIR JAM 2012』でのライブ映像を収めたDVDを発売した以外は表立った活動はなく、2014年に関してはメディアへの露出含めて一切の動きはなかった(ように見えた。このへんについては後述する)。だが、2015年11~12月には突如、BRAHMAN主催イベント『尽未来際 ~尽未来祭~』、ハイスタの作品を海外で配給するFat Wreck Chordsの25周年記念イベント『FAT WRECKED FOR 25 YEARS』、札幌の老舗イベント『POWER STOCK 2015 in ZEPP SAPPORO』とライブを3本実施。改めてバンドとしての底力と、若手バンドには負けてられないという勢いを見せつけることとなった。


 実は彼ら、2011年の活動再開以降は定期的にスタジオに入り、リハーサルをくり返しながらバンドとして“再生”に向かっていた。メンバーの話によると、スタジオに入っても演奏することなく、ただ3人で数時間雑談を続けることもあったそうだが、それすらも10年以上もの“ハイスタとしての止まった時間”をスムーズに動かすためには必要だったのだ。そんな“バンドとして当たり前の時間”を過ごす中、当然のように新曲制作にも取り掛かり始める。しかし当初はそれすらもなかなかうまくいかず、結局本格的に制作に取り掛かったのは、昨年の3本のライブを終えてからだった。


 今回のシングル『ANOTHER STARTING LINE』に収録された新曲4曲、そして12月7日にリリースされるカバーシングル『Vintage & New, Gift Shits』収録の新録カバー2曲は都内のRed Bull Studioにて、アメリカからライアン・グリーン(アルバム『GROWING UP』および『ANGRY FIST』のプロデューサー)を招いて制作。従来の“ハイスタらしさ”を保ちつつも、この16年間に培った3人の音楽的センスや技術が存分に反映された、“今のHi-STANDARD”を高らかに宣言するかのような作品に仕上がった。


 と同時に、ハイスタの3人はこの16年ぶりの新作のリリース方法に関しても「今しかできない、面白い手段」を考える。それが、事前にリリース情報をメディアやCDショップに一切出さず、店着日となる10月4日にCDが店頭に並ぶタイミングにファンが知るーーしかも発売開始から3週間は店舗限定販売のみ、という今回の動きだった。ハイスタは過去にも限定7インチシングルを店舗限定でリリースした経験があるが、それを実施した90年代後半と2016年とでは状況が異なる。当時はインターネットも一般に普及しているとは言い難かったし、Amazonなどのネット通販も日本ではサービスインしていなかった。情報入手といえばCDショップ店頭や音楽誌がメインだった時代と、すべてがインターネットを通じて済ませてしまえる現代とでは比べようもない。しかし、横山健は「今は時代が違うから通用しないというのもわかるんですけど、これだけ便利になった世の中でどこまで面白みとして発揮できるのかなというのが狙い。僕たちの遊び心としか言えないですね」、難波章浩も「音って物質として手に取ることはできないじゃないですか。特に今回の作品は手に取ってもらいたいという思いが強いから、こういうやり方になったのかな」とその経緯を説明している。


 さて、改めて“フラゲ日”となった10月4日(火)以降の動きを、当日朝から振り返ってみよう。最初の一報は11時過ぎ、Twitterを通じて届けられた。「ハイスタの新作!?」「マジで!? マジで!!」「ちょっ! ホントだ!」など驚きの声が次々に挙がるのを目にしたロックファンは、その真偽を確かめようと自らCDショップに足を運ぶ。そしてショップ内に陳列されたCDを目にし、実物を手にして、これが真実であることを改めて実感した。私もこの日は朝からTwitterで「ハイスタ」「ハイスタ 新作」で検索して、その生の声1つひとつを拾い上げていた。そして午後になると渋谷へと繰り出し、その状況をこの目で確かめていった。


 渋谷へと向かう電車の中でも、Twitterで情報を拾うのは忘れない。ここで「渋谷タワレコ、ハイスタもう売り切れ!」というツイートを目にして動揺もしたが、これが一時的なものでその後店頭に補充されたことも実際にこの目で確認した。


 タワーレコード渋谷店では、1F入口近くにハイスタコーナーが展開されていた。設置されたモニターには「ANOTHER STARTING LINE」のMVが映し出され、その周りには「ハイスタ!!!新曲!!!」「大歓喜!!!」「まさか本当にこんな日が来るなんて!!!」「おかえり!僕らのパンクヒーロー!!!」と手書きのポップが貼り付けられている。この、夢とも現実とも判断つかないような(いや、現実なのだが)夢のような光景を、ショップに集まった幅広い年代のファン……ただボーッとその光景を見つめるだけの者もいれば、待ちきれずに試聴機で新曲を聴く者、携帯で興奮気味にその事実を伝える者、嬉しそうな笑顔で写メを撮る者など……彼ら、彼女らはみな、思い思いのアクションの後に、CDを手に取りレジへと向かっていく。このレジ列は時間帯によっては長蛇の列となり、並ぶお客の手にはハイスタのCDが握られていた。


 この光景は、何も渋谷タワレコだけのものではない。同じ渋谷に店を構えるSHIBUYA TSUTAYAでも同じような景色を目にすることができたし、タワーレコード新宿店でも店頭で写メを撮る者やレジ前の行列は確認できた。特に学校や仕事を終えたファンが店頭にたどり着いた夕方以降はレジ列もより長くなり、世間一般で言われるCD不況は嘘なんじゃないか?と思えるほどだった。


 午後になるとさまざまな音楽ニュースサイトも、この情報を伝えようと店頭やネット上での情報を元に記事を配信。各メディアにもレーベルからの新作情報は一切届いていなかったため、彼らはメンバーの意図を知らぬまま現場等の事実のみを伝えるに止まった。


 この“口コミ”の広まりは、一般のロックファンのみならず、ハイスタに憧れたミュージシャンたちにも広まっていく。Twitterでは自身のハイスタに対する思いやハイスタとの出会いなどが熱く語られると同時に、今回のリリース方法に関して「今のハイスタにしかできない手法!」と絶賛の声が寄せられた。


 そして正式な発売日である10月5日(水)正午、バンドサイドおよびPIZZA OF DEATH RECORDSから今回のリリースに関する情報が公開。と同時に、12月7日のカバーシングル発売、東北3県+新潟を回るショートツアー『GOOD JOB! RYAN TOUR 2016』の開催も解禁された。一晩のうちに収まると思っていたハイスタ熱は、ここからさらに加速。すでに一部店舗では品切れも続出するなど、その盛り上がりは我々の想像を超えるものとなった。さらに10月6日(木)には朝のワイドショーや『NEWS ZERO』(日本テレビ系)などのニュース番組でもこの熱狂ぶりが伝えられた。


 さて、こうした「事前告知なし、店頭販売のみ」というハードルを課した16年ぶりのシングルはどれだけ浸透したのかというと、10月4日付オリコンデイリーランキングでは約4万7000枚を売り上げ、初登場2位を記録。続く10月5日付ランキングでは約2万7000枚を売り、ついにチャート1位まで上り詰めた。PIZZA OF DEATH RECORDSによると、スタッフが悲鳴を上げるぐらいの反響になっているとのこと。相当数のバックオーダーが来ているようだ。ネット通販が解禁となる10月26日までには、事前告知なしの販売のケースとしては異例の数字を打ち出すのではないかと予想される。


 メンバーによる「新たな遊び心」は多くのファンに理解され、ハイスタの新作は新たな形の“口コミ”により広まり始めている。1999年に「新たな道を作った(=『MAKING THE ROAD』)」ハイスタが、2016年に「新たなスタートライン(=『ANOTHER STARTING LINE』)」に立った。その10数年の間にメンバーの3人が経験したことが、今回のCDには存分に反映されている。難波は自身のサイトで「この道の先を見てみたい」とつづったが、きっとCDジャケットに描かれた道の先には、メンバーも、そして我々リスナーもまだ見たことのない世界が広がっていることだろう。Hi-STANDARDの新たな快進撃は、まだまだ始まったばかり。ここからが本番だ。90年代に彼らによって人生を変えられた者、そしてリアルタイムでハイスタを知らなかった若年層も、ここから先の物語から目を離さないでほしい。(文=西廣智一)