トップへ

上野樹里、“20歳差の恋愛”を成立させた眼差し 『お父さんと伊藤さん』が描く新たな家族のカタチ

2016年10月08日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)中澤日菜子・講談社/2016映画「お父さんと伊藤さん」製作委員会

 上野樹里演じる彩の眼差しに釘付けになる映画だ。彼女は、いつも射抜くような、もしくは戸惑いの視線で、彼らを見つめる。彼女にとって謎多き男たちである2人、お父さんと伊藤さんを。また、少し頼りないが仲のいい兄を。


参考:深田恭子、綾瀬はるか、上野樹里……アラサー女優が輝き続ける「条件」


 ヒロイン・彩は、本屋でバイトしている34歳だ。前のバイト先で知り合った54歳の彼・伊藤さんと同棲し、穏やかな日々を送っていた。そんな中、それまで兄夫婦と同居していた父親が、どうにも居心地が悪くなり彩の家に押しかけてくる。頑固な元教師で、語尾に「~なのかな?」をつけて追求し続けてくるお父さんは確かにちょっと面倒くさい。だが、どうにも憎めない可愛らしさを感じるのは、キャラクターの面白さだけでなく、演じるのが渋さと愛嬌、色気と凄みが入り混じった藤竜也だからだろう。


 日頃本屋で働いている24歳としてはどうも他人事とは思えなかった。大きく歳の離れた男性に憧れたこともある。ろくな恋愛ではなかった。青春を持て余した20代と脂が乗りきった40代が一緒にいると、ろくでもない方向に突っ走ってしまう。だからこそ、どうも歳の差幸せ同棲生活に違和を感じてしまうのだが、30代と50代だからこそ、実際はどうかわからないが、共に食事をし、縁側で話し合い、布団を2つ並べて眠るという穏やかな関係が成立するのかもしれない。


 その彩と伊藤さんの心地のよい関係に強い説得力を持たせているのが、リリー・フランキーだ。ただ穏やかなだけでなく色気があり、包容力がある。彩に尾行のテクニックを教えたり、行方不明の父親の居所を簡単に見つけてきたりすることから垣間見える謎めいた過去を持ち、不器用そうにみえて人のあしらい方に長けていたりするズルさも持ち合わせている。


 そんな3人のぎこちなく始まった共同生活。彼らの関係性の変化や細やかな心情の変化が、食卓で座る位置や庭の野菜、食事をする仕草を通して伝わってくる。特に伊藤さんは、衝突しあう家族の間で常にほどよい場所に位置し、きちんと向き合おうとしない家族の上辺だけの均衡を保っている。そして時には彼らを突き放すことで家族がきちんと向き合うことを促すのだ。


 私は最初、伊藤さんというスーパーマンのような他者を間に挟むことで、父親と娘が綻んでいた家族の絆を修復する話だと思っていた。だが、この映画は修復というより、相手の過去やだめなところを受け入れ、共に生きる決意をするための物語なのだと感じる。


 彩が伊藤さんの過去を詮索しようとしないのも、彩と兄が、お父さんの秘密が隠されている謎の箱の中身が気になって何度も開けようと試みるがやめてしまうのも、知ったら自分の信じていたものが壊れてしまうのではないか、自分には受け止めることのできないものが隠されているのではないかという不安の表れである。


 近年のタナダユキ監督作品は、家族をテーマにしたものが多い。


 『ロマンス』は長い間会っていない奔放な母親を探す話だった。大島優子演じるヒロインは、両親が離婚する前の幸せだった過去の足跡を追い、自分自身を見つめ直すと共に、母親の気持ちを少しだけ理解する。


 『四十九日のレシピ』は育ての母親の死をきっかけに、自分と同じように子どもを産まなかった義母の人生がなんだったのかを探す話である。それによって永作博美演じるヒロインは自分の人生と向き合い、夫や父親、そして死んだ義母と向き合うことができる。


 20代の大島優子は自分の起源を探し、30代の上野樹里は親との同居と自身のライフスタイルの確立に迷い、40代の永作博美は出産と夫婦関係で悩んでいる。歳を重ねるごとに愛するものと守らなければならないものは増え、選択しなければならないことも増えていく。問題に突き当たるたび、彼女たちのアイデンティティは揺れる。


 それは、私自身もいずれ通っていく道なのだろう。『ロマンス』のラストシーンで大島優子が、仕事中に偶然出くわした母親と笑顔で向き合うように。『49日のレシピ』で、永作博美が夫を受け入れ、彼の車の助手席に座って微笑むように。上野樹里もまた、父親を受け入れ、ちゃんと向き合おうと走るのである。


 最後、伊藤さんの傍から彩がだんだん遠ざかっていく姿を映す伊藤さんの主観ショットと、彩の傍からお父さんが遠ざかっていく姿を映す彩の主観ショットが交互に示される。それぞれが心のどこかで依存していた相手から離れ、自立しようとしていることを表している。それは、決して別離ではなく、新しい家族の関係性を再構築するためのそれぞれの自立なのだ。(文=藤原奈緒)