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星野源が語る“イエローミュージック”の新展開「自分が突き動かされる曲をつくりたい」

2016年10月07日 20:01  リアルサウンド

リアルサウンド

星野源

 星野源が9thシングル『恋』を10月5日にリリースした。昨年12月2日にリリースされ、大ヒットを記録した4thアルバム『YELLOW DANCER』以来となる待望のニューシングルだ。
 今回のインタビューでは、その『YELLOW DANCER』で打ち立てた“イエローミュージック”のコンセプトから音楽への取り組み方、今作に与えた影響など『恋』収録曲について星野源の現在の考えが詳細に語られている。聞き手は音楽ジャーナリストの高橋芳朗氏。(編集部)


・「自分の感覚に自信をもてるようになった」


――『YELLOW DANCER』のリリースから約10ヶ月が経過しました。『YELLOW DANCER』は星野さんのキャリア的にも日本の音楽シーン的にもエポックメイキングな作品になったと思いますが、改めて星野さん自身『YELLOW DANCER』で得た最大の収穫はなんだと考えていますか?


星野:自分の好きな音楽を好きなようにやっていいんだって思えたことです。『YELLOW DANCER』は、ファンの人にもファンじゃなかった人にも、本当にたくさんの人たちに聴いてもらえたので。自分の音楽趣味や自分が追求していたことを、ようやく受け入れてもらえたような感覚があるんです。


――ここまでの反響は予想していましたか?


星野:ぜんぜんです(笑)。すごいものができたっていう手応えはあったんですけど、なにかのニーズに応じてつくったアルバムというよりは、好き勝手に楽しくつくれた満足感が大きいアルバムという感じだったので。たとえば、海外の音楽との同時代性みたいなものがこのなかにはあるんじゃないかとか、そういう感覚もあるにはあったんですよ。ただ、それが日本で受け入れられるにはもう少し時間がかかる気がしていたし、そういう部分も評価されたうえで大ヒットにつながるとはまったく予想していませんでしたね。


ーー「好き勝手につくったアルバム」が商業的にも批評的にも大きな成功をおさめたことは、星野さんの音楽への姿勢やモチベーション、特に今回のニューシングル『恋』の制作にどんな影響を及ぼしていますか?


星野:いろいろあります。まず、予算を気にすることなく曲をつくれるようになりました。レコード会社さんが、もっとお金を出してくれるようになった(笑)。


ーーフフフフフ……とても大事なことですよね。


星野:以前にはできなかったこととして、無目的に曲をつくれるようになったんですよ。リリースも決まっていなければタイアップも決まっているわけでもない曲を、自分の好きなタイミングでつくらせてもらえるようになりました。『恋』のカップリングの「Continues」は、そういうなかでできた曲なんです。2016年のリリースは今回のシングルだけになることがあらかじめ決まっていたこともあって、誰かから「『YELLOW DANCER』の次、期待してるよ!」みたいに言われる前に自分がつくりたいものを先につくってしまいたくて。別にそんなに緊張するようなタチではないんだけど、「『YELLOW DANCER』の次」というのはいざ制作に着手したらいやがうえにも意識することになるだろうと思ったんですよね。だから、こうやって無目的に曲をつくれる環境を手に入れることができたのはすごく大きいです。あとは、自分の感覚に自信をもてるようになったというのもありますね。自分がつくりたいと思ったものを忠実に、欲望のおもむくままにつくったのが『YELLOW DANCER』だったので、そういう気持ちで曲をつくっていっていいんだなって。そんなこともあって、今回は「つくりたい!」と思い立ってから実際につくり始めるまでがものすごく早かったです。


――精神的にも物質的にも理想的な制作環境ができあがりつつあると。


星野:そうですね。スタッフのみんなとの息もどんどん合ってきてますね。そんなにコミュニケーションをとらなくても伝わるぐらいになっているし、いろいろな意味ですごく良い状態だと思います。


――『YELLOW DANCER』を通じて“イエローミュージック”という大きな指標ができたことにより、音楽の取り組み方になにか変化はありますか?


星野:イエローミュージックという、僕が思い描いているジャンルや言葉をもっと浸透させていきたいという思いは強くありますね。僕はもともとブラックミュージックが好きなんですけど、でもブラックミュージックを突き詰めていくだけではそれが自分たちの音楽にはならないという葛藤がずっとあって。もう血の段階で絶対に敵わないし、うまく真似できることが賞賛される時代はもう終わったと思うんですね。そんななかで自分たちの音楽とは何かと考えたときに、いろんな国の音楽を吸収しつつも真似をするのではなく自分たちのフィルターをしっかり通した音楽、イエローミュージックというものを考えたんですけど、今回の『恋』に関しては「これがイエローミュージックです」と提示して「ああ、なるほど」と感覚的に思ってもらえるようなものをつくりたくて。「恋」と、あと「Continues」もそうなんですけど、もう説明をしなくても身体感覚でイエローミュージックとしてフィットする曲をつくりたいとは思っていました。


――そのほか、今回のシングルの制作にあたって自分に課したハードルやテーマはありますか?


星野:最初にできた「Continues」では、『YELLOW DANCER』を通じて僕がつくったものをよりイエローミュージックにしていくこと……さっきも言ったように、説明しなくてもイエローミュージックを理解してもらえるような曲にしたいという大きなテーマがありました。その「Continues」で理想に近いものができたこともあって、次につくった「Drinking Dance」は特になにも意識することなくただ楽しい曲にしたくて。ずっとファルセットでふわふわ歌っていたり、アレンジも含めて遊びの感覚が強い曲ですね。で、この2曲ができてから「恋」の制作に取り掛かったわけなんですけど、先につくった「Continues」と「Drinking Dance」は『YELLOW DANCER』でつくりあげたものを引っ張っていく力を持った曲というよりは、どちらかというと足元を安定させるための曲だと思っていて。一方の「恋」はその2曲や『YELLOW DANCER』でやったことを踏まえつつ、僕自身も引っ張ってくれるようなものすごく力のある曲、もっと言うとJ-POPとしての強さみたいなものを出すことをいちばんの目標にしていました。とにかくワクワクして、ムズムズしてくるような曲……細かいところを言い出すといろいろあるんですけど、大まかに言うと「すべてを引っ張ってくれるような力がある曲」をつくりたくて。これはもう自分のなかでの感覚でしかないんですけどね。自分がワクワクできるかどうか、自分で聴いて元気が出るようなものを探していくっていう感じです。金属探知機で宝探しをするみたいに、自分がビビッと反応するまでひたすらつくり続けました。


――直接的に影響を受けているかどうかはともかく、今回のシングルをつくるにあたってなにか刺激になった音楽作品はありますか?


星野:「恋」に関してはそんなにないんですけど、「Continues」ではジョージ・デュークとグローヴァー・ワシントン・ジュニア、それから細野(晴臣)さんの要素を入れ込むという目標があって(笑)。


――フフフフフ……それはまたとんでもないアイデアを。


星野:それぞれのエッセンスを『YELLOW DANCER』でやったことに組み合わせたかったんですけど、特にジョージ・デューク的な要素は聴いてみてもぜんぜんわからないと思います(笑)。実は、ジョージ・デュークはツアーのときに会場でずっと流していたんですよ。自分の好きな曲を選んで、プレイリストをつくって。週に一度は必ず聴いていたし、移動のときもずっと聴いていたぐらいに好きなんです。キーボードプレイヤーなんだけど、すごく歌心があるんですよね。


・「自分の音楽を完全に確立したい」


ーー歌詞に対するスタンスについても聞いておきたいのですが、『YELLOW DANCER』のときはわりと情緒や風景の描写に比重を置いていましたよね。その気分はいまも続いている感じでしょうか?


星野:『YELLOW DANCER』はなるべくメッセージ性のない言葉選びを心がけてたんです。でも、たとえば「Continues」だと音のイメージだけは最初から明確にあって、つくってる途中でスカパー!のリオパラリンピックのテーマソングとして使われることが決まったんですね。で、パラリンピックの選手の映像に重なって流れる曲であることを考えたとき、意味のないことを歌うことに対してちょっと距離を置いてみようという気持ちになって。応援ソングってわりかしフワっとした歌詞が多いなと思っていて、この選手たちはそういった“良さげな言葉”が通用するような世界で生きている人たちではないだろうって思って。だからとにかく言葉の奥のほうにあるもの、もう根っこの根菜みたいな言葉ですべての歌詞をつくりたくて。そんなこともあって〈命は続く/日々のゲームは続く〉という本当に根源的なことを歌った曲になっていきました。あと、僕は細野(晴臣)さんに目の前をずっと照らし続けてきてもらったっていう思いがあるから、「Continues」ではその感謝の気持ちをこの機会に歌詞に込めたくて。なので「Continues」の歌詞に関しては、『YELLOW DANCER』でのアプローチは一旦置いておく感じでしたね。


――では改めて、今回のシングルに収録されている4曲についての全曲解説をお願いしたいと思います。まずは星野さんも出演するTBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主題歌にもなっている表題曲の「恋」から始めましょう。


星野:とにかく自分がワクワクする曲、自分が突き動かされる曲をつくりたいというのが第一にあって。やっぱりダンスミュージックをつくりたいという気持ちが強くあったんですよね。ただ、たとえば「Week End」みたいな曲をここで表題曲として出すことになると、『YELLOW DANCER』と直結でつながりすぎてしまうんじゃないかとも思っていて。それは引っ張ってくれる曲というよりは、どちらかというと『YELLOW DANCER』と横並びのイメージなんですよね。それでいろいろなアプローチで作曲をしてみて、それこそディスコだったりジャンプブルースだったりソウルだったりジャズだったり、いろいろと試して実際にレコーディングもしてみたんですけど、どれも自分的にいまひとつワクワクできなくて。そういう作業を経てから、いわゆるダンスミュージックのわかりやすいフォーマットではないんだけど、単純に体を動かしたくなるような曲の方向にシフトしていきました。そのときはだいたいBPMを130ぐらいでつくっていたんですね。やっぱり120~130ぐらいがいちばん踊りやすいと思うから。でも、それでもぜんぜんワクワクしてこなくて。で、どうしたものかずっと考えてるなかで頭のなかのBPMを徐々に上げていったんです。そうしたら急にワクワクし始めて、「これだ、このテンポだ!」と思って思い描いていたBPMを実際に割り出してみたらだいたい160ぐらいだったんですよ。そうやって曲のイメージを膨らませていったのが「恋」ですね。この曲のイメージとしてふと思い浮かんだのが“モータウンコア”という言葉で(笑)。モータウンの33回転のアナログをまちがって45回転で再生しちゃった感じですね。ディスコビートやダンスビートって、ある一定のリズムを超えるとダンスミュージックに聴こえなくなるんですよ。でもダンスミュージックに聴こえなくなるんだけど、それはあくまで記号としてのダンスミュージックに聴こえなくなるだけで、これが結構楽しくてわりと良いと思えることがよくあって。まちがえてレコードを速い回転数でかけちゃって、キーがめちゃくちゃ高くなって笑っちゃうんだけど、「これ意外とかっこいい!」みたいになることってあるじゃないですか。この曲は言わばそういうことなのかなって。


――“モータウンコア”という言葉のがむしゃらさ、たまらないですね(笑)。


星野:なんかいいですよね(笑)。特に間奏の部分にその感じが出ていると思うんですけど。


――自分の印象としては、この「恋」によってイエローミュージックという星野さんの発明が完全に確立されたというか、イエローミュージックのコンセプトがより磐石なものになったという気がしていて。やっぱり星野さんは『YELLOW DANCER』を通じて圧倒的なオリジナリティを獲得したんだなって、この曲を聴いて改めて痛感させられました。


星野:うれしいですね。今回のシングルのひとつの目的として、自分の音楽を完全に確立したいというのがあって。特に前置きがなくても星野源の曲ということで成立するような、そういう力を持った曲をシングルの表題曲に持ってきたかったんです。『YELLOW DANCER』のときはまだまだ説明が必要だったから、そう言ってもらえるのは本当にうれしいです。


ーーさっきの「モータウンコア」のお話じゃないですけど、曲のコアな部分にはしっかりとダンスミュージックの熱さや肉体性みたいなものが秘められているんですけど、でも曲のフォルム自体はものすごく気品があるんですよね。それはきっと、和やアジアの情緒を取り込むことがオリエンタリズムの強調だけでなく曲をエレガントに聴かせる効果をもたらしているんですよね。で、まさにその部分こそがイエローミュージックの魅力の肝になってくるんじゃないかと思っています。


星野:ありがとうございます。オリエンタリズムを入れるとどうしてもエグくなりがちというか、ちょっと飛び道具的に聴こえてしまうこともあると思うんですよ。でもそういうものには絶対にしたくなくて、そこはやっぱり細野さんの影響をすごく受けているんですよね。細野さんのオリエンタリズムの入れ方ってすごく土臭いんだけど、特に『はらいそ』なんかは相当エレガントなアルバムだと思うんですよ。「安里屋ユンタ」のストリングスなんか、すごく品があってめちゃくちゃかっこいいですしね。その洗練された感じっていうのは意識はまったくしていなかったんですけど、ダンスクラシックのなかにもオリエンタリズムが入っていたりするじゃないですか。これは明らかに沖縄音階だよな、とか。そういうところに密かに共通項を感じたりはしていたんですよね。イエロー・マジック・オーケストラという細野さんが発明したアイデアもそりゃあディスコと相性いいはずだよなって。そこを見つけ出した細野さんの感覚、その根っこにマーティン・デニーがあったりすることも含めて、これはもう本当に寒気がするほどすごいセンスですよね。自分がつくる音楽と細野さんがつくる音楽は全然違うものだと思っていたんですけど、「もしかしたら今後道が重なることもあるかもしれない」と思いながら『恋』をつくったようなところはありますね。で、それをあくまでJ-POPのど真ん中で実現するのが気持ちいいんだろうなって。今回『恋』はドラマの主題歌になっているわけですけど、この曲のイントロが日本のドラマやゴールデンタイムの歌番組でバーンと流れるのは相当気持ちいいだろうなって思ってます。


ーーこの曲調にして「恋」というタイトルが乗っかっているのがまた痛快ですよね。


星野:自分としてもすごく過激なタイトルだと思っていて。ただ、自分のなかで合点がいったのは「恋」という言葉が日本独特のもので英語に訳せないんですよね。だから、日本特有の機微がある「恋」という言葉はイエローミュージックのタイトルにするのにぴったりだと思ってたんです。やっぱりこのタイトルがいちばん気持ちよくておもしろかったので「恋」にしました。


ーー歌詞ではやっぱり〈夫婦を超えてゆけ〉という一節の圧倒的な強さですよね。こんなラインは聴いたことがないです。


星野:あはは(笑)。〈夫婦を超えてゆけ〉というフレーズを思いついたときに「あ、もう大丈夫だ」みたいな気持ちになれました。ラブソングって、どうしてもある特定の条件を歌ったものが多いじゃないですか。片思いだったり、カップルだったり、夫婦だったり。その特定のシチュエーションや登場人物にこっちの感情のトリガーが勝手に引かれて共感するパターンがほとんどだと思うんですけど、そうじゃなくてすべての恋に当てはまるラブソングにしたいと思っていて。恋愛のスタイルというものがどんどん多様化していますよね。異性でも同性でもその他ももっといろんなスタイルがあって。今まで当たり前だと思われていたものが古くなって、塗り変わっていく時代だと思うんです。あと僕は物語や虚構の世界を愛している人たちが大好きだから、本来実在しないものに対して恋をしたり、それによってそのひとの人生が充実していたとしたら、それが一般的に呼ばれる恋や愛といったいなにがちがうんだって思っていて。それも含めてフィットする歌をつくれないかって考えたときに、「夫婦を超えてゆけ」って言葉が思いついたんです。


・「『未来をよろしく』」


――続いては「Drinking Dance」。こちらは『ウコンの力』のCMソングとして使用されています。


星野:これに関しては、ずっとファルセットで歌ってる曲がCMで流れたらおもしろいなと思って(笑)。あとは『YELLOW DANCER』で試したディスコなアプローチをそのままやりたくて、それならプレッシャーを感じることなく自分としても楽しんでつくれると思ったんです。そういうテーマのなかで、全編ファルセットでちょっと抜けのあるアレンジというか、そんなイメージでつくりました。


ーー星野さんってお酒のイメージがあまりないじゃないですか。そんな星野さんが酩酊感みたいなところにどう向き合うのか、実はすごく興味があったんですよね。


星野:昔、勢いで日本酒をたくさん飲んじゃって、それでものすごい二日酔いになったことがあるんですよ。とにかく気持ち悪くてずっとのたうちまわって、水を飲んではまた吐くみたいな一晩中やっていたんです。で、夜明けにふと酒がヒュッと抜ける瞬間があって、そのときにすごく穏やかな瞬間が訪れたんですよね。(フランダースの犬の)パトラッシュを抱きかかえてやっと眠りにつける、みたいな(笑)。あの感じが、酔って気持ち悪い思いをしてもまた飲む理由になるのかなってぼんやりと思っていて。個人的にはそれがすごく気持ちのいい瞬間で、お酒を飲んで楽しいんだけどダウナーな部分というか、翌朝の酒が抜け始めるときのあの感じをうまく曲で表現できたらいいなって。


――いまのエピソードを聞いて〈水を飲めば少し楽しい〉というラインがぐっと味わい深くなりました(笑)。


星野:(笑)。あと「恋」が恋をしている人へ向けた曲だとするならば、「Drinking Dance」は恋をしてない人への曲ですね。「恋」ですべての恋する人に当てはまる曲をつくったんですけど、唯一そこから漏れてしまうのが恋をしていない人なので……2曲目は恋をしていない人に向けて。


――続いては、冒頭からたびたび登場している「Continues」。資料には「これからの自分の音楽の芯となるものができた」とのコメントが添えられていました。


星野:自分が昔から好きなブラックミュージックを血肉化したい、自分の音楽にしたい、という思いがずっとあったんですけど、さらにそれにオリエンタルとかエキゾとか、昔からやってきたこともちゃんと加えていきたいなって。そう思うようになったのはもちろん細野さんの存在がすごく大きいんですけど、今自分が作っている音楽との相性も絶対にいいはずだって思ったんです。言ってみれば、いままでの自分をすべてこの曲のなかに詰め込めたいと思って。それでできたのが「Continues」だったんです。いままで自分が好きだったものの断片を、この曲で一本にまとめたような感じですね。


――歌詞からもそういう決意表明的なニュアンスが汲み取れますね。


星野:この春に細野さんが横浜中華街でライブをやったときにゲスト出演させてもらって(5月7日に同發新館で開催された『細野晴臣 A Night in Chinatown』)、一緒にマーティン・デニーの「Sake Rock」やJBの「Sex Machine」をやったんですよ。それは細野さんから提案で、まさか細野さんとファンクを一緒に演奏できるとは思っていなくて、それはもう最高に楽しくて。で、演奏が終わったとき細野さんに「未来をよろしく」って言われたんですよ。きっと細野さんはなんの気なしに言ったと思うんですけど、そこで「はい!」って答えるまでにちょっと時間がかかっちゃって。その言葉の重みとかうれしさとかいろいろあって、胸がいっぱいで一瞬呆然としてしまったんですよね。そういう細野さんに対するいろいろな思いが、この「Continues」という言葉には入っていたりします。


ーーでは、最後に「雨音(House ver.)」。24時間以内に曲を完成させるという星野さんのシングル恒例のシリーズです。


星野:このシリーズは自分の瞬発力を試すのにすごくいい機会だし、つくっていてめちゃくちゃ楽しいんです。もちろん、じっくりじっくり長い時間をかけてつくるのも楽しいんですけど、アイデアを吟味していったり成熟させていかないといけないから、ずっと緊張状態が続いていくことになるんですよね。だからここではそういう重圧をぜんぶ取り払って、もっと気楽な感じで受け取ってもらいたいという思いがあります。


ーー僕は『YELLOW VOYAGE』のライナーノーツで星野さんの曲「季節」について「シンガーソングライター的資質を持った歌い手が“黒さ”と対峙したときのソウル表現として、ひとつの指針になるのではないだろうか」と書いたんですけど、この「雨音(House ver.)」はそれのさらに成熟したかたちという感じがしているんです。


星野:それはうれしいです。


ーーで、星野さんは以前から「R&Bやソウルの表現は歌唱のスキルで表現するところが大きい」みたいなことを話していますよね。その星野さんの言わんとしていることはものすごくよくわかるんですけど、ただこの「雨音(House ver.)」には確実に黒いフィーリングがあるし、この曲の良さを形容するとしたらやっぱり「ソウルフル」ということになると思うんです。だから「R&Bやソウルの表現は歌唱のスキルで表現するところが大きい」というのは確かにそうなのかもしれないんですけど、星野さんはそれとは別のルートやアプローチでソウルをつかみつつあるのかなって。この曲を聴いてそう思いました。


星野:うん、その道をずっと掘り続けているイメージですね。「別に歌が下手でも良くない?」みたいな(笑)。僕は細野さんの歌が本当に大好きなんですけど、細野さんはもはや歌が上手いとかっていうのと関係ないところにいるじゃないですか。もちろん上手いは上手いんですけど、でもしっかりした歌唱力を持っていた大瀧詠一さんとは真逆の道をつくってくれたというか。細野さん自身も大瀧さんと同じようにビーチ・ボーイズが大好きで、本当は高い声できれいなハーモニーをやりたかったみたいなんですけど、ジェームス・テイラーに出会うことでこういうアプローチもアリだなって思ったそうなんです。そして、そういう細野さんの歌を聴くことによって僕も「これでいいんだ!」って思えたから、そうやって言ってもらえるのはすごくうれしいし、自分でもそれを普通にしていきたいなって思っています。このハウスバージョンは自分の家で録っていることもあってより素が出るわけじゃないですか。だから、そういうところに今の自分の状態だったり僕なりのソウルフィーリングを入れたくて。今まではもうちょっとフォーク寄りだったと思うんですけどね。あとDTMみたいなところでは、ケイトラナダのアルバム(『99.9%』)の自分の家から発信しているものが世界にパーッと広がっている感じがすごく好きでめちゃくちゃ人間味を感じるんですよね。それって特にこのハウスバージョンでやれることだと思っていて。できあがったものは全然違うし、きっとそうは聴こえないと思うんですけど、そういうケイトラナダの影響は多少なりともあったりします。あのリズムの自由な感じ、ディアンジェロやJ・ディラ以降のリズムから脱却した自由な感じがいいですよね。なんというか、「俺の星座は何々だよ」っていうぐらいの気軽さで「これが俺のリズムなんだ」って言われてる感じがしてすごくかっこいいなって。そういう自分のリズムみたいなものをここで出せたらいいなっていうのはぼんやりと思っていました。


――ケイトラナダの名前が出たところで最後に聞いておきたいんですけど、星野さんはパーソナリティを務めている『オールナイトニッポン』でもよくヒップホップをかけてるじゃないですか。チャンス・ザ・ラッパーだったり、ジュラシック5だったり、Q・ティップだったり。そういう星野さんのヒップホップに対する関心は、星野さんのつくる作品にどういう影響を与えているのかがすごく気になっていて。星野さんがヒップホップのどういうところに強く惹かれているのか、という話でも構わないのですが。


星野:まず、僕がいちばん最初に始めた楽器がドラムなんですよ。だから基本的にリズム、ビートが大好きなんです。ヒップホップはいろんな要素があるけど、ラップも含め、リズムの芸術だと思っていて。もちろんメロディやリフの素晴らしさもあると思うんですけど、どういうサウンドでビートが鳴ってるかとか、バスドラの音がどこで消えるのかとか、スネアがどこで鳴るのかとか、そのスネアとなにが一緒に鳴ってるのかとか、それだけでぜんぜんちがってくるじゃないですか。スネアのサンプルの音色がローランドなのかコルグなのかヤマハなのかとか、そういう部分だけでも雰囲気がガラッと変わってくる。それがたぶん聴いていて楽しいんでしょうね。ヒップホップの成り立ちを本で読んだりすると胸が熱くなるし、そういうところもすごいと思うけど、ただやっぱりリズムがすごく大事な音楽だと思うので。だから、ヒップホップを聴いているとリズムにアイデアを感じるんですよね。J-POPってリズムにアイデアがあるものが少ないと思うんですけど、でもヒップホップはまずそこありきの音楽じゃないですか。そういうところにただただワクワクさせられるし、楽しいんだと思います。リズム、ビートに対して“正座している”というか……うん、そんな感じです。なので、自分もしっかりビートに対してこだわって、向き合いたいって思うんです。
(取材・文=高橋芳朗)