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佐藤千亜妃、“表現者”としての軌跡ーー音楽人生を辿ったソロカバーライブを観た

2016年10月07日 16:11  リアルサウンド

リアルサウンド

佐藤千亜妃

 きのこ帝国のボーカル・佐藤千亜妃が9月20日、ソロカバーライブ『VOICE』をHAKUJU HALLにて行った。この日は佐藤の誕生日でもあった。「28歳のはじまりになにかできないかと思い、これまで歌ってきた歌を歌う企画を考えた」と途中のMCで語った佐藤は、15歳のとき、カバー曲を中心とした路上ライブから音楽人生をスタートさせたのだという。この日のステージは、そんな彼女の原点に立ち返るような楽曲ラインナップが並んだ。


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 まずは、柴田淳「片想い」のカバーから。こうして聴くと、柴田と佐藤の声質や詞の世界観にはどことなく重なるものを感じる。続けて披露されたのは、平井堅「even if…」とCrystal Kay「Boyfriend」。佐藤はR&Bの香りを纏うこれらの楽曲を、チェロ、鍵盤、ドラム、ベースといったサポートバンドを従え、原曲よりも少しゆったりとしたテンポとリズムで歌う。その後も、鬼束ちひろ「流星群」、aiko「えりあし」、UA「雲がちぎれる時」、佐藤が青春をともにしたであろう名曲たちが次々とカバーされていった。


 この日の会場となったHAKUJU HALLは、ふだんクラシックを中心としたプログラムが行われている音楽ホールだ。それゆえに会場の音の響きが素晴らしく、佐藤の清々しい高音が会場中に響き渡っていた。ここまではどこか張り詰めた空気のなか歌を披露していた佐藤だが、フィッシュマンズ「いかれたbaby」では緊張から解き放たれ、自然体で気持ち良さそうに歌う姿が印象的だった。


 すっかり歌声に聞き入る観客に対し、佐藤は「みんな緊張してる?」と優しく語りかけ、地元での路上ライブ時代の思い出を語りはじめた。「流星群」については、「盛岡駅の地下で毎週弾き語りをしていた頃、この曲を聴いた酔っ払いに『東京で一番取れるよ』と言われたのを真に受けて出てきた」というエピソードも披露され、会場は和やかなムードに。そんな流れのなか、地元でも披露していた曲として紹介されたのは、イルカの「なごり雪」。冒頭の1コーラスをアカペラで歌い上げたその姿は、佐藤の路上ライブ時代を思い起こさせた。


 その後披露された宇多田ヒカル「First Love」、森田童子「ぼくたちの失敗」、原田知世「くちなしの丘」、清竜人「痛いよ」、荒井由実「ひこうき雲」では、楽曲や言葉にこめられた感情を最大限に伝える、佐藤の豊かな表現力が発揮された。切なさ、温かさ、懐かしさ、新しさ……佐藤の歌声に内包されるさまざまな要素が、これらの楽曲を歌うことでストレートに引き出されていた。そして最後は自らの新曲「キスをする」を歌い上げ、本編の幕を閉じた。


 アンコールでは、サポートメンバーたちとともにSUPER BUTTER DOG「サヨナラCOLOR」を披露、そしてダブルアンコールではアコースティックギターを手にした佐藤が一人無言でステージへ。きのこ帝国の「夜が明けたら」をアカペラと弾き語りで披露し、この日のライブを終えた。


 筆者は以前からきのこ帝国に対して、いわゆるロックバンドという文脈だけでは語ることのできない不思議な魅力を感じていた。そう感じていたのは、作品ごとに変化するさまざまな音楽性に依るものだとばかり思っていたが、彼らの音楽の根底に走る上質な“日本語のポップス”としての魅力に引き寄せられていたからだ、ということに今回改めて気付かされることとなった。


 きのこ帝国の楽曲は、全て佐藤がソングライティングを手がけている。今回歌われた楽曲に共通するのは、情景や心情の浮かぶ日本語詞が多くの人々の心を打つ、時代を越えた名曲たちであるということ。これらが佐藤の音楽的センスの礎となっていることを肌で感じたことで、彼女が生み出す楽曲に強く惹かれる理由が鮮明になったように思う。


 そして、それらの楽曲を巧みに歌いこなすボーカリスト・佐藤千亜妃という表現者の才能に、また強く惹かれる自分がいたのだった。(久蔵千恵)