2016年10月02日 15:01 リアルサウンド
こんにちは。今回は、アメリカのヒップホップ・シーンを色々と騒がせている刑務所帰りのラッパーたちの話題をお届けしたいと思います。
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アメリカでは、日本とは違って刑務所が民営化されており、その稼働率が高いこと、犯罪の検挙率(特にアフリカン・アメリカンやヒスパニックの男性における割合)が高いこともあってか、「ムショ帰り」の感覚が日本とは少し異なります。特にヒップホップ・シーンでは、プロモーションかのごとく、刑期を終えたラッパーのお祝いを盛大にすることも珍しくありません。無論、殺人や婦女暴行などの罰で監獄にいた方は論外ですが……。
そんなわけで、ここのところおツトメを終えて帰還してきたラッパーたちのホットな新曲を紹介させて頂きます。
まずはジョージア州アトランタのラップ・シーンを支えてきたグッチ・メイン。アメリカ南部=サウス・エリアは独特の文化と相まって、非常にヒップホップ文化が栄えてきたエリア。その中でもアトランタは90年代初期よりシーンを牽引してきた地域です。グッチは2005年にヒット・シングル「Icy」を放ち(それが原因で地元のスターラッパー、ヤング・ジージーともめたことも)、その後、「Wasted」の爆発的ヒットをきっかけにマライア・キャリーやアッシャー、ジェイミー・フォックスやニッキー・ミナージュらとコラボを果たし、一気に人気MCへの階段を駆け上りました。おびただしいほどのミックステープを量産し、その多作っぷりも評価されて地元アトランタではスターとして崇められていたほどの存在。
そんなグッチですが、2013年9月に銃を所持したとの疑いで逮捕されてしまうことに。地元で彼の不在を嘆く者も多かったのですが、模範囚として評価されたのか、2016年5月に予定よりも4カ月早く刑期を終え、めでたくシャバに戻って来たのでした。
さらに驚くべきは、不在期間を一気に払拭するかのように、釈放から24時間たたぬうちに新曲「First Day Out Tha Feds」(釈放初日、の意)をリリースしたこと(ちなみにMVは後日、6月5日に発表されたもの。ちなみにグッチはおツトメ期間中に20kgを超える減量に成功したことも話題に)。
「First Day Out Tha Feds」は瞬く間にネット上でバイラル・ヒットとなり、発表から24時間で110万回再生を記録したほど! どれだけの人々がグッチの帰還を喜んだのかが分かります。シャバへの帰還と同時にアルバム制作をスタートしたグッチが作り上げたのが、この『Everybody Looking』。ドレイクやカニエ・ウエストら、極上のゲスト陣と(超特急で)作り上げた秀作! グッチ・メインの右腕とも言えるプロデューサー、ゼイトーヴェンとのコンビネーションもたまりません。個人的には、グッチ不在の期間に一気にアトランタから全米へと名を上げた注目株、ヤング・サグが歓喜の意を表した「Guwop Home」(※Guwopはグッチの愛称で、「おかえり、グッチ」という意)を推したいと思います。
ちなみにこのアルバム、アメリカ本国ではビルボード・総合チャートで初登場2位をマーク。全米のリスナーがグッチのカムバックを祝っているかと思うとちょっと感動しちゃいます。
次に紹介したいのは、ハーレムのラッパーであるマックス・B。2000年代半ばよりザ・ディプロマッツと呼ばれる地元の人気クルーとツルみながらラップのキャリアをスタートし、その後、サウス・ブロンクスを拠点に活動していたラッパーのフレンチ・モンタナとともに楽曲を発表するようになります。
マックス、そしてフレンチのキャリアも軌道に乗り始めたころ、マックスの身に悲劇が。2005年に起きた強盗殺人事件に関する第一級殺人罪など合計9つの罪状を突きつけられ、監獄入りに。なんと75年の刑期を言い渡されてしまいます。ほぼ終身刑と変わらぬほどの重刑ですが、ここで尽力し続けたのがマックスの弟的存在でもあるフレンチ・モンタナ。つい最近、幾度にわたる司法取引の末、早ければ2年以内にマックスを釈放することが決まったのです! 最悪のケースでも2022年には釈放が叶うそうで、これはマックス側にとっては一生に一度の好機。フレンチとマックスといえば、今年の2月に二人のコラボ・ミックステープ『Wave Gods』がリリースされ、同じく2月に発表されたカニエ・ウエストのアルバム『The Life Of Pablo』では、フレンチ自身が監獄にいるマックスの肉声を電話を介して録音し、その音源がインタールードとして使用されるなど、にわかにマックスに関わる動きが活発になっていたところでした。
そして、10月にリリースされる予定のフレンチ・モンタナの最新アルバム『MC4』にも、マックス・Bをフィーチャーした楽曲が。さらにはマックス・Bの母親によるメッセージ音声も収録されており、マックスの帰還を祝う準備は万端のようです。
そうそう、カニエ・ウエストといえば、彼が見初めた弱冠19歳のラッパー、デザイナー(Desiigner)も先日、マンハッタン市内にて車中にいたところ逮捕されてしまいました。ドラッグ及び銃を所持していた罪で御用となってしまったのですが、敏腕弁護士のおかげなのか、翌日には即釈放に。「車中には何もなかったんだよ!」と勝利宣言をしながらお迎えの高級車に乗り込むデザイナーの動画がネット上にバラ撒かれました。デビュー曲の「Panda」が発売半年で全米チャート首位を獲得し、あっという間にヒット・メイカーとなってしまったデザイナー。目立ちすぎると、ふとした行動のアラが裏目に出てしまうのでしょうか。まだ若いので、変なトラップに引っかからぬようにカニエががっちり見守ってあげるべきかなと思います。
トラップといえば、なんだかモヤっとするニュースが流れたのが人気R&Bシンガーのクリス・ブラウン。先日、クリス・ブラウンの自宅にいたところ、彼に銃を突きつけられたとモデルの女性から通報が。曰く、クリスの友人のネックレスを見ていたとき、急に彼らが怒り出し、彼女の眼前に銃を出してきたのだとか。その後、家宅捜索を受けて逮捕されてしまったクリス・ブラウンだけれど、保釈金25万ドルを支払い、すぐに自由の身へ。警察の調査の結果、クリスの自宅から銃は見つからず、さらに女性モデルの携帯電話からは彼女が男友達宛に送った「クリスをハメてやる」といった内容のメールも発見され、冤罪の疑いも高まってきた様子(また、彼女は以前に友人のロレックスを盗んだ前科も)。ただ、クリスは以前にも当時の彼女だったリアーナへのDVを理由にした逮捕歴が。この女性、そんなクリスの過去に漬け込んで虚偽の通報をしたのか? それとも本当にクリスが再度、女性に乱暴な振る舞いを行ってしまったのか……? いずれにせよ、今年の9月末に予定していた来日公演も公演延期に。早く事実を明らかにし、もしも潔白の身であれば、早いうちに来日を実現させてほしいものです。
そんなクリス、釈放直後にSoundCloud上で発表した新曲が「WHAT WOULD YOU DO?」。“君の答えが知りたい。もしも誰一人として自分の味方がいなくなってしまったら、君はどうする?”と切実に問いかける一曲です。こんな曲を聴かされてしまうと、やはりクリスは潔白なのではと思ってしまう次第……。
そして、最後に紹介したいのは2014年に6年間の刑期を終えてシーンにカムバックした女性MC、レミー・マーです。「Ante Up」や「Lean Back」などのヒット・シングルを生むも、銃刀法違反などの罪に問われ、投獄を余儀なくされてしまったレミーですが、シャバへの復帰から約2年が経った今年、かつての相棒MCだったファット・ジョーと再びタッグを組んで、シングル「All The Way Up」を発表。変わらぬ相性の良さを見せつけ、同曲はプラチナム・シングルに認定されました。近々、ファット・ジョーとともにコラボ・アルバム『Plata o Plomo』をリリース予定とのことで、期待が高まります。そんなレミーが先日発表したのは、これまた急速に注目を集めている新鋭ラッパー、ヤング・M.Aのヒット曲「OOOUUU」のリミックス。ファット・ジョーやジェイ・Z、2パックにザ・ノトーリアス・B.I.G.らの名前も出しながら自信たっぷりに自身のことをラップするレミー姐さんには、誰にも近づけないような刃物のようなキレ味が。
ちなみにこの楽曲のオリジナル・シンガーであるヤング・M.Aはブルックリン出身の女性ラッパー。彼女は自身がLGBTであることを公言しており、現在のヒップホップ・シーンでは少し稀有な存在です(もちろん、以前にもLGBT、ないしはレズビアンであるラッパーはいましたが、ヤング・M.Aほど話題になるMCは希少でした)。ニューヨークを代表する女性MCのレミーが、このヤング・M.Aのヒット曲のリミックスを作るということは、同じニューヨークの女性MCとしてエールを贈る、という意味もあるのかもしれません。
というわけで、罪を償い、再度自分のラップ人生に邁進するアーティストたちを紹介させて頂きました。ぜひ、彼らの生き様を感じて下さればと思います。(文=渡辺志保)