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ア・トライブ・コールド・クエスト/アリ・シャヒードが語る、90'sヒップホップの再来

2016年09月30日 23:31  リアルサウンド

リアルサウンド

(c) Netflix. All Rights Reserved.

 ア・トライブ・コールド・クエスト(通称:ATCQ)は、90年代に大きな盛り上がりを見せたニューヨークのヒップホップシーンにおいて、独創的なスタイルと音楽性で瞬く間にその中心的存在となったグループだ。彼らの親世代が聞いていたジャズやソウルのレコードから縦横無尽にサンプリングし、実験的な手法で組み立てたトラックと、ともすれば攻撃的になりがちだった同時代のラップとは一線を画す知的かつユニークなリリックは、ヒップホップの新たなスタイルとして後のシーンに大きな影響を与えた。また、ジャングル・ブラザーズやデ・ラ・ソウルといった周辺のグループとともに、ネイティブ・タン一派を名乗って活動したことは、シーンの拡大にもつながった。90年代が“ゴールデンエイジ・ヒップホップ”とも称されるのは、彼らの功績によるところも大きい。


参考:D.Oが語る、ラッパーの生き様とショービズの裏側ーーリル・ウェインの“超問題作”をどう見るか?


 そのATCQでDJ/プロデューサーを務めていたアリ・シャヒードが、ウータン・クランなど有名アーティストの作品を多数手がけてきた音楽プロデューサーのエイドリアン・ヤングとともに、本日9月30日より配信されているNetflixのオリジナルドラマ『Marvel ルーク・ケイジ』の音楽制作を担当している。


 『Marvel ルーク・ケイジ』は、無実の罪で刑務所に収監され、そこで行われた人体実験によって鋼の肉体と怪力を手にいれたアフリカ系アメリカ人、ルーク・ケイジがハーレムの街を守るために戦う物語だ。『Marvel デアデビル』『Marvel ジェシカ・ジョーンズ』に続く、NetflixオリジナルのMarvel作品となる。


 本作の音楽を手がけた経緯について、このたび日本を訪れたアリ・シャヒードは、次のように述べている。


「ショーランナーでエグゼクティブ・プロデューサーのチェオ(・ホダリ・コーカー)から、『こういう作品を作るんだが、君たちに音楽をお願いしたい』と連絡があって、彼が非公式に送ってきた第1話の脚本を読んだところ、僕らはとても気に入った。チェオは、この作品にどういう音楽を求めているかを説明してくれたんだが、それは幸いなことに、僕らがこれまで手がけてきたような音楽に近かったので、ぜひやろうということになったんだ。僕自身は、インクレディブルとスパイダーマンは好きだったんだけど、その他の大勢いるMarvel作品のキャラクターは、正直なところそこまで知らなかった。たくさんいすぎるからね(笑)。ルーク・ケイジは1972年にコミックでデビューしているけれど、僕が彼の存在を知ったのは、もっと後になってのことだった。でも、Marvelのスーパーヒーローの描き方は大好きだよ。コミックはほとんど読んだことがないけど、映画のほうは結構観ているよ」


 タフで重厚な作品世界と、90年代ニューヨーク・ヒップホップのフレイヴァーが感じられるクールなサウンドの融合は、チェオの狙い通り、作品に洗練された雰囲気をもたらすと同時に、アメリカの黒人文化を色濃く感じさせる仕上がりだ。


「チェオは音楽に関して、明確な方向性を持っていた。それは、1993年から現在に至るまでのサウンドだった。彼がエイドリアンと僕に音楽を頼んできたのは、僕が作るヒップホップのトラックがジャズやブルースを取り入れたものであったり、エイドリアンにしても、彼が作る音楽が1968年から1970年代後半のソウルフルなエネルギーを持ったものだということが大きかった。だから今回の作品に関しても、ヒップホップではあるんだけど、ア・トライブ・コールド・クエストをはじめ、ギャング・スターやウータン・クランらが、ソースにしてサンプリングしてきたものの影響を強く感じさせるようなサウンドを意識した」


 一方で、本作で使用される楽曲には、懐かしさ以上にオリジナリティを感じられるのも特徴である。


「他の人の曲をそのまま使うのではなく、『ルーク・ケイジ』独自の音楽にすることを念頭に置きながら制作を行ったんだ。その結果、90年代に根ざした音楽性に行き着いた。加えて、実際に各話のエピソードを観て、それぞれのキャラクターのアイデンティティーに合った音にこだわった。例えば、ルーク・ケイジであれば、人間的に奥深さがあって、あまり多くは語らないが、非常に芯の強い人間だ。そのため、彼の人間性に合った骨太なサウンドを作った。コットンマウスであれば、とても魅力的な人間だけど悪の部分も強いので、彼が登場するシーンには不穏さを感じさせるサウンドにした。ミスティナイトであれば、事件現場に行くと魔法がかかったようにものが見えたりする。それを音楽で表現したり、いろいろと工夫をしたよ。基本はヒップホップだけど、そこに深みをもたせることを意識したんだ」



 サンプリングを軸とした90年代ヒップホップのサウンドは、今作でフィーチャーされていることが象徴するように、いま改めて再評価されているという。アリ・シャヒードは、そのことを「自然の摂理」だと述べる。


「ヒップホップはここ最近、エレクトロニックな要素を取り入れたものが主流になっていた。それはヒップホップというジャンルが進化を遂げているという意味で、とてもいいことだと思う。でも、ずっとエレクトロニックな要素のあるヒップホップを聴いてきた若い世代の人たちにとっては、90年代のヒップホップはきっと新鮮なんだろうね。より深くヒップホップを知ろうと思った結果、昔の時代のものを発掘して、そこに価値を見出したんじゃないかな。ちょうど僕らが、過去のブラック・ミュージックの中から素晴らしいフレーズを見つけてサンプリングしたようにね。然るべき時を経て、いい音楽が再評価されるのは、自然の摂理のようなもので、人生と同じようにグルグルと回っていくものなんだ。また、自らこう言ってしまうと身内を贔屓しているように感じられてしまうかもしれないけど、80年代後半から90年代半ばごろまでの“ゴールデンエイジ・ヒップホップ”というのは、ヒップホップというジャンルにおいて最高の時期だったんだ。当時の音楽は、いまの若い世代の人たちが聴いても、やっぱり大きく影響を受けると思うよ」


 同ドラマが90年代のヒップホップをフィーチャーしているのは、サウンド面だけではない。各エピソードのタイトルは、ATCQと肩を並べる影響力を持ったギャング・スターの曲名が使用されている。当時、ギャング・スターのことをどう見ていたのか、質問してみた。


「ギャング・スターのDJプレミア、ピート・ロック、ラージ・プロフェッサーなんかは自分たちにとっても友人だったし、いわゆるあからさまなライバルという感じではなかった。むしろ彼らが作ったトラックを聴いて、自分たちもスタジオに戻って、もっといいものを作らないといけないと競い合う関係性だった。それはお互い感じていたことだと思う。ドクター・ドレーについてもそうで、僕たちは彼の大ファンだったし、彼もア・トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』からすごく影響を受けたと言ってくれた。アメリカ各地からいろいろな人たちが出てきたけど、決して対立するというわけではなく、いい意味でのライバル心みたいなものがあったんだ。ゲトー・ボーイズなんかも南部出身だったけど、彼らの作る音楽はとてもエモーショナルで、すごく共感するものが多かった。西海岸と東海岸の対立が起こる前で、みんな純粋に音楽が好きで、お互いがやっていることに刺激を受け合いながら、切磋琢磨していた時代だったんだ」


 また、ブルックリンで生まれ育ったアリにとって、ハーレムを舞台とした物語に音楽を提供することは、ひとつのチャレンジだったようだ。


「5つの行政区から成り立っているニューヨークにおいて、マンハッタンはいわゆる金融や経済の中心地だ。普通は自分が育って住み続けている地区から出ることはなかなかないんだけど、僕の場合、母親からいろいろな世界を見るように促された。実際、高校はマンハッタンに通ったんだけど、そこでハーレム出身の人たちと知り合う機会があって、ブルックリンとは全然違うと感じたんだ。“Money Making Manhattan”というように、ハーレム出身の人たちは格好がかなり派手で、洗練された華やかさがあった。ブルックリンはどちらかというと、潜在的に洗練されている感じだったから、その点で大きな違いがあったんだ。文化的にも音楽的にも、ハーレムはとても豊かな場所だ。


 20世紀初頭に南部出身の黒人たちが北部に大勢移住してきて、みんなハーレムに住み着いた。彼らは南部の黒人文化を持ち込み、1930年代~1940年代なんかにシカゴなどの街に移住した人たちも、最終的にはニューヨークに来て、みんな黒人の音楽を求めてハーレムに集まった。奴隷制度や公民権運動を通して、アメリカをよりよくしていこうという黒人の歴史に根ざした精神をみんな表現していたんだ。そのおかげで、創造性に溢れ、芸術性に富んだ表現が生まれ、黒人文化をさらに豊かにした。ハーレムにはそのようなエネルギーが集まっていたんだ。ブルックリンにもジャズミュージシャンがいたりしたけど、エネルギーはハーレムとはまったく異なっていた。チェオは、そういったハーレムならではの空気感をしっかり捉えようとしていた。たくさんの黒人政治家たちがハーレムを復興させようとした、1920年~1930年代のハーレム・ルネサンスを作品の中でも描こうとした。一方で音楽は、1930年代~40年代の雰囲気を持ちつつ、90年代の黄金期に根ざしたものでありながら、しっかりと現代のハーレムにも通じるものを作ろうとしたんだ」


 『Marvel ルーク・ケイジ』は、Marvelファンにはもちろんのこと、多くのヒップホップ・リスナーにとっても興味深い作品といえるだろう。黒人文化の深みとパワーを、そのサウンドからも存分に味わってほしい。ちなみに、NetflixではATCQのドキュメンタリー映画『ビーツ、ライムズ・アンド・ライフ~ア・トライブ・コールド・クエストの旅~』も配信しているので、こちらも合わせてチェックしたいところだ。


(取材・文=松田広宣)