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イーストウッドは「洋画」最後のブランド? 『ハドソン川の奇跡』のヒットを考える

2016年09月29日 16:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 Warner Bros. All Rights Reserved

 こうして毎週、地道に動員や興収の分析記事を書いている自分のような人間にとって、現在は受難の日々である。わざわざ「この世界の片隅に」ある映画サイトの記事などをクリックしなくても、1位の作品については一般のニュースとしてその都度、数字が報道されるからだ。というわけで、1位はサクッといきますね。5週連続で動員ランキング1位の『君の名は。』、先週末土日2日間の動員は63万7000人、興収は8億6000万円。9月25日までの累計は動員850万人、興収111億円。これ、きっと動員1000万人いっちゃいますね。なんてこった。


参考:『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』ーー 最新アニメ映画の音楽、その傾向と問題点について


 そして、宣伝会社からつい先ほど(9月29日)報告を受けたのだが、先週末3位の『聲の形』も、公開12日目(9月28日)にして、早くも累計興収が10億を突破したとのこと。すっかり『君の名は。』のせいで数字の感覚が麻痺しちゃっている人も多いかもしれないが、この規模のアニメ映画でこの数字は相当すごいこと。最終的には20億を超えることもあり得るのではないか。


 さて、今週注目したいのは、その2本のアニメ作品に挟まれて初登場2位となったクリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』。先週末の土日2日間の動員は17万3000人、興収は2億2500万円。クリント・イーストウッド作品としては前作にあたる『アメリカン・スナイパー』(2015年)は最初の週末2日間で動員約25万人、興収約3億3240万であったから、その瞬発力には及ばないが、日本公開時は作品に対する賛否両論が世界的に渦巻く一大ムーブメントの真っ最中だった。今回の『ハドソン川も奇跡』も世界的に大ヒットとなっているが、前作と比べると良くも悪くも賛一色。主演がトム・ハンクスであるところからくる作品への安心感も少なからず影響しているかもしれないが、基本的に無風状態で公開された今回の『ハドソン川の奇跡』の好成績は、「2010年代のイーストウッド作品」への映画ファンの信頼の証と言えるだろう。


 アジア映画が大量に公開されるようになった今の時代に、あまり「洋画」というワードはつかいたくないのだが(本来は「外国映画」と言うべきだ)、かつて「洋画」には名前だけで観客を呼べる監督が何人も存在していた。フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、ロバート・ゼメキス、ジャッキー・チェン、リドリー・スコット、ジェームズ・キャメロンなどなど。それぞれの作品での役割は、時には「監督」ではなく「製作」や「製作総指揮」であったりもしたが、そういう時でも監督よりも大きくその名前=ブランドをポスターやチラシに掲げることによって、大いに集客の助けになってきた。


 ふと見渡してみて、今、「洋画」の世界にその名前だけで観客を呼ぶができる監督がはたして何人いるだろうか? 先々週公開されたスピルバーグの新作『BFG ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』の惨敗が象徴してしまったように、監督の名前で大勢の観客を呼ぶことができる時代は、少なくとも「洋画」の世界ではもう終わってしまった(ウディ・アレンに代表されるような小規模公開の文芸/アート系作品の監督ではまだギリギリ何人かいるが)。そんな中、1971年の『恐怖のメロディ』から役者兼監督としてのキャリアを重ね、45年以上にわたって傑作を撮り続けてきたイーストウッド監督の歩みの偉大さに、改めて畏怖の念を感じずにはいられない。イーストウッドは現在86歳。かつて日本において「洋画のブランド」であった前述したすべての監督たちよりも、彼は一世代も二世代も上なのだ。(宇野維正)