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ザ・なつやすみバンドの夏はまだ終わらないーー特別編成での『PHANTASIA』ライブを紐解く

2016年09月26日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

ザ・なつやすみバンド(写真=石阪大輔(HATOS))

 ザ・なつやすみバンドが7月に発売された3rdアルバム『PHANTASIA』は、間違いなく今年を代表するに相応しい、音楽の魔法が詰まったポップなアルバムになった。『TNB!』、『パラード』という過去の作品以上に、音の奥行の深さ、重厚さ(という言葉を彼らの音楽に当てはめていいのやら…)が増した今作は、バンドとしての充実感が滲んでいた。


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 そのアルバムを携えて、彼らは『ツアーファンタジア』と銘打った全国ツアーを9月から冬にかけて開催する。今ツアーは各地でそれぞれ異なった趣で世界観を演出しており、なかでも17日に開催された今回取り上げる渋谷公演では、関口将史(Vc)、田島華乃(Vn)、松田”CHABE”岳二(Per)、NAPPI(Tb)、池田若菜(Fl)、浅野達彦(Gt)という『PHANTASIA』に参加した全ミュージシャンたちが一堂に会すという、アルバムの完全再現を視覚化させるスペシャルな編成での披露となった。16年度屈指の傑作を、さてどのように構築し披露したのだろうか?


 前半はなつやすみバンドの音への向き合い方と、バンドとしての強靭さが増したことを実感させる展開に。キック、スネアの素晴らしい残響音と共に「ファンタジア」で今宵の祭りの幕を明ける。いつも以上の緊張感が滲む中、中川理沙の嫋やかなボーカルが一瞬にして、世界へと引き込んでいく。村野瑞希、高木潤のリズム隊によるステディなビートがキモとなる「自転車」、MC.sirafuのスティールパンの叩き出す硬質な音が響き渡る「パラード」のみずみずしい疾走感…と、洗練されたバンドアンサンブルを響かせる4人。


 この日早くも一つのハイライトを4曲目の「D.I.Y~どこまででもいけるよ~」で迎える。『シャキーン!』(NHK Eテレ)でお馴染のこの曲が鳴りだした途端に、観客席後方に座っていた少女たちが、サビで声を張り上げながら、なつやすみバンドと共に歌い始めたのだ。こうした年齢を超えて誰もが口ずさみ、“音を楽しむ”ことができる音を生み出せる。彼らはポップミュージックとしてあるべき形を提示している。さらには曲開けのMCで、中川理沙、MC.sirafuのフロントマン2人は口々に「ノンビリやろう」と語った後に披露した酔いどれヨーデルな「Donuts」では、ひたすらにホンワカムードをまき散らし、場内をリゾート地の一角へと変える。音楽の「楽」という言葉は元来「謔(ふざける)」という言葉が当てはまっていたそうな。まさに“おかしみ”を持って音を鳴らすという意味で、なつやすみバンドは音楽そのものを体現している、と言ってもいい。


 ただノンビリ、というだけでない。タイトなリズムがスウィングし続ける「FULL SWING!」。風変わりかつ美麗なコーラスワークが冴える「森のゆくえ」。「Odyssey」では、プログレばりに複雑極まりない展開を、涼しい顔でバチッとキメてくる。バックバンドが加わることで生まれるウォール・オブ・サウンド的豪勢さが映えるのも、この4人の堅実な音作りがあってのものだ。MC.sirafuはMCで「いっぱい練習しました」という素っ気ない一言を放ったが、その一言にグループの音に向かう真摯さが凝縮されている。


 後半戦のキーとなったのは“儀式性”であると感じた。ホーンセクション、弦楽、スティールパンが絡み合うモダン・フォークロアの結晶とでも言うべき「ラプソディー」。地を這うようなドラムとパーカッションの重厚さと、無国籍な合唱が導くドリーミィさが、幻想的な儀式を体験しているかのような感覚を生み出す。さらには、曲の合間を縫うように繰り広げられたMC.sirafuによる謎のステップが、さらなる儀式感を演出…したかどうかはさだかではない。この編成でしか味わえない多幸感が支配する。


 続くは「蛍」。中川の大切な祖母を悼むために作られたという、なつやすみバンド流の鎮魂歌と言えよう。浅野達彦が操るEbowのフィードバックノイズが残す残響は幽玄へといざない、中川の歌声はレクイエムの語源となる「安息」をもたらす。ライブとは“体感”するものだが、この2曲に関してはまさに特別な祭儀を体験したかのような感覚をもたらした。先ほどまでの賑やかさから一転して、場内中が目を閉じジッと聴き入る姿が全てを物語る。


 ラストスパート「各地の夏を僕らは終わらせにきました。夏に止めを刺す曲をやります」とキラーナンバー「S.S.W(スーパーサマーウィークエンダー)」へなだれ込む。「毎日がなつやすみだったらいいのになぁ…」という諦めにも似た言葉で、自らがかけた“なつやすみ”という魔法を解くと、その終わりゆく哀しみを吹き飛ばす「ハレルヤ」へ続く。<終わりと始まりがきらめいた! 日々は旅だ>という感動的なフレーズが響き渡り本編は幕を閉じた。


 再び客電が場内に点ると、合唱コンクールを題材にした、なつやすみバンドとゲストの嫁入りランドによる朴訥かつ脱力感の極みのような寸劇が繰り広げられる。オチのごとく鳴り響くスネアのフィルインで「GRAND MASTER MEMORIES」に突入。場内中がハンドクラップの嵐、盛り上がりはこの日の最高潮を記録(高木による飾り気のないソロ歌唱披露も最高)。しかしジッと耳を傾ければ流れてくる「全部忘れるなよって」という、郷愁のリフレイン。終わりゆく日々を慈しみつつも、明日へと繋がっていることを前向きに、しかし気負いなくアッケラカンと歌い上げる。そしてダブルアンコール、4人のみの編成で「なつやすみ(終)」を披露。鈴の音の残響が鳴り終わると共に、なつやすみバンドは東京の夏に完全なる終止符を打った。


 “なつやすみ”という刹那的な命題を背負ったバンドだからこそ生み出せる、楽しくポジティブ、そして少しだけセンチな気持ちにさせてくれる音のマジックを全身に浴びる夜だった。ツアーはまだまだ続く。これから各地の夏を終わらせるために、なつやすみバンドはひた走っていく。彼らの夏はまだまだ終わらない。


(田口俊輔)