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くるりの楽曲を形作る、不変のメロディセンスとコード感覚ーーベスト収録曲を改めて紐解く

2016年09月24日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

くるり『くるりの20回転』

 今年9月でバンド結成20周年を迎えたくるりが、先だってリリースされたオールタイム・ベストアルバム『くるりの20回転』を携えた、『「くるりの20回転」リリース記念ツアー「チミの名は。」』を開催する。同ツアーは、2017年2月19日の大阪・Zepp Osaka Bayside公演を皮切りに、2月21日、22日には福岡・DRUM LOGOS、2月24日に名古屋Zepp Nagoyaそして2月27日、28日に東京Zepp DiverCity TOKYOにておこなわれる。アルバムごとに新たなアプローチを試みながら、常に進化し続けてきたくるり。そんな彼らにとって本ツアーは、キャリアを総括しつつも次なる道標を示すような内容となるだろう。そこで今回は、彼らの代表曲をピックアップしつつ、ソングライティングの魅力に迫りたい。


 くるりの楽曲の、ほぼ全ての作詞作曲を手掛けているのはフロントマンの岸田繁である。前述のとおりアルバムごとに様々なアプローチをおこなってきている彼らだが、骨子となるのはシンプルなコード進行およびシンプルなメロディである。ただし、ルート音を避けながら浮遊感を出していくベースラインや、時おり挿入されるディミニッシュ、マイナーセブン・フラットファイブといったコードにより、いわゆるJ-POPとは一線を画す新たな響きをもたらしている。また、彼が影響を受けた海外アーティストへのオマージュを、楽曲の随所に散りばめているのも特徴の一つ。構造はシンプルでありながら、そこには膨大な情報量が詰め込まれているのだ。


 まずは、1998年10月にリリースされたくるりのメジャー・デビューシングル曲「東京」(『さよならストレンジャー』収録)を聴いてみよう。キーはEで、イントロは<A /E - B/ C#m - F#m/ G#m - A>を2回繰り返した後、<E/B - F#m/A - E/B - F#m/A>となり、そのままのコード進行でAメロへとなだれ込む。歪んだギターのバッキングに8ビートを主体としたリズムは、スマッシング・パンプキンズやピクシーズ、ダイナソーJr.といった90年代USオルタナティブ・ロックを彷彿させるもの。途中、レディオヘッドの「Creep」に登場する、かの有名なバッキング(ガガッ!ガガッ!)を登場させるのはご愛嬌。メロディは、どこか日本のフォークミュージックを思わせる朴訥とした響きをたたえており、ソリッドなバンドサウンドとのコントラストが効果的だ。サビもAメロと同じコード進行で、いわゆる「Bメロ」を挟まないところも当時のJ-POPでは珍しかった。


 2001年1月にリリースされた7枚目のシングル曲「ばらの花」は、今も語り継がれるくるりの初期名曲。コーラスはSUPERCARのフルカワミキで、レイ・ハラカミがリミックスしたほか、奥田民生や矢野顕子、南佳孝らによってカヴァーされるなどミュージシャンにも人気が高い。この曲のキーはE♭で、平歌の部分のコード進行は<E♭Maj7-Cm7-Gm7-A♭Maj7>とシンプルな循環コード。「東京」と同様、Bメロを挟まずサビへと進む。コード進行は、前段が<E♭onG - A♭Maj7 - B♭ - Cm7>、後段が<E♭onG - Fm7 - B♭ - Cm7>。ここも循環コードだが、1小節目が分数コードになっていて(ルートに対して長3度の音)、これがえもいわれぬ浮遊感を醸し出している。また、メロディは最後の部分以外、全て拍のアタマに四分音符で乗っており、強烈な印象を残す。ユニークなのは、べートーベンの交響曲第9番、第4楽章で歌われる「歓喜の歌」に、(譜割も含め)とてもよく似ていることだ。ハーモニーが異なるため意識しなければ気付かないが、日本では大晦日に歌われる有名なこのメロディをモチーフにしていることも、「ばらの花」を不朽の名曲たらしめている要素と言えるのではないだろうか。ちなみに、前段と後段の2小節目のコードはA♭Maj7からFm7に入れ替わっていて、ここも意識しないと気付かないぶん潜在意識に強く訴えかける。


 この曲のように、いわゆる「スタンダードナンバー」を“取り入れた”曲としては、「JUBILEE(Jubilee gemischt von Dietz)」も挙げておきたい。アンディ・ウィリアムスの「Moon River」と、バッドフィンガーの「Without You」を組み合わせたようなメロディに、思わずニヤリとさせられる。


 続いて2002年にリリースされた、9枚目のシングル曲となる「ワールズエンド・スーパーノヴァ」(『THE WORLD IS MINE』収録)は、ダンスミュージックの要素を全面的に打ち出した曲。ギターの大村達身(当時)がベースを、ベースの佐藤征史がキーボードを弾くというイレギュラーな編成でレコーディングがおこなわれた。キーはAで、前半はBm7とDMaj7を4小節ずつ繰り返し、そこに八分音符のシンコペーションを駆使した(ちょっとダイナソーJr.っぽい)メロディが乗る。そして、2分を過ぎたところでようやくコードが展開。<D - E - F#m - A - D - E - F#m - A - D - E - F#m - D - Bm7 - C#m7 - F#m - F#m>という間奏を挟み、前半と同じメロディが、<A - D - E - F#m - A - D - E - F#m - D - E - AonC# - F#m - D - EonC# - F#m - F#m>というコード進行の上で歌われ、全く違う響きを醸し出している。全体的に、非常につかみどころのない楽曲で、これがくるりのシングル曲の中で、もっとも商業的成功を収めたというのはなかなか痛快だ。


 2008年9月に発売された、20枚目のシングル曲「さよならリグレット」(『魂のゆくえ』収録)は、バロック調のアレンジが可愛らしく“ビートリー(ビートルズっぽい)”なポップチューン。キーはAで、Aメロは<A - E7onD - AonC#/G#onC - Bm7 – GMaj7 - F#m7 - B7onD# - E>。ここでもベースがルート音を避け、浮遊感を醸し出す。特に2小節目から4小節目までは、半音ずつ下降していく「クリシェ」の技法が用いられている。この曲も、やはりBメロは挟まずサビへ。コードは<AonG - DonF# - DmonF - AonE>で、やはりベースは半音ずつ下降するクリシェ。1小節目から分数コードというのは「ばらの花」と同じアプローチで、このモヤモヤした感覚が、何度もリピートしたくなる中毒性の秘密かもしれない。


 最後は、昨年9月にリリースされた29枚目のシングル曲「ふたつの世界」。TVアニメ『境界のRINNE』(第1シリーズ/NHK Eテレ)後期エンディングテーマに起用されたこの曲は、コードが2拍単位で展開していくという、いつものんびりとした曲調が持ち味のくるりとしては、かなり異色なナンバー。キーがDで、Aメロは<D/G - DonA/A#dim - Bm/E7 - A7 - D/AonC# - Bm - C/A - D>。時おりディミニッシュや分数コードが出てくるが、基本的にはダイアトニックコードによって展開されている。Bメロは<Am7 - D - GMai7 - C7(9) - Bm /A#dim - DonA /G#m-5 - A /A#dim - Bm7 - E7 -Bm7 -E7 /A7>。ドミナントマイナーコード(Am)や、後半ではベース半音下降「クリシェ」なども登場する。サビは、前段が<D /AonE - DonF# /Gm6 - Bm7/E7 - A7 /Aaug>で、後段が<D /AonE - DonF#/ G - C7(9) /Em7onA - D /D7>。Aメロのコード進行を展開させたものだ。アレンジは「さよならリグレット」にも通じるバロックポップで、まるでアラン・トゥーサンのようなニューオリンズ風のオブリガードがピアノで奏でられたり(Aメロの4小節目など)、間奏部分では坂本龍一「戦場のメリークリスマス」を思わせるフレーズが一瞬飛び出したりしてとても楽しい。ドラムはマーチになったりタテノリになったり、フィル・スペクターっぽくなったり倍のリズムになったり、セクションごとにコロコロと変化していく。メロディはいつになく抑揚たっぷりで、彼らの中でもひときわ情報量の多い楽曲といえるだろう。それでいて、愛くるしく朴訥な雰囲気がちゃんと残っているのはいかにもくるりらしい。


 アルバムごとに新境地を切り開きながら、「くるり」としか言いようのない雰囲気を保ち続けていられるのは、岸田による唯一無二の歌声はもちろん、常に変わらぬメロディセンスとコード感覚が、どの曲にも貫かれているからではないだろうか。(黒田隆憲)