2016年09月23日 22:11 弁護士ドットコム
大手予備校の学校法人「河合塾」(本部・名古屋市)のベテラン講師が不当に雇い止めされたとして愛知県労働委員会に救済を申し立てたところ、河合塾側に対して講師の復職などを命じる命令書が出されたことが9月23日、分かった。命令は8月30日付。塾側が否定してきた委託契約講師の「労働者性」も認められるなど、少子化で経営環境が激変する予備校と講師の関係に一石を投じる決定だ。(ジャーナリスト・関口威人)
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申し立てたのは河合塾講師でつくる労働組合「河合塾ユニオン(東京公務公共一般労働組合大学・専門学校非常勤講師分会河合塾分会)」。九州地区の女性講師に対する雇い止めをめぐり、2012年8月に申し立てがされ、その審理の最中に関東地区の講師で組合書記長の佐々木信吾さんに対する雇い止めなどの問題が発生。翌2013年以降に申し立てが追加された。
命令書で愛知県労働委員会は、女性講師に関しては当時の上司らとのやり取りが「組合員であるが故に行われた不合理なものではなかった」などとして申し立てを棄却。一方で佐々木さんについては塾側の不当労働行為を認め、佐々木さんを2013年度と同様の条件ですみやかに復職させ、雇い止めされていた期間の報酬相当額なども支払うよう命じた。さらに、「今後このような行為を繰り返さない」と約束する文書を河合弘登理事長名で組合側に交付しなければならないなど、塾側にとって非常に厳しい処分を突き付けた。
申し立てによると、佐々木さんは2013年8月、東京・町田校と横浜市の横浜校で「労働契約法」の法改正について解説した厚労省のリーフレットを職員3人に手渡した。前年の法改正で今後の雇用関係に不安を抱く職員が多く、組合として情報提供をしたかったからだという。
河合塾側は佐々木さんのこの行為を「施設内で許可なく文書を配布した施設管理権の侵害だ」などとして厳しく非難。さらに、過去の組合機関紙での執筆記事や授業での発言も合わせて取り上げ、「塾の信頼を裏切った」などとして同年11月22日付で、翌年度の契約を締結しない旨の書面を佐々木さんに通知した。
組合側は「リーフレットを配ったなどのささいな理由で講師が辞めさせられる。不当な組合つぶしだ」と強く反発。労働委員会の審問でも、「非はない」とする河合塾の幹部らと激しく論争した。
しかし、最終的に労働委員会は佐々木さんが教務カウンター越しに、生徒のいない時間帯を見計らうなど「一定の配慮をし」、手渡しも「穏当に行われている」と断定。施設管理権の侵害は見当たらないとした上で、塾側がこの行為を「ことさら大きく取り上げること自体、違和感を覚えざるを得ない」と疑問を呈したのだ。
河合塾はそもそも、佐々木さんを「労働者」ではないとみなしていた。
2010年以降、塾側は非常勤講師を廃し、講師に対して雇用契約を結ぶ「講師職講師」か「委託契約講師」かを選択できる制度に変えていった。だが、佐々木さんはその基準や運用があいまいだとして、従来の委託契約を結び続けていた。塾側は今回、佐々木さんのような委託契約講師に労働基準法上の「労働者性」は認められず、雇い止めの通知が不当労働行為には当たらないと主張した。
だがこの解釈に対し、労働委員会は「労働者性」は契約の形式にとらわれることなく、現実の就労実態に即して考慮されるべきだと指摘。佐々木さんの就労実態を精査した上で、「委託契約講師は、法人の業務の遂行において、不可欠ないし枢要な役割を果たす労働力として組織内に位置づけられている」などとして、佐々木さんを労働組合法上の「労働者」であると判断。23年間にわたり毎年出講契約を結んでいた佐々木さんが、組合幹部であるなどの不合理な理由で契約を更新されないことは個人に対する不利益な取り扱い、かつ組合に対する支配介入に当たると判断した。この点に関しては、塾側の完敗と言える。
河合塾ユニオンは「佐々木書記長の復職などを命じたことは大きな成果であり、評価できる。しかし、その他の救済申し立てについて却下したことは不当で、今後あらゆる手段を検討し、解決を求めて活動していく」とコメント。
組合側弁護団の竹内平弁護士らは「学習塾の業務委託講師の労働者性を認めたのは、知る限り全国初。他方で、事実を無視した不当な判断もあり、日本の労働運動の到達点すら考慮せず、労働組合の活動に対する著しい制限を放置するもので、まったく不当であり、今後正さなければならない」とする。
都道府県労働委員会の発した命令に不服がある場合は、中央労働委員会に再審査の申し立てをしたり、地方裁判所に命令の取り消しを求める行政訴訟(取消訴訟)を提起することができる。
河合塾は取材に「愛知県労働委員会から出された命令書の内容を精査した上で、対応を検討したい」とコメントした。
(弁護士ドットコムニュース)