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「性犯罪厳罰化」法制審が答申…弁護士「処罰が不当に広がるおそれ」

2016年09月22日 10:02  弁護士ドットコム

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強姦罪など性犯罪の厳罰化に向けた法改正の議論が進んでいる。法務大臣の諮問機関「法制審議会(法制審)」は2016年9月12日、法改正の要綱を採択して金田勝年法相に答申した。


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答申では、被害者からの告訴がなくても強姦罪や強制わいせつ罪で容疑者を起訴できる「非親告罪化」が盛り込まれたほか、強姦罪の法定刑も、現行の「懲役3年以上」から「懲役5年以上」に引き上げられる。また、これまで、加害者が男性、被害者を女性としていた性差をなくし、行為についても、性交に準じた行為が含まれるようになる。


今回の答申についてどう考えればいいのか。刑事手続に詳しい小笠原基也弁護士に聞いた。


●「性的自由、男女問わず守られるべき」

「第1のポイントは、強姦罪の構成要件(犯罪の成立要件)が次のように変わる点です。


(1)強姦罪の対象となる行為は、性交に限られていましたが、口腔性交と肛門性交も含まれることになります。(2)これまで、男性のみが加害者、女性のみが被害者とされていましたが、男性も被害者に、女性も加害者に含まれることになります。(3)刑の下限が3年から5年に引き上げられます。


強姦罪は、性的自由に対する侵害を処罰する趣旨ですが、女性からの強制や、口腔性交や肛門性交といった準性交といえど、性的自由に対する侵害には質的違いはなく、それは男女問わず守られるべきものであるとのことから、このような改正が提案されました」


小笠原弁護士はこのように指摘した上で、「この改正案には、極めて大きな問題がある」と述べる。どのような点なのか。


「まず、刑の下限が引き上げられているという点です。


刑の下限を引き上げるということは、裁判官の量刑裁量を狭め、軽微な事案でも一定以上の刑が科されることになります。そのため、このような重罰化を行う場合、刑罰の謙抑性からすれば、相当の必要性がなければなりません。


ところが、法制審の議論でも、裁判で実際に言い渡されている刑の多数が、現在の下限よりも重いところに集まっているなどの事情がないことが明らかにされています。


むしろ、準性交については3年未満、強姦罪でも3年前後とする裁判例も相当数あることが明らかになりました。


強姦罪は、2004年にも下限が2年から3年に引き上げられていますが、その当時に比べて、強姦罪に対する社会的非難が著しく高まっているという事情もありませんので、下限を引き上げるべき事情は全くありません。


また、性犯罪の再発防止のためには、刑罰のみでは不十分で、再犯防止プログラムのような教育が必要とされています。しかし、刑の下限が5年だと、そのような教育を受けさせて再犯防止を図ろうと今年から導入された『刑の一部執行猶予』が原則使えないことになります(一部執行猶予が使えるのは、裁判で言い渡す刑が3年以下の場合にのみです)。


したがって、強姦罪の範囲を広げたとしても、刑の下限は現行の3年のままとすべきであると考えます」


●「現に監護する者」「影響力があることに乗じ」文言の範囲が不明確

「第2のポイントは、18歳未満の者に対し、現に監護する者であることによる影響力を利用してわいせつな行為や性交等を行った場合、暴行・脅迫がなくとも、強制わいせつ罪・強姦罪と同様に扱うとする点です。


これは、児童の性的虐待に対して強力な制裁を科すものですが、『現に監護する者』『影響力があることに乗じ』との文言が、構成要件としては不明確な点が問題だと考えています。


刑法の基本原則である罪刑法定主義(具体的には刑罰法規の文言の明確性を求める『明確性の原則』)に反し、処罰が不当に広がるおそれがあります。


法制審では、『現に監護する者』が、親子関係と同視しうる程度に『依存、被依存』『保護、被保護』の関係が継続的に認められることが必要であると確認されています。


安易な拡大解釈を許さないために、法律の文言も、こうした範囲に限定される必要があると考えています」


●非親告罪でも、被害者の協力なしに起訴は困難

「第3のポイントは、告訴がなくても起訴できる『非親告罪化』です。これに対しては、被害者が望まない場合でも事件化されるおそれがあるとの懸念が被害者側からもあがっています。


実際には、非親告罪化しても、被害者側が捜査や裁判に協力しない限り、起訴することは相当困難なので、非親告罪化にどれほどの意味があるのかという疑問もあります。


なお、過去の刑法改正で非親告罪化がなされた場合、すでに生じている犯罪には遡っての適用はないとされていましたが、今回は遡って適用されることも検討されているとのことです。この点は、被疑者の立場を不安定にするもので、罪刑法定主義の『遡及処罰の禁止』から問題があると思います」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員

事務所名:もりおか法律事務所