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妻夫木聡、綾野剛とのラブシーンが美しい理由ーー『怒り』優馬役に漂う、儚さと愛おしさ

2016年09月22日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016映画「怒り」製作委員会

 妻夫木聡が、映画『怒り』で披露した演技がすごい。すでに各所で話題となっているが、本作で妻夫木は綾野剛と濃厚なラブシーンを演じている。しかも、ただのラブシーンではない。はじめは“欲望”としての行為だったものが、二人の関係性が変化していくと同時に“愛情”としての行為へと変わっていく。その狂おしいほどの愛しさと切なさを、本作の妻夫木と綾野は絶妙な演技によって体現しているのだ。


参考:映画『怒り』は妻夫木聡らの実力をいかに引き出したか? 演出と編集の見事さを読む


 本作は“怒り”をテーマに、東京、千葉、沖縄の3パートがオムニバスのように絡み合う構成。それぞれが独立した作品として鑑賞に耐えうる強度を持っているが、その中でも妻夫木演じる優馬と綾野演じる直人の東京パートが一番印象に残る人が多いのではないだろうか。人が人を愛すること、その普遍的で尊い感情をあまりにも美しく映し出しているからだ。


 東京パートは、とあるビルの屋上で行われているゲイパーティーから始まる。優馬が画面に映り込んだ瞬間、ひと目見てこれまでの“妻夫木聡”とは違う人間がそこにいることが分かる。海水パンツ姿でカクテルを手に取り、音楽に身を委ねながら男たちと絡む。身体から立ち上がる“雰囲気”でゲイと分かるその姿には思わず感嘆してしまった。シャツのボタンの開け方から、肉体の在り方、視線の動かし方、笑い方まで、妻夫木は藤田優馬という人間に完全に成り代わっているのだ。


 妻夫木は本作の役作りにあたって、「今回、自分が考えつくことだったり、できる限りのことはなんでも大事にしました。単純に体を鍛えることもやりましたし、日焼けサロンに行ったり、ひげをデザイン脱毛したり、髪形もこうしたらいいのかとか。そういうことで役づくりには今回一番お金を遣ったというわけなんです(笑)(引用:妻夫木聡×李相日インタビュー 朝日新聞デジタル)」と、“優馬”になるまでの詳細を明かしている。だが、そういった外見的な要因以上に、演じる役へのあくなき追求心こそが優馬というキャラクターを生み出したことは、映画を観たものには歴然だろう。


 男と男のラブシーンといえば、『無伴奏』でみせた池松壮亮と斎藤工の絡みが記憶に新しい。しかし、彼等の場合は女性とも絡みがあり、二人の関係はあくまでも秘めたものだったのに対し、本作の妻夫木と綾野は互いを唯一無二の存在とする“カップル”となっている。交わる二人のラブシーンは、人と人が愛し合うこととは何かを問いかけ、生きることの儚ささえ感じさせる。


 二人は役柄同様に、撮影中は同棲生活を送りながら互いの距離を埋めていったという。役者はカメラの前で、その肉体をさらけ出す。一方で、カメラは役者の“背景”も色濃く映し出す。目には見えないが確かに刻まれている“空気”。彼等のラブシーンが胸を打つのは、その“空気”に嘘がないからだ。


 思えば妻夫木は、出世作『ウォーターボーイズ』をはじめ、『69 sixty nine』『マイ・バック・ページ』『黄金を抱いて翔べ』『バンクーバーの朝日』など、男と男の繋がりを描く作品で輝いてきた役者だ。本作のような直接的な形ではないものの、同性を強く惹きつける天性の魅力が、彼にはあるのだろう。その艶やかな立ち振る舞いは、彼が30代半ばとなったいま、いっそう誘惑的なものとなり、私の心をかき乱して止まない。(石井達也)