記憶力がいいニコ・ロズベルグだから、過去の予選10位、決勝11位というワースト結果を忘れているはずはない。だからこそシンガポールGP9回目に初めてPPを大差で決め、1時間55分48秒950の最短レースタイムでの初勝利は格別。200戦、22勝、273点、首位逆転──勝負強いニコを見た。
マリーナ・ベイ沿いにつづく直角ターン、その18コーナーでは必ず誰かがやってしまう。ミスったのはロズベルグ、FP1でバリアに刺さった。タイトルを争う者がいきなりとは……FP1トップはマックス・フェルスタッペン、2位ダニエル・リカルドとレッドブル勢が予想どおりにワン・ツー。
メルセデスはノーズだけでなくフロント周りをすべてチェック、チームの努力に応え、ロズベルグはFP2で立ち直る。セクター1最速、高速コーナー・エリアでのカーバランスをまず追及してから、他のセクター(低速コーナーエリア)に合わせこむセットアップ方向は正しい。
今年、この街を毎朝、激しい雷雨が襲った。高層ビル街がかすみ、視界200mくらいになる大粒シャワーだ。あまり排水性がよくない公道路面は一部冠水、当然タイヤラバーはすべて洗い流される。土曜FP3の路面状態は振り出しに戻ってFP1レベルに。セッティングはやり直し。
セクター1の5コーナーに行き定点観測、ロズベルグよりルイス・ハミルトンの維持速度が高めで、レッドブル勢と同程度に映った。だが彼は昨日やり残したセクター3に焦点をあてたのだろう。そこで誰よりも約0.2秒も速い最速タイムをマーク。ラバーグリップが流された影響でFP2より0.200秒遅いが、1分44秒352でトップ。
FP1クラッシュから「いい流れ」に戻したロズベルグ、一方ハミルトンはトラブルが続き、十分周回できない。彼はフリー走行中にブレーキングポイントを自己チェックしながら、得意の“突っ込み味"を決めていく。だがそのために必要な“下味"を整えられないように感じ取れた。これだとブレーキ設定(BBW調整など)がはかどらないだろう。
セクター1で0.161秒、セクター2で0.374秒も2位リカルドを上回り、セクター3で0.019秒劣ったもののコースレコードのPP。ロズベルグは対抗視されたレッドブルを0.531秒も突き放した。29回目PPの真価がここにある。ところがまた日曜未明に激しい雷雨、コース上は再び洗われた。
ロズベルグにすれば土曜と同じような路面状態だ。深読みするなら、レッドブルやフェラーリにとっては、金~土~日とドライのままラバーグリップ効果が促進されるいつものシンガポール・コンディションが望ましかっただろう。
唯一警戒しなければならないのは、レコードライン奇数側もピット寄り偶数側も、ラバーグリップ効果に差異がなくなったこと。でもロズベルグはウルトラソフト、リカルドはスーパーソフト、蹴り出しはいいはずだ。勝負師はポジティブ思考でなければならない。
ニコ・ヒュルケンベルグが犠牲になったあのスタートの混乱が大事故にならずに済んだのは、フェルスタッペンの回避能力による。とっさの減速が2次接触、さらには3次接触を防いだからだ。きれいなスタートダッシュを決めたロズベルグ、ここにハミルトンとの心理的“優劣関係"が潜む(と読む)。
F1に限らず何度かダッシュ失敗が重なると、その残像記憶がこびりつくのがこのスポーツ。今後終盤に向け、個人的にこれは非常に大きなタイトルマッチのポイントだと思っている。
2ストップ決断のロズベルグ、3ストップに賭けたリカルド、最後はコース上のタイムバトルに。決して受け身ではなくラスト数周に余力をすべてはき出しスパート、ロズベルグが1時間55分48秒950の『シンガポール・ナイト・マラソンレース』を制した。
0.488秒の攻防をつらぬいた2位リカルドには、最も速かった堂々たる敗者と言おう。──秋深しチャンピオンシップ。終盤に来て、今年はレーシング濃度がますます高まりつつある。