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牛尾憲輔の『聲の形』サントラは“劇伴”を超えた“残響アート”にーー小野島大が注目作を紹介

2016年09月18日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

牛尾憲輔『a shape of light』

 今年初頭に傑作ソロ・アルバム『the shader』をリリースしたばかりの電子音楽家agraphこと牛尾憲輔が、京都アニメーション制作の新作映画『聲の形』の音楽を担当。そのサウンドトラック盤『a shape of light』(ポニーキャニオン)は、『the shader』で得られた成果をさらに発展・拡大させた独自のエレクトロニカを展開しています。


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 牛尾が子供のころから弾いていた実家の古いピアノの、ノスタルジックで静謐な響きやノイズを加工し再構成した、残響アートもしくはノイズ・アートとも言うべき圧倒的に美しく温かく、奥行きのある音像。思春期の壊れそうに切実な心情とひたむきな思いを結晶化したような映画の世界観を見事に表すと同時に、単なる劇伴音楽の域をはるかに超えた秀逸な音響作品でもあります。サントラ盤を見て、映画を見て、原作を読み、そしてもう一度サントラ盤を聴くと感動が何倍にも増すことは請け合い。牛尾にとっても大きな節目となる仕事でしょう。2種類のジャケでリリースされたCDもいいですが、ハイレゾのほうがより作品の世界観をデリケートに感じ取ることができます。


 その牛尾とLAMAというバンドを組んでいる元スーパーカーのナカコーこと中村弘二(Koji Nakamura)のNyantora名義の新作が『Texture09』。中村が個人で設立・運営するインディーズ・レーベル/オンライン・レコード・ショップ<Meltinto>からの一作になります。ここのところネットを舞台にかなり精力的に音源を発表している中村ですが、Nyantoraは中村が22歳のころからやっているアブストラクトでアンビエントなエレクトロニカをやるユニット。初期の音源に比べるとアレンジや構成、音色の練り込みなど、より洗練されたものになっていて、クラシカルやジャーマン・エレクトロニカなど、彼を形作るさまざまな音楽要素が自然に溶け込んだ作品になっています。中村の説明によればベッドルーム・ミュージックとしても機能するように、ということですが、BGMにするにはもったいないような刺激的な楽曲も入っています。中村自らが1枚ずつ作成しているというハンドメイドのジャケに入った9曲入り。


 そのナカコーがツイッターで興奮気味に紹介していたのが、ボルチモア出身のシンガー・ソングライター、サーパントウィズフィート(serpentwithfeet)ことジョシア・ワイズ。NYのクィア・ミュージックのシーンから出てきた人ですが、2枚目のEP『blisters』(Tri Angle Records)は、鋭敏すぎる感性と研ぎ澄まされたサウンドが強烈なインパクトです。クラシカルな要素もあるエクスペリメンタルなエレクトロニックR&B、という位置づけでしょうか。アノーニをちょっと思わせる中性的なボーカルと、厚みのある古典的なオーケストレーションとエレクトロニックの融合は、吐き気がするほど美しい。サウンドは全然違いますが、私はシールのデビュー時の新鮮な衝撃を思い出しました。今フル・アルバムがもっとも待たれている大物新人です。


 UKベース・ミュージックの鬼才ゾンビー(Zomby)の3年ぶり4作目となる新作『Ultra』( BEAT RECORDS / HYPERDUB)。ブリアル、バンシー、ダークスター、リゼットといったくせ者たちとのコラボを含む全14曲(配信のみのトラックを含む)はダークで耽美的でカッティングエッジな刺激たっぷりのビートが満載です。2枚組大作でやれることをすべて詰め込んだ感のある前作と違い、サウンド面でのとっちらかった散漫さがなくなりまとまりがよくなった分、こちらの方がとっつきやすいでしょうか。ハマると抜け出せないダブ音響の魔術。


 フランスのポスト・ロック3人組フラグメンツ(Fragments)のファースト・フル・アルバム『Imaginary Seas』、Bandcamp等でシングル、ミニ・アルバムなどを配信リリースしていたようですが、私は本作で初めて知りました。アルバム・リーフなどに通じるメロディアスで叙情的でスケールの大きなポスト・ロック~エレクトロニカ。画期的に新しいことをやってるわけではありませんが、とにかく美しく構成力に富みスケールが大きい。フジロックなどで来日してくれると日本での人気も高まりそうです。


 昨年スティーヴ・アルビニが、自分の曲(ビッグ・ブラックのライブ音源)のサンプリングの許諾を求めてきたテクノ・アーティストに「私はテクノもクラブ・カルチャーも大嫌いだが、サンプリングはどうぞご自由に」と返信したメールが広告に流用され、ちょっとした話題になったことがありました(参考:NME Japan http://nme-jp.com/news/5791/)。あまりにもアルビニらしい極端すぎる反応に全世界のアルビニ主義者は大喜びしたわけですが、その時のテクノ・アーティストがロンドン出身のパウエル(Powell)ことオスカー・パウエル。そのパウエルのファースト・アルバム『Sport』(XL Recordings / Hostess)が完成しました。正直、ビッグ・ブラックをサンプリングした曲はそんなにいいとは思わなかったんですが、これは最高に面白い。


 サンプリングを多用したジャンクでパンクでダーティで混沌として猥雑なエレクトロは、フロア・ユースのテクノというより、強いて言えば80年代のノイエ・ドイチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニュー・ウエイヴ)に一番近い。アルビニは先のメールの中で、自分の好きなエレクトロニック・ミュージックとしてスーサイド、クラフトワーク、キャバレー・ヴォルテールやSPK、DAFといったアーティストを挙げているわけですが、『Sport』は、まさしくそんなサウンドに仕上がっていて、エクスペリメンタルでインダストリアルでチープなサウンドは、時にビッグ・ブラックの最初期の音源のようでもあります。これを聴いたらアルビニ先生も大喜びするんじゃないでしょうか。UKロンドンのアンダーグラウンドなエレクトロも相当に面白いことになっていそうです。これはぜひライブを見てみたいですね。


  東京在住のテクノ・クリエイター、ということぐらいしかわからないYUUKI SAKAIのファースト・アルバム『Hide By Launch』がスペインのレーベルDiffuse Realityから。ヨーロッパのさまざまなレーベルからのシングル・リリースを経てのアルバム・デビューです。強迫的なインダストリアルから、エキゾティックなチャントが印象的なミニマル・テクノ、子供のボイス・サンプルと銃声が行き交うトライバル・アンビエントなど多彩ですが、ざらざらとした後味を残す不穏なテクスチャーはどれも同じ。リズムの強い音楽ですが、ダンス・フロア向けというよりは、どこかの国の民俗音楽のようにも聞こえます。才気煥発の一作。


 そして個人的に今月もっとも嬉しかったのが、Chari Chariの復活です。バレアリックDJ/プロデューサーの第一人者・井上薫の別名義であるChari Chariのメロウでエキゾティックでオーガニックなハウス・ミュージックは、14年ぶりの新作『FADING AWAY / 狼たちの月(LUNA DE LOBOS)』(Seeds And Ground)でも健在、どころかさらに切れ味を増しています。パートナーにハードコアやポスト・ロック・バンドの経験があるというギタリスト/トラック・メイカーTakamasa Tomaeを迎え、肌にじわりと汗が滲むトウキョウ亜熱帯の熱気を振り払う、一陣の風のような開放的で美しい曲に仕上がりました。生楽器とエレクトロニックのバランスが相変わらず絶妙です。ヴァイナル盤ならではの粘り気とボリュームのあるローが気持ちのいい一作。フル・アルバムの制作を期待したいところです。(文=小野島大)